上 下
11 / 29

グランドバザール

しおりを挟む
 イスタンブール滞在3日目、わたしはグランドバザールをめざして歩いていった。
 朝ごはんとして、途中の路上の屋台でホルモン焼きのサンドイッチ、ココレッチを買って食べた。
 子羊の腸に香辛料が振りかけてある。癖があるけれど、割と好きな味だった。
 グランドバザールは広大だ。
 21の門がある屋根付きの市場で、4400軒にもおよぶと言われる小さな商店がひしめいている。
 わたしはスルタンアフメット方面に開いているヌルオスマニエ門から入った。石造の立派な門だ。
 きらびやかな貴金属細工店が軒を連ねていて、キンピカな光に目を奪われた。
「お嬢さん、チャイはいかが?」
 目が合ったおじさん商人から早速声をかけられてしまった。日本語で……。
「おいくらですか?」
「チャイはただ」
 ただほど高いものはない、という言葉を思い出したが、おじさんはごく自然に小さな透明のガラスコップをわたしに差し向けた。トルコでよく見かけるくびれがあるチャイグラス。受け取らないと不自然な感じがした。
 コクッと飲んだ。甘くて温かい紅茶。
「美味しい」
 おじさんは微笑んだ。彼は別のお客さんにも声をかけ、チャイを渡した。
 わたしはチャイをゆっくりと飲み干し、おじさんにコップを返した。
「ごちそうさまでした」と言うと、
「おそまつさまでした」と日本語で返された。
 日本人客がそれなりにいるのだろうと思った。
 店内を見回った。
 細かく美しい細工が施された金のアクセサリーが、びっしりと展示されている。
 高価そうなものはガラスケースに収納されていたが、露出で飾られている品も多かった。
 わたしは日本で貴金属店に入ったことはない。
 生まれて初めてまじまじと金の装飾品を見た。
 綺麗だ。
 欲しいことは欲しい。
 でも、値札もつけられていない商品を買う勇気はない。
 値段を聞き、タフそうなトルコ商人と価格交渉をするのも面倒だ。
 私はその店から出た。
 バザールには興味を惹くお店がたくさんあった。
 幾何学的な模様が描かれたトルコタイルが並べられている店に入った。
 イスラム教では偶像崇拝は禁止されている。そのため、トルコでは人物の絵や彫刻を目にすることはめったにない。
 そのかわり、装飾模様が発達している。 
 アラビア模様のタイルに見惚れているときに、商人がチャイを渡してくれた。
 トルコではお店でチャイを振る舞うのは、ごくふつうのことのようだ。
 別の店でアンティークな時計に見入っているときにも、チャイをごちそうになった。
 チャイ代を請求されることも、商品の購入を強要されることもなかった。
 グランドバザール楽しいなー、とつい油断した。
 絨毯屋で赤系の細かい模様で彩られたカーペットを見ているときのこと。
「それは3000リラ」と背後から音もなく忍び寄ってきた商人から日本語で言われた。顎鬚が長いおじさんだった。
 どうしてみんな、わたしが日本人だとわかるのだろう? なにか特徴があるのかな?
 わたしはまったく買う気がなかったので、目を合わさず、別の絨毯を見た。
「それは4500リラ」
 だから買う気はないんだってばー。
 絨毯に紅茶をこぼすといけないせいか、絨毯屋ではチャイは出てこなかった。
「高いですね」
「シルク。高級品。たいへんな手間がかかっています」
 そうか。とにかく高いのね。
 わたしは店を出ようとした。
「4300リラにできます」
 わたしの進路をさえぎって、商人が言う。
 怖いよ。
 わたしは頭を下げて、隙間を縫って外へ出た。
 もう絨毯屋には入るまい。
 グランドバザールは美しく活気があって、飽きることなく見物していられそうだったが、しだいにトルコ商人の商売っ気が感じられるようになって疲れてきた。
 昼前にわたしは門を出た。どこの門かわからなかったが、ブルーモスクの尖塔が見えたので、そちらに向かった。
 結局、バザールではなにも買わなかった。
 買いたいものはたくさんあった。特に青いトルコタイルにはものすごく惹かれたのだが、荷物になるのが嫌だった。日本の実家に送ることもできるのだろうが、なんとなく面倒だった。
 バザールでお金を使わなかったので、食事で贅沢をしようと思った。
 混んでいるレストランを見つけて、中に入った。黒服を着たウエイターが空いている席に案内してくれた。
 メニューをじっくりと見て、レンズ豆のスープ、スパイシートマトペースト、レバーフライを頼む。
 今回はピラフは付いていなかった。
 イスタンブールではなにを食べても美味しい。
 スープ、ペースト、フライ、すべて絶品だと思いながら味わった。
 スパイシートマトペーストは辛くて酸っぱくてほのかに塩味がして、特に美味しかった。
 日本を出てから、トマトを旨いと感じることが多い。
 午後には博物館になっている歴史的建造物、アヤソフィアを見学した。
 疲れて集中力がなくなっていたためか、荘厳な内装やモザイク壁画を美しいとは感じられなくなっていた。
 そろそろイスタンブールから移動しようかなと考えた。
 都会から離れて、でっかい自然の中に行きたい。 
 やはりカッパドキアへ行くしかあるまい。

 イスタンブールで使ったお金は61,900円。
 宿泊費33,000円。
 食費12,300円。
 その他16,600円
 これまでの総支出716,600円。
 旅費残金9,283,400円。
 ブルーモスクは入場無料だが、トプカプ宮殿は有料で、アヤソフィアは割と最近に有償化されていた。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

令和四年のダウンタウンヒーローズ

根本外三郎
エッセイ・ノンフィクション
映画「ダウンタウンヒーローズ」に魅せられた私が令和四年に松山市を訪れた時の旅行記

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

私と白い王子様

ふり
恋愛
 大学の春休み中のある日、夕季(ゆき)のもとに幼なじみの彗(けい)から電話がかかってくる。内容は「旅行に行こう」というもの。夕季は答えを先送りにした電話を切った。ここ数年は別々の大学に進学していて、疎遠になっていたからだ 夕季 https://x.gd/u7rDe 慧 https://x.gd/gOgB5 「『私と白い王子様』について」 https://x.gd/aN6qk

荷車尼僧の回顧録

石田空
大衆娯楽
戦国時代。 密偵と疑われて牢屋に閉じ込められた尼僧を気の毒に思った百合姫。 座敷牢に食事を持っていったら、尼僧に体を入れ替えられた挙句、尼僧になってしまった百合姫は処刑されてしまう。 しかし。 尼僧になった百合姫は何故か生きていた。 生きていることがばれたらまた処刑されてしまうかもしれないと逃げるしかなかった百合姫は、尼寺に辿り着き、僧に泣きつく。 「あなたはおそらく、八百比丘尼に体を奪われてしまったのでしょう。不死の体を持っていては、いずれ心も人からかけ離れていきます。人に戻るには人魚を探しなさい」 僧の連れてきてくれた人形職人に義体をつくってもらい、日頃は人形の姿で人らしく生き、有事の際には八百比丘尼の体で人助けをする。 旅の道連れを伴い、彼女は戦国時代を生きていく。 和風ファンタジー。 カクヨム、エブリスタにて先行掲載中です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...