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グランドバザール
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イスタンブール滞在3日目、わたしはグランドバザールをめざして歩いていった。
朝ごはんとして、途中の路上の屋台でホルモン焼きのサンドイッチ、ココレッチを買って食べた。
子羊の腸に香辛料が振りかけてある。癖があるけれど、割と好きな味だった。
グランドバザールは広大だ。
21の門がある屋根付きの市場で、4400軒にもおよぶと言われる小さな商店がひしめいている。
わたしはスルタンアフメット方面に開いているヌルオスマニエ門から入った。石造の立派な門だ。
きらびやかな貴金属細工店が軒を連ねていて、キンピカな光に目を奪われた。
「お嬢さん、チャイはいかが?」
目が合ったおじさん商人から早速声をかけられてしまった。日本語で……。
「おいくらですか?」
「チャイはただ」
ただほど高いものはない、という言葉を思い出したが、おじさんはごく自然に小さな透明のガラスコップをわたしに差し向けた。トルコでよく見かけるくびれがあるチャイグラス。受け取らないと不自然な感じがした。
コクッと飲んだ。甘くて温かい紅茶。
「美味しい」
おじさんは微笑んだ。彼は別のお客さんにも声をかけ、チャイを渡した。
わたしはチャイをゆっくりと飲み干し、おじさんにコップを返した。
「ごちそうさまでした」と言うと、
「おそまつさまでした」と日本語で返された。
日本人客がそれなりにいるのだろうと思った。
店内を見回った。
細かく美しい細工が施された金のアクセサリーが、びっしりと展示されている。
高価そうなものはガラスケースに収納されていたが、露出で飾られている品も多かった。
わたしは日本で貴金属店に入ったことはない。
生まれて初めてまじまじと金の装飾品を見た。
綺麗だ。
欲しいことは欲しい。
でも、値札もつけられていない商品を買う勇気はない。
値段を聞き、タフそうなトルコ商人と価格交渉をするのも面倒だ。
私はその店から出た。
バザールには興味を惹くお店がたくさんあった。
幾何学的な模様が描かれたトルコタイルが並べられている店に入った。
イスラム教では偶像崇拝は禁止されている。そのため、トルコでは人物の絵や彫刻を目にすることはめったにない。
そのかわり、装飾模様が発達している。
アラビア模様のタイルに見惚れているときに、商人がチャイを渡してくれた。
トルコではお店でチャイを振る舞うのは、ごくふつうのことのようだ。
別の店でアンティークな時計に見入っているときにも、チャイをごちそうになった。
チャイ代を請求されることも、商品の購入を強要されることもなかった。
グランドバザール楽しいなー、とつい油断した。
絨毯屋で赤系の細かい模様で彩られたカーペットを見ているときのこと。
「それは3000リラ」と背後から音もなく忍び寄ってきた商人から日本語で言われた。顎鬚が長いおじさんだった。
どうしてみんな、わたしが日本人だとわかるのだろう? なにか特徴があるのかな?
わたしはまったく買う気がなかったので、目を合わさず、別の絨毯を見た。
「それは4500リラ」
だから買う気はないんだってばー。
絨毯に紅茶をこぼすといけないせいか、絨毯屋ではチャイは出てこなかった。
「高いですね」
「シルク。高級品。たいへんな手間がかかっています」
そうか。とにかく高いのね。
わたしは店を出ようとした。
「4300リラにできます」
わたしの進路をさえぎって、商人が言う。
怖いよ。
わたしは頭を下げて、隙間を縫って外へ出た。
もう絨毯屋には入るまい。
グランドバザールは美しく活気があって、飽きることなく見物していられそうだったが、しだいにトルコ商人の商売っ気が感じられるようになって疲れてきた。
昼前にわたしは門を出た。どこの門かわからなかったが、ブルーモスクの尖塔が見えたので、そちらに向かった。
結局、バザールではなにも買わなかった。
買いたいものはたくさんあった。特に青いトルコタイルにはものすごく惹かれたのだが、荷物になるのが嫌だった。日本の実家に送ることもできるのだろうが、なんとなく面倒だった。
バザールでお金を使わなかったので、食事で贅沢をしようと思った。
混んでいるレストランを見つけて、中に入った。黒服を着たウエイターが空いている席に案内してくれた。
メニューをじっくりと見て、レンズ豆のスープ、スパイシートマトペースト、レバーフライを頼む。
今回はピラフは付いていなかった。
イスタンブールではなにを食べても美味しい。
スープ、ペースト、フライ、すべて絶品だと思いながら味わった。
スパイシートマトペーストは辛くて酸っぱくてほのかに塩味がして、特に美味しかった。
日本を出てから、トマトを旨いと感じることが多い。
午後には博物館になっている歴史的建造物、アヤソフィアを見学した。
疲れて集中力がなくなっていたためか、荘厳な内装やモザイク壁画を美しいとは感じられなくなっていた。
そろそろイスタンブールから移動しようかなと考えた。
都会から離れて、でっかい自然の中に行きたい。
やはりカッパドキアへ行くしかあるまい。
イスタンブールで使ったお金は61,900円。
宿泊費33,000円。
食費12,300円。
その他16,600円
これまでの総支出716,600円。
旅費残金9,283,400円。
ブルーモスクは入場無料だが、トプカプ宮殿は有料で、アヤソフィアは割と最近に有償化されていた。
朝ごはんとして、途中の路上の屋台でホルモン焼きのサンドイッチ、ココレッチを買って食べた。
子羊の腸に香辛料が振りかけてある。癖があるけれど、割と好きな味だった。
グランドバザールは広大だ。
21の門がある屋根付きの市場で、4400軒にもおよぶと言われる小さな商店がひしめいている。
わたしはスルタンアフメット方面に開いているヌルオスマニエ門から入った。石造の立派な門だ。
きらびやかな貴金属細工店が軒を連ねていて、キンピカな光に目を奪われた。
「お嬢さん、チャイはいかが?」
目が合ったおじさん商人から早速声をかけられてしまった。日本語で……。
「おいくらですか?」
「チャイはただ」
ただほど高いものはない、という言葉を思い出したが、おじさんはごく自然に小さな透明のガラスコップをわたしに差し向けた。トルコでよく見かけるくびれがあるチャイグラス。受け取らないと不自然な感じがした。
コクッと飲んだ。甘くて温かい紅茶。
「美味しい」
おじさんは微笑んだ。彼は別のお客さんにも声をかけ、チャイを渡した。
わたしはチャイをゆっくりと飲み干し、おじさんにコップを返した。
「ごちそうさまでした」と言うと、
「おそまつさまでした」と日本語で返された。
日本人客がそれなりにいるのだろうと思った。
店内を見回った。
細かく美しい細工が施された金のアクセサリーが、びっしりと展示されている。
高価そうなものはガラスケースに収納されていたが、露出で飾られている品も多かった。
わたしは日本で貴金属店に入ったことはない。
生まれて初めてまじまじと金の装飾品を見た。
綺麗だ。
欲しいことは欲しい。
でも、値札もつけられていない商品を買う勇気はない。
値段を聞き、タフそうなトルコ商人と価格交渉をするのも面倒だ。
私はその店から出た。
バザールには興味を惹くお店がたくさんあった。
幾何学的な模様が描かれたトルコタイルが並べられている店に入った。
イスラム教では偶像崇拝は禁止されている。そのため、トルコでは人物の絵や彫刻を目にすることはめったにない。
そのかわり、装飾模様が発達している。
アラビア模様のタイルに見惚れているときに、商人がチャイを渡してくれた。
トルコではお店でチャイを振る舞うのは、ごくふつうのことのようだ。
別の店でアンティークな時計に見入っているときにも、チャイをごちそうになった。
チャイ代を請求されることも、商品の購入を強要されることもなかった。
グランドバザール楽しいなー、とつい油断した。
絨毯屋で赤系の細かい模様で彩られたカーペットを見ているときのこと。
「それは3000リラ」と背後から音もなく忍び寄ってきた商人から日本語で言われた。顎鬚が長いおじさんだった。
どうしてみんな、わたしが日本人だとわかるのだろう? なにか特徴があるのかな?
わたしはまったく買う気がなかったので、目を合わさず、別の絨毯を見た。
「それは4500リラ」
だから買う気はないんだってばー。
絨毯に紅茶をこぼすといけないせいか、絨毯屋ではチャイは出てこなかった。
「高いですね」
「シルク。高級品。たいへんな手間がかかっています」
そうか。とにかく高いのね。
わたしは店を出ようとした。
「4300リラにできます」
わたしの進路をさえぎって、商人が言う。
怖いよ。
わたしは頭を下げて、隙間を縫って外へ出た。
もう絨毯屋には入るまい。
グランドバザールは美しく活気があって、飽きることなく見物していられそうだったが、しだいにトルコ商人の商売っ気が感じられるようになって疲れてきた。
昼前にわたしは門を出た。どこの門かわからなかったが、ブルーモスクの尖塔が見えたので、そちらに向かった。
結局、バザールではなにも買わなかった。
買いたいものはたくさんあった。特に青いトルコタイルにはものすごく惹かれたのだが、荷物になるのが嫌だった。日本の実家に送ることもできるのだろうが、なんとなく面倒だった。
バザールでお金を使わなかったので、食事で贅沢をしようと思った。
混んでいるレストランを見つけて、中に入った。黒服を着たウエイターが空いている席に案内してくれた。
メニューをじっくりと見て、レンズ豆のスープ、スパイシートマトペースト、レバーフライを頼む。
今回はピラフは付いていなかった。
イスタンブールではなにを食べても美味しい。
スープ、ペースト、フライ、すべて絶品だと思いながら味わった。
スパイシートマトペーストは辛くて酸っぱくてほのかに塩味がして、特に美味しかった。
日本を出てから、トマトを旨いと感じることが多い。
午後には博物館になっている歴史的建造物、アヤソフィアを見学した。
疲れて集中力がなくなっていたためか、荘厳な内装やモザイク壁画を美しいとは感じられなくなっていた。
そろそろイスタンブールから移動しようかなと考えた。
都会から離れて、でっかい自然の中に行きたい。
やはりカッパドキアへ行くしかあるまい。
イスタンブールで使ったお金は61,900円。
宿泊費33,000円。
食費12,300円。
その他16,600円
これまでの総支出716,600円。
旅費残金9,283,400円。
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