上 下
6 / 29

テッサロニキ散策

しおりを挟む
 翌朝、わたしはテッサロニキ駅へ行ってみた。
 ストライキはまだつづいていて、鉄道は動いていなかった。
 わたしはがっかりした。今日もイスタンブールには行けないのか……。
 散歩しよう。
 昨日海を見たから、反対側にでも行くか。
 適当に歩いていると、ところどころが崩壊した城壁を発見した。
 石造の城壁は崩れたり、途絶えたりしながらも、断続的に東西へ長く延びている。
 中世の都市は城壁で囲まれていた。そのなごりだろう。
 わたしはその壊れ具合を素敵だと思った。
 日本なら撤去されてしまいそうな古い壁がいまもなお残されている。
 テッサロニキは紀元前315年ごろにマケドニア王カッサンドロスによって創建された。
 王国が紀元前168年に滅びると、共和政ローマの自由都市になった。
 476年に西ローマ帝国が倒れても、東ローマ帝国で2番目に大きな重要都市としてテッサロニキは存在しつづけた。
 1423年にはヴェネツィア共和国の支配下に入り、1430年にはオスマン帝国に占領された。
 現在もテッサロニキはギリシアで2番目に大きな都市として栄えている。広域自治体中央マケドニアの首府。
 わたしが見ている城壁は東ローマ帝国時代に建造されたものらしい。
 城壁の周りにはちらほらと羊たちがいて、草を食んでいた。
 地元のおじさんから「ヤーサス」と声をかけられた。ギリシア語のこんにちは。
「ヤーサス」と答えた。
 おじさんがわたしの隣に座り込み、ギリシア語でなにか言った。
 わたしはわからないと伝えようとして、首を振った。
 おじさんはカタコトの英語で「旅の者か」と言った。
「イエス」
「グッド。私は仕事をしている。クリーニングだ」
 街の掃除をしているらしい。
 お疲れさまですと言いたかったが、それは日本語特有の言葉で、英語では表現しにくい。
「グッド・デイ」とわたしは言った。
 おじさんはうなずいて、立ち去った。
 お腹が空いてきたので、また中央市場へ行った。
 昨日とは別のタベルナに入り、赤ワインとドルマーデスという料理を注文した。
 米に挽き肉とみじん切りの野菜を加え、ブドウの葉に包んで煮たものだ。
 レモン汁をかけて葉っぱごと食べる。旨い。
 ギリシア風のおにぎりなのだろうか。ここではけっこうお米を食べるんだな……。
 ドルマーデスを食べ、グビッとワインを飲む。
 昼酒。背徳的だ。
 わたしはふいに自分が食いしん坊だということを自覚した。
 美味しい物を食べていたらしあわせだ。
 散歩して腹を空かせ、美味しい物を食べ、また散歩して旨い物を食べる。
 そのような永久機関になって生きていたい。
「そんな怠惰なことではいかんぞ」とカッサンドロスが言った。
「いいじゃん、お酒とごはんだけが人生よ」とわたしは答えた。彼の妻テッサロニカに変身していた。
「戦争とセックスが人生の重大事だ」
「戦争は男の仕事で、セックスは若者の仕事よ」
 そのときわたしは40歳だった。
「おまえはいまも美しい。セックスしよう」
 わたしはカッサンドロスに軽々と持ち上げられ、ベッドに放り投げられた。
 白昼夢ではなく、わたしには時空を超越する能力があるのかもしれない。
 生々しい体験だった。
 カッサンドロスは逞しかった……。
 わたしは現代に戻ってきた。
 目の前には食べかけのドルマーデスが残っていた。
 永久機関となるべく、午後も散歩をした。
 テッサロニキ考古学博物館、ビザンティン文化博物館、マケドニア戦争博物館、ユダヤ人博物館の横を素通りした。どこにも入らなかった。重要なのは散歩だ。
 アリストテレス通りでアリストテレスって哲学者だよな、なにを考えた人だっけと考えながら歩き、中央市場に戻って適当なタベルナに入った。
 白ワインを飲み、魚貝の煮込みと豆のスープを食べた。
 やはり人生の重大事は飲食だよ、カッサンドロスくん。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...