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新生若草物語始動
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金曜日の昼休み、樹子は若草物語の関係者を学食に招集した。
バンドマスターの樹子。
メンバーのみらいとヨイチ。
ヘルプの良彦。
見習いのすみれ。
樹子はかけそばを、みらいはカレーライスを、ヨイチはパンを、良彦とすみれはお弁当を食べた。
「バンドの見習いとして、原田すみれさんに参加してもらうことになったわ。担当はパーカッション。これからは5人で活動するわよ」
食後に樹子が言った。
「よろしくお願いします」
すみれが軽く頭を下げた。
「見習いってなんなんだ?」
「とりあえず参加してもらって、見込みがあれば、ヘルプとして継続して参加してもらう。下手だったらやめてもらう。そんな感じね」
「よろしくね、原田さん」
良彦が笑顔を向けると、彼を密かに慕っているすみれは満面の笑みを見せて、「はい!」と答えた。
良彦とすみれのようすを見て、みらいは微かに胸を痛めた。
あれ? この痛みはなんだろう……?
「あたしたちは駅前ライブをやろうと思っている」と樹子がつづけて言った。
「どこの駅前でやるんだ?」
「まずは南急電鉄線南東京駅前。桜園学院の生徒たちにあたしたちの音楽を聴いてもらう」
「本当にやるの? わたしが歌うの?」
「腹をくくりなさい、未来人!」
「はい……」
みらいは不安だったが、うなずいた。
本当にわたしにライブなんてできるのだろうか……?
「あたしたちの持ち歌はいま4曲。ヨイチが『秋の流行』を作曲したら、5曲になる。これで充分にミニライブがやれると思う」
「練習しないとな。編曲はまだまだ工夫の余地があるし、演奏の練度を上げたいし……。原田、パーカッションの経験はあるのか?」
「まったくないの。完全な初心者よ」
「正確にリズムをキープしてもらえばそれでいいわ。原田さんには多くを期待していない」
樹子がそう言うと、すみれはむっとした。
「ちゃんと戦力になるよう練習するわよ! パーカッションって、大切なパートだと思う」
「そうだね、原田さん。がんばろう」
「は、はい!」
良彦にやさしく言われて、すみれの顔が赤くなった。それを見て、樹子は口をへの字にし、みらいの胸はもやもやした。
「これからしばらくは、がっつりと練習するわよ。場所はいままでどおりあたしの部屋。5人だと手狭だけど、まあなんとかやれるでしょう。水曜日以外は毎日やるわ。日曜日は午前9時にあたしんちに集合して。都合が悪い日は事前にあたしに知らせておくこと」
「日曜日も練習するの?」
すみれがちょっと嫌そうな表情になった。
「嫌ならやめてもらっていいのよ、見習いさん」
「やるわ! いつまでも見習いとは言わせないんだから!」
樹子は強気だが、すみれも同様だった。みらいはふたりのやりとりを聞いて、ハラハラした。
「今日の放課後から5人で練習するわよ。できるだけ早く5曲仕上げて、ライブするわよ!」
「面白そうだな」とヨイチが言った。
みらいは不安を隠せなかった。
良彦は黙って微笑んでいた。
すみれは口を真一文字に結んでいた。
放課後、彼らは樹子の部屋へ行った。
エレクトーンはどこかにかたづけられていて、かわりに買ったばかりのエレクトリックピアノが置かれていた。
「ギターとアンプは当分の間、おまえの部屋に置きっぱなしでいいか?」
「いいわよ。良彦のベースも」
「私のパーカッションも置かせてもらっていいかな?」
「原田さんは楽器を持ち帰って、自分の家で自主練して。初心者なんだから、あたしたち以上に練習する必要があるわ」
「鬼なの、園田さん?」
「ただのバンドマスターよ。音楽なめんな! あたしはもうかれこれ10年、キーボードを弾いているのよ」
「わたしはろくに歌の練習をしていないよ……」
「未来人は天才だからいいのよ」
「高瀬さん、そんなに歌が上手いの?」
「上手くないよ!」
「上手いとか下手とかじゃないのよ、未来人の歌は。聴けばわかるわ。とにかく練習を始めましょう。原田さんはまずはクラベスだけを叩いて。どの曲も1小節に4回鳴らしてね。余計な装飾音はいらない。メトロノームになったつもりで、とにかく正確にリズムをキープして!」
「ええーっ、そんなのつまんない」
「バンドマスターの指示が聞けないの、初心者さん?」
「わかったわよ」
「リズムキープはリズムセクションの大切な役割だよ。ベースとパーカッションを上手く合わせていこうね」
「はい!」
良彦に言われると、すみれは素直にうなずいた。
「じゃあ、『わかんない』から始めるわよ。音量は未来人の歌を引き立てる程度に調節してね。小さめでいいわ。準備はいい? スリー、ツー、ワン!」
演奏が始まり、すみれはクラベスを叩いた。みらいが歌い出したとき、すみれはあぜんとした。
え? 高瀬さんの声、きれい……。こんな歌声を持っていたの?
『わかんない』の演奏が終了したとき、彼女は叫んだ。
「凄いわ、高瀬さん! 聴き惚れちゃった! あなたの歌声は凄い! 若草物語は最高だわ!」
「褒めすぎだよ、原田さん」
「すみれって呼んで!」
「すみれちゃん」
「みらいちゃん、あなたは素晴らしいシンガーだわ!」
「そんなことないよ~っ」
みらいとすみれは微笑み合っていた。
樹子は微妙に面白くなかった。
バンドマスターの樹子。
メンバーのみらいとヨイチ。
ヘルプの良彦。
見習いのすみれ。
樹子はかけそばを、みらいはカレーライスを、ヨイチはパンを、良彦とすみれはお弁当を食べた。
「バンドの見習いとして、原田すみれさんに参加してもらうことになったわ。担当はパーカッション。これからは5人で活動するわよ」
食後に樹子が言った。
「よろしくお願いします」
すみれが軽く頭を下げた。
「見習いってなんなんだ?」
「とりあえず参加してもらって、見込みがあれば、ヘルプとして継続して参加してもらう。下手だったらやめてもらう。そんな感じね」
「よろしくね、原田さん」
良彦が笑顔を向けると、彼を密かに慕っているすみれは満面の笑みを見せて、「はい!」と答えた。
良彦とすみれのようすを見て、みらいは微かに胸を痛めた。
あれ? この痛みはなんだろう……?
「あたしたちは駅前ライブをやろうと思っている」と樹子がつづけて言った。
「どこの駅前でやるんだ?」
「まずは南急電鉄線南東京駅前。桜園学院の生徒たちにあたしたちの音楽を聴いてもらう」
「本当にやるの? わたしが歌うの?」
「腹をくくりなさい、未来人!」
「はい……」
みらいは不安だったが、うなずいた。
本当にわたしにライブなんてできるのだろうか……?
「あたしたちの持ち歌はいま4曲。ヨイチが『秋の流行』を作曲したら、5曲になる。これで充分にミニライブがやれると思う」
「練習しないとな。編曲はまだまだ工夫の余地があるし、演奏の練度を上げたいし……。原田、パーカッションの経験はあるのか?」
「まったくないの。完全な初心者よ」
「正確にリズムをキープしてもらえばそれでいいわ。原田さんには多くを期待していない」
樹子がそう言うと、すみれはむっとした。
「ちゃんと戦力になるよう練習するわよ! パーカッションって、大切なパートだと思う」
「そうだね、原田さん。がんばろう」
「は、はい!」
良彦にやさしく言われて、すみれの顔が赤くなった。それを見て、樹子は口をへの字にし、みらいの胸はもやもやした。
「これからしばらくは、がっつりと練習するわよ。場所はいままでどおりあたしの部屋。5人だと手狭だけど、まあなんとかやれるでしょう。水曜日以外は毎日やるわ。日曜日は午前9時にあたしんちに集合して。都合が悪い日は事前にあたしに知らせておくこと」
「日曜日も練習するの?」
すみれがちょっと嫌そうな表情になった。
「嫌ならやめてもらっていいのよ、見習いさん」
「やるわ! いつまでも見習いとは言わせないんだから!」
樹子は強気だが、すみれも同様だった。みらいはふたりのやりとりを聞いて、ハラハラした。
「今日の放課後から5人で練習するわよ。できるだけ早く5曲仕上げて、ライブするわよ!」
「面白そうだな」とヨイチが言った。
みらいは不安を隠せなかった。
良彦は黙って微笑んでいた。
すみれは口を真一文字に結んでいた。
放課後、彼らは樹子の部屋へ行った。
エレクトーンはどこかにかたづけられていて、かわりに買ったばかりのエレクトリックピアノが置かれていた。
「ギターとアンプは当分の間、おまえの部屋に置きっぱなしでいいか?」
「いいわよ。良彦のベースも」
「私のパーカッションも置かせてもらっていいかな?」
「原田さんは楽器を持ち帰って、自分の家で自主練して。初心者なんだから、あたしたち以上に練習する必要があるわ」
「鬼なの、園田さん?」
「ただのバンドマスターよ。音楽なめんな! あたしはもうかれこれ10年、キーボードを弾いているのよ」
「わたしはろくに歌の練習をしていないよ……」
「未来人は天才だからいいのよ」
「高瀬さん、そんなに歌が上手いの?」
「上手くないよ!」
「上手いとか下手とかじゃないのよ、未来人の歌は。聴けばわかるわ。とにかく練習を始めましょう。原田さんはまずはクラベスだけを叩いて。どの曲も1小節に4回鳴らしてね。余計な装飾音はいらない。メトロノームになったつもりで、とにかく正確にリズムをキープして!」
「ええーっ、そんなのつまんない」
「バンドマスターの指示が聞けないの、初心者さん?」
「わかったわよ」
「リズムキープはリズムセクションの大切な役割だよ。ベースとパーカッションを上手く合わせていこうね」
「はい!」
良彦に言われると、すみれは素直にうなずいた。
「じゃあ、『わかんない』から始めるわよ。音量は未来人の歌を引き立てる程度に調節してね。小さめでいいわ。準備はいい? スリー、ツー、ワン!」
演奏が始まり、すみれはクラベスを叩いた。みらいが歌い出したとき、すみれはあぜんとした。
え? 高瀬さんの声、きれい……。こんな歌声を持っていたの?
『わかんない』の演奏が終了したとき、彼女は叫んだ。
「凄いわ、高瀬さん! 聴き惚れちゃった! あなたの歌声は凄い! 若草物語は最高だわ!」
「褒めすぎだよ、原田さん」
「すみれって呼んで!」
「すみれちゃん」
「みらいちゃん、あなたは素晴らしいシンガーだわ!」
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樹子は微妙に面白くなかった。
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