上 下
49 / 66

新生若草物語始動

しおりを挟む
 金曜日の昼休み、樹子は若草物語の関係者を学食に招集した。
 バンドマスターの樹子。
 メンバーのみらいとヨイチ。
 ヘルプの良彦。
 見習いのすみれ。
 樹子はかけそばを、みらいはカレーライスを、ヨイチはパンを、良彦とすみれはお弁当を食べた。
「バンドの見習いとして、原田すみれさんに参加してもらうことになったわ。担当はパーカッション。これからは5人で活動するわよ」
 食後に樹子が言った。
「よろしくお願いします」
 すみれが軽く頭を下げた。
「見習いってなんなんだ?」
「とりあえず参加してもらって、見込みがあれば、ヘルプとして継続して参加してもらう。下手だったらやめてもらう。そんな感じね」
「よろしくね、原田さん」
 良彦が笑顔を向けると、彼を密かに慕っているすみれは満面の笑みを見せて、「はい!」と答えた。
 良彦とすみれのようすを見て、みらいは微かに胸を痛めた。
 あれ? この痛みはなんだろう……?
「あたしたちは駅前ライブをやろうと思っている」と樹子がつづけて言った。
「どこの駅前でやるんだ?」
「まずは南急電鉄線南東京駅前。桜園学院の生徒たちにあたしたちの音楽を聴いてもらう」
「本当にやるの? わたしが歌うの?」
「腹をくくりなさい、未来人!」
「はい……」
 みらいは不安だったが、うなずいた。
 本当にわたしにライブなんてできるのだろうか……?
「あたしたちの持ち歌はいま4曲。ヨイチが『秋の流行』を作曲したら、5曲になる。これで充分にミニライブがやれると思う」
「練習しないとな。編曲はまだまだ工夫の余地があるし、演奏の練度を上げたいし……。原田、パーカッションの経験はあるのか?」
「まったくないの。完全な初心者よ」
「正確にリズムをキープしてもらえばそれでいいわ。原田さんには多くを期待していない」
 樹子がそう言うと、すみれはむっとした。
「ちゃんと戦力になるよう練習するわよ! パーカッションって、大切なパートだと思う」
「そうだね、原田さん。がんばろう」
「は、はい!」
 良彦にやさしく言われて、すみれの顔が赤くなった。それを見て、樹子は口をへの字にし、みらいの胸はもやもやした。
「これからしばらくは、がっつりと練習するわよ。場所はいままでどおりあたしの部屋。5人だと手狭だけど、まあなんとかやれるでしょう。水曜日以外は毎日やるわ。日曜日は午前9時にあたしんちに集合して。都合が悪い日は事前にあたしに知らせておくこと」
「日曜日も練習するの?」
 すみれがちょっと嫌そうな表情になった。
「嫌ならやめてもらっていいのよ、見習いさん」
「やるわ! いつまでも見習いとは言わせないんだから!」
 樹子は強気だが、すみれも同様だった。みらいはふたりのやりとりを聞いて、ハラハラした。
「今日の放課後から5人で練習するわよ。できるだけ早く5曲仕上げて、ライブするわよ!」
「面白そうだな」とヨイチが言った。
 みらいは不安を隠せなかった。
 良彦は黙って微笑んでいた。
 すみれは口を真一文字に結んでいた。
 放課後、彼らは樹子の部屋へ行った。
 エレクトーンはどこかにかたづけられていて、かわりに買ったばかりのエレクトリックピアノが置かれていた。
「ギターとアンプは当分の間、おまえの部屋に置きっぱなしでいいか?」
「いいわよ。良彦のベースも」
「私のパーカッションも置かせてもらっていいかな?」
「原田さんは楽器を持ち帰って、自分の家で自主練して。初心者なんだから、あたしたち以上に練習する必要があるわ」
「鬼なの、園田さん?」
「ただのバンドマスターよ。音楽なめんな! あたしはもうかれこれ10年、キーボードを弾いているのよ」
「わたしはろくに歌の練習をしていないよ……」
「未来人は天才だからいいのよ」
「高瀬さん、そんなに歌が上手いの?」
「上手くないよ!」
「上手いとか下手とかじゃないのよ、未来人の歌は。聴けばわかるわ。とにかく練習を始めましょう。原田さんはまずはクラベスだけを叩いて。どの曲も1小節に4回鳴らしてね。余計な装飾音はいらない。メトロノームになったつもりで、とにかく正確にリズムをキープして!」
「ええーっ、そんなのつまんない」
「バンドマスターの指示が聞けないの、初心者さん?」
「わかったわよ」
「リズムキープはリズムセクションの大切な役割だよ。ベースとパーカッションを上手く合わせていこうね」
「はい!」
 良彦に言われると、すみれは素直にうなずいた。
「じゃあ、『わかんない』から始めるわよ。音量は未来人の歌を引き立てる程度に調節してね。小さめでいいわ。準備はいい? スリー、ツー、ワン!」
 演奏が始まり、すみれはクラベスを叩いた。みらいが歌い出したとき、すみれはあぜんとした。
 え? 高瀬さんの声、きれい……。こんな歌声を持っていたの?
『わかんない』の演奏が終了したとき、彼女は叫んだ。
「凄いわ、高瀬さん! 聴き惚れちゃった! あなたの歌声は凄い! 若草物語は最高だわ!」
「褒めすぎだよ、原田さん」
「すみれって呼んで!」
「すみれちゃん」
「みらいちゃん、あなたは素晴らしいシンガーだわ!」
「そんなことないよ~っ」
 みらいとすみれは微笑み合っていた。
 樹子は微妙に面白くなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

はじまりはいつもラブオール

フジノシキ
キャラ文芸
ごく平凡な卓球少女だった鈴原柚乃は、ある日カットマンという珍しい守備的な戦術の美しさに魅せられる。 高校で運命的な再会を果たした柚乃は、仲間と共に休部状態だった卓球部を復活させる。 ライバルとの出会いや高校での試合を通じ、柚乃はあの日魅せられた卓球を目指していく。 主人公たちの高校部活動青春ものです。 日常パートは人物たちの掛け合いを中心に、 卓球パートは卓球初心者の方にわかりやすく、経験者の方には戦術などを楽しんでいただけるようにしています。 pixivにも投稿しています。

甘灯の思いつき短編集

甘灯
キャラ文芸
 作者の思いつきで書き上げている短編集です。 (現在16作品を掲載しております)                              ※本編は現実世界が舞台になっていることがありますが、あくまで架空のお話です。フィクションとして楽しんでくださると幸いです。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

僕のイシはどこにある?!

阿都
キャラ文芸
「石の声が聞こえる……って言ったら、信じてくれる?」 高校に入学した黄塚陽介(きづかようすけ)は、以前から夢だった地学研究会に入会するべく、地学準備室の扉を叩く。 しかし、そこは彼が思っていた部活ではなかった。 おもいがけず『PS(パワーストーン)倶楽部』に入ることになってしまった陽介は、倶楽部の女の子たちに振り回されることになる。 悪戦苦闘の毎日に、恋だ愛だなど考えすら及ばない。 しかも彼女たちには何やら秘密があるらしく……? 黄塚陽介の波乱に満ちた高校生活が始まった。 ※この作品は『のべぷろ!』に掲載していたものを、あらためてプロットを見直し、加筆修正して投稿しております。 <https://www.novepro.jp/index.html>

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

パーフェクトアンドロイド

ことは
キャラ文芸
アンドロイドが通うレアリティ学園。この学園の生徒たちは、インフィニティブレイン社の実験的試みによって開発されたアンドロイドだ。 だが俺、伏木真人(ふしぎまひと)は、この学園のアンドロイドたちとは決定的に違う。 俺はインフィニティブレイン社との契約で、モニターとしてこの学園に入学した。他の生徒たちを観察し、定期的に校長に報告することになっている。 レアリティ学園の新入生は100名。 そのうちアンドロイドは99名。 つまり俺は、生身の人間だ。 ▶︎credit 表紙イラスト おーい

あやかし民宿『うらおもて』 ~怪奇現象おもてなし~

木川のん気
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞応募中です。 ブックマーク・投票をよろしくお願いします! 【あらすじ】 大学生・みちるの周りでは頻繁に物がなくなる。 心配した彼氏・凛介によって紹介されたのは、凛介のバイト先である『うらおもて』という小さな民宿だった。気は進まないながらも相談に向かうと、店の女主人はみちるにこう言った。 「それは〝あやかし〟の仕業だよ」  怪奇現象を鎮めるためにおもてなしをしてもらったみちるは、その対価として店でアルバイトをすることになる。けれど店に訪れる客はごく稀に……というにはいささか多すぎる頻度で怪奇現象を引き起こすのだった――?

処理中です...