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愛の火だるま
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みらいが帰宅し、玄関を開けたとき、異臭がした。
プラスチックを焼いたような臭いがキッチンから漂ってきている。
嫌な予感がして、慌ててみらいはキッチンへと駆け込んだ。
——目にしたのは、音楽カセットから引き出した長いテープを、ガスコンロで焼いている母の姿。
「うわああああああ!」
みらいは絶叫して、母の手からカセットテープを奪い取った。
彼女はぶるぶると震えながら、カセットに書かれたタイトルを恐るおそる確認した。
イエロー・マジック・オーケストラの第2アルバム『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』。代表曲『ライディーン』と『テクノポリス』が録音されている。
テープの大部分が焼かれていて、もう聴くことはできない。
流し台には他に3個のカセットテープが置いてあった。まだ燃やされてはいない。
みらいは生き残っているテープをがばっとつかんで、鞄に放り込んだ。死んでしまったテープも一緒に。
「テープを寄こしなさい!」と言った母を、鬼のような形相でみらいは睨みつけた。
樹子が録音してくれたテープ……。許せない……。
母は息を飲み、怯えた。いままでに見たことのない娘の狂気をはらんだ目。
みらいは無言でリビングに行き、レコードラックの扉を開いた。
次々とレコードを取り出し、やがて目当ての1枚を見つけ出した。
井上陽水の第3アルバム『氷の世界』。
『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』に先行してミリオンセラーとなった記録的なアルバムだ。みらいはそのレコードを母が愛好していることを知っていた。
みらいはレコードジャケットから円盤を取り出した。
母がリビングに来て、呆然と娘を見つめた。
みらいは母を見返した。
母は無表情になっていた。
娘は泣いていた。
みらいは腕に力を込め、『氷の世界』を真っ二つに割った。そしてその場に放り出した。
「…………」母は無言だった。
「…………」娘も無言だった。
ゴクリと音を立てて、母がつばを飲み込んだ。何か言おうとしたのだが、声が出ない。
みらいは恨みがましい目で母を見つめつづけていた。
また録音してもらえばいいのだが、そんなふうには思えなかった。
初めて樹子の家を訪問したときに録音してもらった大切なカセットテープ……。
みらいは母から目を背け、自室に籠った。
本気で家出を考えたが、外へ出て行く気力も残っていなかった。
その日は夕食を摂らなかった。
まったく食欲がわかなかった。
椅子に座って、何時間ぼうっとしていたかわからない。
みらいは無意識に机の引き出しから紙を取り出し、詞を書き始めた。
あっちっち あっちっち
わたしは 怒りの火だるま
赤い炎は火の粉と燃えて
血の色 マグマの色 猿のお尻の色
怒りの炎には 手足も出ない
わたしの台所は 火の車
その詞を睨んで、つまらないと思い、「怒り」を「愛」に書き換えた。
少しはマシになったように思えた。
力が湧いてきた。
ヨイチくんに曲をつけてもらおう。
そして思いっ切り歌ってやる……。
タイトルは『愛の火だるま』だ!
プラスチックを焼いたような臭いがキッチンから漂ってきている。
嫌な予感がして、慌ててみらいはキッチンへと駆け込んだ。
——目にしたのは、音楽カセットから引き出した長いテープを、ガスコンロで焼いている母の姿。
「うわああああああ!」
みらいは絶叫して、母の手からカセットテープを奪い取った。
彼女はぶるぶると震えながら、カセットに書かれたタイトルを恐るおそる確認した。
イエロー・マジック・オーケストラの第2アルバム『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』。代表曲『ライディーン』と『テクノポリス』が録音されている。
テープの大部分が焼かれていて、もう聴くことはできない。
流し台には他に3個のカセットテープが置いてあった。まだ燃やされてはいない。
みらいは生き残っているテープをがばっとつかんで、鞄に放り込んだ。死んでしまったテープも一緒に。
「テープを寄こしなさい!」と言った母を、鬼のような形相でみらいは睨みつけた。
樹子が録音してくれたテープ……。許せない……。
母は息を飲み、怯えた。いままでに見たことのない娘の狂気をはらんだ目。
みらいは無言でリビングに行き、レコードラックの扉を開いた。
次々とレコードを取り出し、やがて目当ての1枚を見つけ出した。
井上陽水の第3アルバム『氷の世界』。
『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』に先行してミリオンセラーとなった記録的なアルバムだ。みらいはそのレコードを母が愛好していることを知っていた。
みらいはレコードジャケットから円盤を取り出した。
母がリビングに来て、呆然と娘を見つめた。
みらいは母を見返した。
母は無表情になっていた。
娘は泣いていた。
みらいは腕に力を込め、『氷の世界』を真っ二つに割った。そしてその場に放り出した。
「…………」母は無言だった。
「…………」娘も無言だった。
ゴクリと音を立てて、母がつばを飲み込んだ。何か言おうとしたのだが、声が出ない。
みらいは恨みがましい目で母を見つめつづけていた。
また録音してもらえばいいのだが、そんなふうには思えなかった。
初めて樹子の家を訪問したときに録音してもらった大切なカセットテープ……。
みらいは母から目を背け、自室に籠った。
本気で家出を考えたが、外へ出て行く気力も残っていなかった。
その日は夕食を摂らなかった。
まったく食欲がわかなかった。
椅子に座って、何時間ぼうっとしていたかわからない。
みらいは無意識に机の引き出しから紙を取り出し、詞を書き始めた。
あっちっち あっちっち
わたしは 怒りの火だるま
赤い炎は火の粉と燃えて
血の色 マグマの色 猿のお尻の色
怒りの炎には 手足も出ない
わたしの台所は 火の車
その詞を睨んで、つまらないと思い、「怒り」を「愛」に書き換えた。
少しはマシになったように思えた。
力が湧いてきた。
ヨイチくんに曲をつけてもらおう。
そして思いっ切り歌ってやる……。
タイトルは『愛の火だるま』だ!
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