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第41話 手つかずの日曜日

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 4月18日、僕は午前7時25分に目覚めた。
 なんの予定もない手つかずの日曜日が始まった。
 ガーネットはすでに起きていた。
「おはよう」とあいさつを交わす。
 彼女はトーストと目玉焼きをつくって、プチトマトを添えて、テーブルに置いてくれた。
 僕は自分でコーヒーを淹れた。
 昨夜食べた天ぷらは大ごちそうだったが、日常的な朝食も悪くない。
 トーストに苺ジャムを塗って食べた。
 コーヒーを飲む。しだいに身体がしゃきっとしてきた。
「それも美味しいんだろ?」
「うん。美味しいよ」
「人間は味覚があっていいなあ」
「ガーネット、昨日の体験を後悔しているのか?」
「いいや、よい体験だったぜ」
 僕はプチトマトを口の中に入れた。
 アンドロイドに味覚が実装される日はいつ来るのだろうか。

「今日はなにをして過ごそうか?」
「数多と一緒ならなんでもいい」
 僕は少し考えた。
 部屋の中でのんびりするのもいいし、散歩するのもいいだろう。
「フラワーセンターにでも行こうか?」
「なんだそれは?」
「市営の大きい公園だよ。四季折々の花を育てていて、入場料が100円かかる」
「お金がかかるのか」
「2人で200円だ。そのくらいならいいだろう」
「あたしは人間じゃないから、無料にはならないのか?」
「そんな口論をするのは面倒だよ。おとなしく払おう」 

 フラワーセンターの開園は午前9時だ。
 8時30分に出発して、ぷらぷらと歩いた。
 ガーネットは指輪とネックレスをして、黄緑色のブラウスとミニスカートを着ていた。
 僕は茶色のシャツとジーンズ。財布とスマホをポケットに入れ、手ぶらだ。
 山城川の河原を郊外へ向かって進み、途中で北に曲がった。
 市道を歩いていく。
 道沿いには適度に住宅が並んでいて、ところどころに田畑もある。
 途中で神社があったので、ふたりで立ち寄ってお参りした。
「僕は鳥居が好きなんだ。素敵な形だと思う」
「これが素敵な形なんだな。憶えておこう」
「アンドロイドの美的感覚はどうなっているのかな」
「花とかはふつうに綺麗だと思うぞ」
「そうか」
「数多の顔も美しい」
「それはまちがっているけれど、まちがったままでいいや」

 9時10分にフラワーセンターに到着した。
 券売機で入場券を2枚買う。
 入口で渡して、園内に入った。
 芝桜の庭が広がっていた。
 小道をガーネットと手をつないで歩く。
 ツツジでつくられた小さな迷路があり、その先にはチューリップの園があった。
「綺麗だな」
「ああ、綺麗だぜ」
 大温室の中では、熱帯植物が緑の葉を茂らせていた。
 花はまだ咲いていないが、ダイナミックな魅力があった。
 温室を出ると、芝生の広場があり、小さな子どもふたりを連れた4人家族が犬と遊んでいた。
「いいなあ、ペット」
「いずれ飼おうな」
「うん」
 4月にしては暖かい日だった。
 僕は芝生の上にゴロンと寝転がった。
 ガーネットも同じようにした。
 空は蒼く、飛行機雲が西に向かって進んでいた。

 昼食はフラワーセンターの中にあるレストランでカレーライスを食べた。
 さして美味しくはなかったが、とても安かったので、文句は言えない。
「ガーネットはなにか趣味にしたいこととかないの?」
「いろいろと興味はあるぞ。スポーツもしてみたいし、絵も描いてみたい」
「へえ。そういう好奇心はあるんだ」
「人間とあまり変わらないと思ってくれていい」
「じゃあ、午後はバッティングセンターにでも行ってみようか」
「野球だな。やってみたい」

 僕たちはフラワーセンターを出て、またぷらぷらと歩いた。今度は駅方向へ向かう。
 道で人とすれちがうと、たいていの人がガーネットを見つめた。
 ものすごい美少女だから、無理もない。
 そして、僕をなんでこんな男が隣にいるのだろう、という目で見るのだった。
 それも当然の反応だと思う。
 別に腹も立たない。

 緑のネットにつつまれたバッティングセンターに入った。
 1ゲーム15球で200円だ。
「まず僕がやってみよう。見ていてくれ」
「おう」
 僕は球速80キロのマシンを選び、金属バットを握って、3回素振りをした。
 学生時代は球技が好きだったが、もうずいぶんとご無沙汰している。
 コイン入れに200円を投入した。
 バッティングマシンが動き出し、軟球を発射した。
 1球目、僕は空振りした。
 あれ? 当てることもできないとは。
 2球目も空振りで、3球目にやっとバットにかすった。ファウルチップだった。
 4球目にようやく前にボールが飛んだ。ピッチャーゴロといったところ。
 10球目にやっとライト方向にヒット性のライナーを飛ばすことができた。
 レフトへ引っ張ってやろうと思ったが、15球やっても実現しなかった。
「こんな感じだよ。デッドボールはないと思うけれど、いちおう気をつけろよ」
「わかった。楽しそうだ」

 ガーネットは僕と同じ80キロのマシンを選び、素振りをした。
 彼女は右打席に立ち、前方を見てバットを構え、左足を折って、腰にひねりを入れた。
 かなり様になっているな、と思った。
 1球目から快音を響かせた。ピッチャー返しのライナーを放った。
「これは面白い」とつぶやき、彼女は次々とヒット性の打球を飛ばした。
 打ち損ないは2球しかなかった。それでもゴロを前に打ち、空振りはゼロだった。
「おまえ、野球の才能があるな」
「そうか? もう一度やってもいいか?」
「いいとも」
 僕は彼女に200円をあげた。

 最速の130キロのマシンの打席に立った。
 いくらガーネットがすぐれたアンドロイドでもこれは無謀じゃないか、と思ったが、彼女は1球目からカーンという気持ちのいい音を響かせて、センターフライとなるであろう打球を放った。
 浅葱さんはすごい運動性能のアンドロイドをつくることができるんだな、と感心した。
 ガーネットはカーンキーンとボールを左右に打ち分けた。
 15球打ち終えて、「楽しかったぜ」と言って、バットを置いた。

 そのとき、ガーネットが頭に手を置いた。 
「おう。……うん。……わかった、行くよ」
 誰かと通話しているようだ。
「誰と話していたんだ?」
「カレンだ。緊急の用件があるらしい。いま駅前のファミレスで、茜も一緒にいるって」
「緊急?」
「ああ、行こうぜ」
 僕とガーネットは駅方面へ向かって小走りをした。
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