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第3話 わけあり品不良少女型アンドロイドを購入

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 女性店員が僕の方を向いた。
 そのとき僕は彼女がアンドロイドではないかという疑念を抱いた。そう見えるほどの美人だったからだ。
 小柄で童顔なのに胸がドーンと大きい。黒髪ショートボブ。さっきパンツスーツを着ているのを見て20代中程かと思ったのだが、もしかしたら10代後半かもしれないと感じた。
 しかし未成年が現在急成長中の女性アンドロイドメーカー『株式会社プリンセスプライド』の直営店のひとつ『プリンセスプライド河城店』で働いているわけがない。おそらく大卒の女性のはずだ。
 彼女は『佐島杏里さじまあんり』と書かれた名札をつけていた。

「はい。不良少女型アンドロイドPPA-SAT-HA33-1についてのお問い合わせでございますね」
 女性店員の佐島さんはそう言って、にっこりと笑った。
「PPA-SAT……?」
 僕は戸惑った。なんのことだかわからなかったからだ。
「すみません。PPA-SAT-HA33-1と突然言われてもわかりませんよね。プリンセスプライドアンドロイド、スペシャルAタイプ、本田浅葱ほんだあさぎ開発33番1号のことです」
「本田浅葱……!」
 僕はその名前を知っていた。株式会社プリプラの創業社長で、有名なアンドロイドデザイナーだ。
「開発33番というのは、本田浅葱がデザイン・製作監督をした33番目のアンドロイドで、1号はその製作1体目ということです」
 佐島さんはすらすらと淀みなく説明してくれた。僕はますます彼女がアンドロイドではないかと疑った。口調が流暢すぎる。

「本田浅葱さんって、プリプラの社長さんで、エースデザイナーですよね。そんなすごい人が造ったアンドロイドがどうして1980万円に値下げされているんですか?」
「実はこの製品、わけあり品でございまして、1体しか製作されず、製造が打ち切られてしまったものなんです」
「1体しか製作されていない……? するとこのタイプは、この世にひとつしかないということですか?」
「そのとおりです。実はAIに欠陥があることが判明しています。本来なら販売できないものなんですが、当社社長本田浅葱がどうしても1体は世に出したい、このままお蔵入りにはしたくないと申しまして、1か月前、河城店に搬入されてきたものです」
「欠陥とはどのようなものなんですか?」
「詳しいことはわたくしどもも把握していないのですが、社長が『失敗した。AIがあまりにも人間的すぎる』と言って頭を抱えたとは聞いております。この製品は契約書にサインしていただかないとお売りできないことになっておりまして、その契約書はこれです」
 僕は契約書を読んだ。面倒な文面だったが、要するに『本製品には欠陥がある。その欠陥による責任は当社では一切負わず、購入者が全責任を負う』という内容だった。これはひどい……。

「このアンドロイドに興味を持ってくださったお客様は多くいらっしゃいましたが、契約書を呈示すると、みなさま、購入の意志をなくしてしまうようです。まあ、当然そうなりますよね。それで、売り出し価格が5500万円から少しずつ低下していき、ついに本日から1980万円になってしまったわけです」
 僕は運命を感じた。
 今日から価格が僕でも購入できる金額になり、その日に偶然来店した……。
「いくらなんでも、このアンドロイドが犯罪を行うなんてことはないですよね?」
「アンドロイドはそのように設計されておりますが、PPA-SAT-HA33-1に関しては、保証いたしかねます」
「じゃあたとえば、これが傷害事件を起こしてしまう可能性だってあるわけですか?」
「殺人や傷害事件はおそらく起こさないであろうと考えておりますが、保証はいたしかねます」
「もし起こしたら、その責任は購入者にあり、製造者責任は一切ないと、そういうことですか?」
「そうです。この契約書にはそう書かれております。法的に有効なものです」
 僕は購入しようと決心しかけていたが、さすがに躊躇した。
 その契約は重すぎる。
 人間と結婚するくらい重い契約だ。
 どうしよう?
 このアンドロイドは世界にひとつしかない。
 いま買わなければ、永遠に手に入らなくなってしまうかもしれない。

 僕は人間の恋人なんていらないと思っている。
 人間の女性と結婚するつもりもない。
 だったら、この不良少女型アンドロイドと添い遂げるつもりで買ってもいいんじゃないか?
 全責任を負ってもいい。
 そう思うくらい、彼女は魅力的に見えた。
「買います」と僕は言った。
「よろしいんですか? いったん契約されたら、解約はできませんよ。その旨もこの契約書に書かれています」
「わかっています。僕は仕事柄、契約書を読むのは慣れているんです。そのことは一読して理解しました」
「では、契約と購入手続きに移らさせていただきます。レジカウンターへ参りましょう。PPA-SAT-HA33-1、一緒に来なさい」
「おう。ようやくあたしに買い手がついたってことだな。待ちくたびれて、死んじまうかと思ったぜ」
 いままで微動だにしなかった不良少女型アンドロイドが急にしゃべり出したので、僕は驚いた。
 ハスキーボイスだった。
 僕の心臓を鷲掴みにするような、琴線に触れるような声だった。
 このアンドロイドが好きだ、と思った。
 
 僕と佐島さんとPPA-SAT-HA33-1はプリンセスプライド河城店のカウンターへ移動した。
「ところで、佐島さんはアンドロイドではなくて、人間ですよね?」と僕は思わず訊いた。訊かずにはいられなかったのだ。
「さあ、どっちでしょう? 私は謎の女店員というキャラで仕事をしております。ふふっ」
 謎の女店員って。プリンセスプライドって、変わった会社だな。
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