ご主人様の枕ちゃん

綿入しずる

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Ⅱ‐回青の園

二人ⅰ

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 俺は何を残念がっているんだろうか。たとえビリムや他の奴隷が主人に抱かれていたとして、俺が他の奴隷より圧倒的に優遇されているのは変わりない。生活も、主人の態度も、なにひとつ変わったところなどない。
 感謝することこそあれ、落胆することなど一つもない。はずだ。俺だって今までどおりに変わらず仕えていればいい。
 そう、頭では分かっているが。
 帰ってきた主人の傍で働いて――丸一日経っても隙ができると主人とビリムのことを考えてしまって俺は疲れていた。知らず姿勢が悪くなって溜息が漏れる。こんなの叱られる。
「体調悪いか?」
「――あ、いえ、大丈夫です、申し訳ありません」
 カーテンを開けて出たところでハリュールにもそんな風に声をかけられて、俺は息を吸いなおした。書斎での仕事が終わって、この後は多分風呂に入って離れに戻る。外出の予定は聞いていない。もう慣れた仕事だ。もたついたりしたくない。
 主人は仕事が面倒なものなのか、上機嫌とはいかない。休憩の時間もいつもより長かった。さっさと入浴を済ませて寛ぎたいだろう。
「お前は分かりやすいな。議会帰りには調子が狂うほどだ」
 不意に飛んできた主人の声に肩が揺れる。笑い混じりの声だったが、褒められてはいないだろうと思う。俺は返事ができなかった。
 分かりやすい、と言っただろうか。それはつまり俺の心中が透けているという話なのか。ビリムとか、主人とか、そういうことを考えてしまっているのが? まさか。
 動揺した俺に構わず近づいて、頭をぐしゃぐしゃと撫で回して主人は続けた。
「そういう顔も好きだが見飽きてきたな。……――ハリュール」
「はい」
「白のビリムを離れへ」
 本当にその名前が聞こえてしまって、俺の心臓はどっと跳ねた。
 今から何が起きるのか考えられなかった。ただ怖々二人を見上げてなりゆきを見守るしかなかった。いつもどおりと言えばいつもどおり、だが買われたばかりの頃と同じかそれ以上の落ち着かなさだった。
「すぐにでよろしいですか?」
 ハリュールの答えはいつものように淀みなく、迷うこともなく確認する。
「ああ。私もすぐに戻る」
「畏まりました。……ハツカはどういたしましょう?」
 主人もまたすぐに応じた。
 見飽きた、とさっき言った。俺に飽きたからビリムを呼ぶのだろうか。思ったが、聞けやしない。代わりにハリュールが訊ねる。不要だからどこかへと回されるのかと思いきや、主人の答えは違った。
「連れていく」
「承知いたしました」
 話はそれで済んでしまって、ハリュールはこっちを見たが何も言わずに扉を開けた。主人は俺を促しいつものように廊下に出る。ハリュールが書斎の鍵を閉めて廊下を逆側へと向かう気配がした。ビリムを呼びに行くんだろう。
 浴室に寄らないでまっすぐに離れへの道を辿る主人の背を追う。
 ビリムを離れへ、俺も離れへ。それで何をするんだろうか。白奴隷アラグラルは二人も要らない。俺が居れば離れは十分に冷やせる。なら――
 以前に貸し出された先で、寝室を冷やす仕事をしながら行為を見せつけられたときのことが過ぎった。何人もの奴隷と客、奴隷と奴隷が一つの天幕でまぐわっていた夜会の景色も。まさか。いや、主人ならするかもしれない。だって趣味が悪い人だから。白奴隷の仕事じゃなくて、性奴隷の仕事ではないか。
 ああでも俺は体を洗っていないから、するなら俺とじゃないか。
 また過ぎる想像――もう想像だけで終わりそうにないものを振り払うこともできず、より具体的に考える間に離れにも戻ってきてしまって、いつものカーテンが揺れる明るい部屋をぼんやりと見た。振り返る主人。金色の光と目が合って息が詰まる。
「俺は何を、すればいいですか」
 確認の声は細く弱いものしか出なかった。主人は呆れたように笑う。
「いつもと同じだ。此処に居ればいい。私の許に」
 ビリムを呼ぼうと俺の仕事には関係ない。改めて言われてしまえば――これも主人の命令、首輪の力だろうか、自分で言い聞かせてきたよりすとんと胸に落ちて納得できた。俺は言われたとおりにやるだけ。逆らえない、逆らわない。それがこの人の奴隷であること。
 命令してもらえば諦めがつく。嫌なことであっても、命じられるなら。
「はい」
「……お前はいい奴隷になったな」
 それでもちょっとばかり苦しくて短い返事だけをすると、主人の笑みが深まった。返事の早さを褒めたのだろうが、普段の頑張りが認めてもらえたようで誇らしい。
 手招くのに応じて歩み寄ると腕を掴まれ、奥のベッドへと連れられる。俺の足はさっきよりも素直に前に出た。
 布団の上に座らされて、額に接吻される。見上げた主人は首輪を辿って目を細めた。
「買ったときのような顔をしている。不安か」
 俺は今どんな顔をしているんだろう、俺は不安なんだろうか。答える前に、考える前に、主人の左手も上がってきて俺の顔を揉んだ。
「ビリムのことは誰から聞いた?」
「え、と……その、ファロが、俺が来てからビリムはご主人様に呼ばれなくなったのだと」
「当人はなんと?」
「……自分は……そういうのではない、と」
 重なる問いかけにあの日の会話を辿る。からかい、喧嘩の中での言葉だったので言い直したが、それで間違いないはずだ。
「成程な。おおよそ分かった」
 主人は聞き返さず頷いて言い、そのまま俺の横に座った。大きな手が腰を抱いて引き寄せてくる。また額に唇が押しつけられる。ビリムを呼びつけたと言うのにいつもどおりというか――何だろう、甘やかされているような。
 書斎の休憩のときよりも密着した主人の意図が分からなくて混乱するが、遠くから氷精ヒエムの気配が近づいてきてはっとした。大して主人を待たせることなく誰かがビリムを連れてきた。
「旦那様、連れて参りました」
「うん。奥へ」
 ハリュールだ。主人に促されてそのまま二人でこっちへと歩いてきて――ついたての陰から現れたビリムが俺と主人を見てぎょっとしたので俺の体も強張ったが、主人は当然離してはくれなかった。
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