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一章 邂逅編
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銀色のカードキーが、真っ黒なつややかな大理石の床にぽつんと一枚落ちていた。
落ちているのは私が持っているものと同じ、このマンションの住居玄関用のカードキーだ。
ここは低層高級マンションの入り口を入ってすぐ、各部屋ごとのメールボックスがあるエリア。
このマンションは入り口に管理人も24時間駐在しているし、住人も少なく人の出入りはあまりない。
カードキーが落ちていて無用心ではあるが、このエリアに来るまでに一度暗証番号を入力して入り口の自動ドアを開けなくてはいけないし、万が一泥棒が拾ったとしてもエレベーターでは別のカードキーが必要になるのでそこまで心配する必要はない。
住居玄関用のカードキーは、カードがなければ普通の鍵でも開ける事が出来る。持っていればの話だが。
問題はこのカードキーをどうするか、だ。
私はとうとう現れたこのフラグに、眉間を寄せた。
異世界転生なんて話は、小説で沢山読んだ。
その中で好きだったのは乙女ゲームの主人公転生物語だったり、はたまた悪役令嬢が断罪エンドを回避するための奮闘記だったり、チート能力で異世界で無双するとかの定番だ。
主人公が強くてハッピーエンドになるやつが大好きだった。
だから私も気がついたら物語の中に転生していた、と気がついた時は一瞬だけ喜んだ。
そう、一瞬だけ。
なぜなら転生した先は、前世で人気のあったーーーホラー小説だったから。
逆ハーレムどころか異世界ですらない。
前世も今世も、変わらず現代の日本なのは馴染みやすかった点では良かったけれど。
前世で人気があったそのホラー小説は、ホラーの割にはイケメン達が前面に出ていることも人気のひとつだったけれど、夜中には一人で小説を読めないほどの恐怖のストーリーが最大の人気の理由だったはずだ。かく言う私も一人で読むには怖くて、電車の中や常に人がいるところで読んでいたっけ。
主人公が女の子なのに小説の中では恋愛のれの字もないので、それだけは少々残念な気持ちだったのは覚えている。登場主要人物にイケメンがいるのにもったいないと。
けれど転生した今、私はそのイケメン達には会いたいとは思わない。
前世でホラー作品はいわゆる娯楽だ。
ありえないと思っていたから楽しめた。
この今世がホラー小説の世界というなら、世に在らざるものや呪いの類いが間違いなく存在する事を私は知っている。
現時点ではまだ見たことも体験したこともないが、出来ればそれは死ぬまで未体験でいたい。
そう考えるから、私は小説の登場人物達と接点を持つ事が怖かった。
私が転生した先は主役でも準主役でもない。脇役ですらない。
小説の中で時々出て来る、町中佐保、という女性が今の私だ。
準主役の住む自宅兼事務所のマンションの同じ階に住む隣人という役どころ。
わかりやすく言うとモブ。小説の成り行きに関わる事もなく、死亡フラグもないのが救いだ。サスペンスドラマなら「ああ、隣の人なら先週引っ越しましたよ?」と一言刑事に言うポジションになる。
私はこのマンションに引っ越ししてきてまだ一週間という事もあり、幸いにも彼らとはまだ一度も顔を合わせていない。
小説の中では、隣人の事務所に出入りする主人公たちとたまにエレベーターで乗り合わせたりする程度なので、乗る前に周りに人がいないかどうか確認して乗れば、接点は作らずにいけるのではないか。そう考えていた。
けれど、床に落ちているカードキーを見て、私は最初のフラグを思い出したのだ。
そうだった。
一番最初の出会いは、このカードキーを私が拾い、管理人に届ける事によって隣人達との最初の交流が始まるのだ。
管理人から、カードキーを拾って届けたのが隣人の私だと知ると、律儀にも隣室の準主役が菓子折り持って挨拶に来るのだ。
それが顔見知りになる第一歩だった。
それを避けるなら管理人に届けなければいい。
つまり拾わない。見なかった事にするのだ。
(だけど……カードキーが無いと後で困るよね?)
カードキーを見つめて悩んでいたら、どうやら数分経過していたようだった。
「どうした、佐保」
そう言った兄の篤がこちらに向かって来る足音がした。
メールボックスに郵便物を取りに行った私がいつまでたってもエレベーターまで来ないから、しびれを切らして迎えに来たのだろう。
「なんでもない」
私は慌ててカードキーを隣室のメールボックスにつっこんだ。受け取りエリアからでも郵便物が入れられる仕組みになっているのだ。
これで私も隣人の準主役も困らない。
よし、これで最初のフラグは折った。
私は小さく息を吐いた。
どうやら突然現れたフラグに緊張していたらしい。
一度深呼吸し、何もなかったように兄の元へ歩いて行く。
けれど、これが間違った選択だったと気がついたのは後々の事だったーーー。
落ちているのは私が持っているものと同じ、このマンションの住居玄関用のカードキーだ。
ここは低層高級マンションの入り口を入ってすぐ、各部屋ごとのメールボックスがあるエリア。
このマンションは入り口に管理人も24時間駐在しているし、住人も少なく人の出入りはあまりない。
カードキーが落ちていて無用心ではあるが、このエリアに来るまでに一度暗証番号を入力して入り口の自動ドアを開けなくてはいけないし、万が一泥棒が拾ったとしてもエレベーターでは別のカードキーが必要になるのでそこまで心配する必要はない。
住居玄関用のカードキーは、カードがなければ普通の鍵でも開ける事が出来る。持っていればの話だが。
問題はこのカードキーをどうするか、だ。
私はとうとう現れたこのフラグに、眉間を寄せた。
異世界転生なんて話は、小説で沢山読んだ。
その中で好きだったのは乙女ゲームの主人公転生物語だったり、はたまた悪役令嬢が断罪エンドを回避するための奮闘記だったり、チート能力で異世界で無双するとかの定番だ。
主人公が強くてハッピーエンドになるやつが大好きだった。
だから私も気がついたら物語の中に転生していた、と気がついた時は一瞬だけ喜んだ。
そう、一瞬だけ。
なぜなら転生した先は、前世で人気のあったーーーホラー小説だったから。
逆ハーレムどころか異世界ですらない。
前世も今世も、変わらず現代の日本なのは馴染みやすかった点では良かったけれど。
前世で人気があったそのホラー小説は、ホラーの割にはイケメン達が前面に出ていることも人気のひとつだったけれど、夜中には一人で小説を読めないほどの恐怖のストーリーが最大の人気の理由だったはずだ。かく言う私も一人で読むには怖くて、電車の中や常に人がいるところで読んでいたっけ。
主人公が女の子なのに小説の中では恋愛のれの字もないので、それだけは少々残念な気持ちだったのは覚えている。登場主要人物にイケメンがいるのにもったいないと。
けれど転生した今、私はそのイケメン達には会いたいとは思わない。
前世でホラー作品はいわゆる娯楽だ。
ありえないと思っていたから楽しめた。
この今世がホラー小説の世界というなら、世に在らざるものや呪いの類いが間違いなく存在する事を私は知っている。
現時点ではまだ見たことも体験したこともないが、出来ればそれは死ぬまで未体験でいたい。
そう考えるから、私は小説の登場人物達と接点を持つ事が怖かった。
私が転生した先は主役でも準主役でもない。脇役ですらない。
小説の中で時々出て来る、町中佐保、という女性が今の私だ。
準主役の住む自宅兼事務所のマンションの同じ階に住む隣人という役どころ。
わかりやすく言うとモブ。小説の成り行きに関わる事もなく、死亡フラグもないのが救いだ。サスペンスドラマなら「ああ、隣の人なら先週引っ越しましたよ?」と一言刑事に言うポジションになる。
私はこのマンションに引っ越ししてきてまだ一週間という事もあり、幸いにも彼らとはまだ一度も顔を合わせていない。
小説の中では、隣人の事務所に出入りする主人公たちとたまにエレベーターで乗り合わせたりする程度なので、乗る前に周りに人がいないかどうか確認して乗れば、接点は作らずにいけるのではないか。そう考えていた。
けれど、床に落ちているカードキーを見て、私は最初のフラグを思い出したのだ。
そうだった。
一番最初の出会いは、このカードキーを私が拾い、管理人に届ける事によって隣人達との最初の交流が始まるのだ。
管理人から、カードキーを拾って届けたのが隣人の私だと知ると、律儀にも隣室の準主役が菓子折り持って挨拶に来るのだ。
それが顔見知りになる第一歩だった。
それを避けるなら管理人に届けなければいい。
つまり拾わない。見なかった事にするのだ。
(だけど……カードキーが無いと後で困るよね?)
カードキーを見つめて悩んでいたら、どうやら数分経過していたようだった。
「どうした、佐保」
そう言った兄の篤がこちらに向かって来る足音がした。
メールボックスに郵便物を取りに行った私がいつまでたってもエレベーターまで来ないから、しびれを切らして迎えに来たのだろう。
「なんでもない」
私は慌ててカードキーを隣室のメールボックスにつっこんだ。受け取りエリアからでも郵便物が入れられる仕組みになっているのだ。
これで私も隣人の準主役も困らない。
よし、これで最初のフラグは折った。
私は小さく息を吐いた。
どうやら突然現れたフラグに緊張していたらしい。
一度深呼吸し、何もなかったように兄の元へ歩いて行く。
けれど、これが間違った選択だったと気がついたのは後々の事だったーーー。
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