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二章 恋愛編
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しおりを挟む私は今、協会があるという建物の中にいた。
協会とは術者の協会の事で、私を監視している協会の事だ。
この世で一番お近づきになりたくなかった協会だというのになぜか今、そのど真ん中に私はいる。
協会の建物はお屋敷風の立派な建物だった。けれど内部は人が住むような造りではなく、例えていうなら古くからある私立校の敷地の端にある資料館、みたいな造りになっていた。
扉のついた部屋が沢山あり、廊下が真っ直ぐで長い。その廊下にはマットがひかれているけれど、多分その下は木製の木の床なのだろう。歩くたびにギシギシと軋む音がした。
ここは私が生まれるよりもずっと前、たぶん戦後すぐくらいに建てられたのだろう。術者という人たちは、ある日突然現れたのではなく、彼らは確かに昔から存在しているのだという歴史を感じた。
私をここへ連れてきたのは、七緒さんだった。
まさか私の両親への挨拶の帰りに「ちょっと寄るところがある」という軽いノリで協会に連れて来られるとは思ってもいなかった。
ここが悪の本拠地か───とビクビクしながら足を踏み入れる私を、七緒さんは笑って見ていた。この仕打ち一生忘れない。
……とはいえ、私の監視を命じたのは協会であるものの、私を襲ったのは協会ではないらしい。
協会に言われて私に接触してきたのは七緒さんだけだと言うし、つまり現状では協会そのものは私の敵ではないのだ。
(なら、私を狙った人はどこにいるんだろう。……ひょっとして今もどこかで私を狙ってるとか?)
ファンタジー的能力が私に備わっていたら、今この瞬間にも殺気を感じたり視線を感じたりするのかもしれないけれど、そんな能力が無い私にはさっぱりだ。
私を狙った人物についてはいまだ調査中だ。けれど何処までも追いかけそうな性格の七緒さんと、妹以外には容赦のない篤が調査と追跡の手を緩めるはずもない。確実に犯人(?)は見つけられる気がする。
そうして、思わず心の中で合掌した時───
「ちょっとそこの人! 悪いんだけどね、そこのドア開けてくれない? そこの資料室なんだけど~」
背後からの声に振り向くと、何冊も積まれたファイルを抱えた男性がいた。
ワイシャツにスーツ、という会社員みたいな格好だ。ファイルに隠れて顔は見えないけど、キツめに巻いたパーマのような鳥の巣みたいな髪が見える。
「え……? あ、は、はい、どうぞ」
確かに私が立つ場所から一番近いドアには『資料室』というプレートが貼ってある。私はドアを開けて彼の通路を確保した。
ちなみに私がこうして一人で廊下にいるのは、トイレに向かっている途中で迷子になってしまってウロウロしているわけでは、けしてない。ほんの少し迷っているだけだ。
「ありがとう助かったーっ、ファイル持ちすぎちゃってさあ……んん? 君、だれ?」
ファイルを部屋の中の机に置いて振り返ったその人は、私を見るとそう言った。それはこちらのセリフでもある。
「あ、もしかして芹沢さんとこの人かな? 今日来るって言ってたし」
「ええ、あ……はい。そうです。あの、夫がいつもお世話になっております。佐保と申します」
夫、という言葉に一瞬彼はキョトンとした。そしてすぐに、ああ、うんそう? みたいにスルーされた。
反応が薄い───妻としての挨拶はまだ言い慣れてないので、挨拶のどこかが変だったのかもしれない。
声が小さかったかな、とか、ひょっとして自分の名前まで名乗らなくても良かったかもと心の中で反省する。妻の挨拶って難しい。
「今日来るって聞いてたから、芹沢さんに渡す書類用意してたんだよね。丁度良かったよ」
こっちついてきてね、と彼は私に背を向けて返事も聞かずに歩き出した。
反射的に私はその背を追う。……なぜ私が書類を? と思わないわけではないけど、口を挟むスキが無い。
「それでいつから? 君、新顔さんだよね」
「え?」
「だからさ、芹沢さんとこに入ったのっていつなの? 最近だよね」
ふと気づく。
彼が言った『芹沢さんとこの人』とは、芹沢七緒の妻を指すのではなく、秘書の人とかその下で働く人たちの事を指していたのだろうか?
私は夫が云々と挨拶したけれど、芹沢家に夫婦で仕えてる人たちがいないとも限らない。前世の青娥の本家屋敷に仕えていた夫婦の使用人は何組かいたし。
だから先程の私の挨拶への彼の反応の薄さは、芹沢家に支えてる使用人の夫婦の片割れが挨拶した、くらいにしか考えていないのではないだろうか。
それに彼は七緒さんが結婚したのを知らない可能性もある。
だいたい、お付き合いなんて無いに等しいスピード結婚だった。当事者の私がいつ婚姻届を出すのか知らなかったくらいの猛スピード結婚だ。
彼がゴシップ大好きな人だったら根掘り葉掘り色々聞かれても困るし、私から墓穴を掘るような事はしない方がいいのかもしれない───だから今は、私は彼の勘違いに乗る事にした。
「入ったのは今月です」
入籍は今月なので間違いではない。
「へえ、君もそうなんだ」
「君も?」
「ほら最近も新しい子入ったでしょ。術者だけど芹沢家のカラーじゃない感じで、派手な顔で背の高い、なんだっけ……ナカガワ? ナカノ?ナカタ?
なんか女の子にモテそうな、遊んでそうな派手な感じの子。わかる?」
派手な顔。
女の子にモテそう。
遊んでそう。
そんな人に、確かに心当たりはある。
まだ会ったことはないけれど、七緒さんの周りにいる人間でそのキーワードがあてはまるのは、きっと彼だ。
「……中村君……?」
私の言葉に、彼はパチンと指を鳴らした。
「そうそう中村だ!
彼は近年稀に見る逸材じゃないかな。ほんと芹沢さんは、ああいうのをどこからスカウトして来るんだろうね。君、知ってる?」
───いた。
中村君が、いた。
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