上 下
78 / 145
二章 恋愛編

78

しおりを挟む


 それは実際のところ、八重以外の青娥の人間はすべて知っている事実だった。

 青娥では家長に兄弟がいる場合に後々のちのち家督争いで揉める可能性を考慮し、家長となる人間の兄弟は小さいうちに養子に出されるのが慣例で、それは珍しい話ではない。

 だが『なりそこない』である八重に、それをわざわざ教える親戚の人間はいなかった。
 家長ハルミの弟が自分の弟だと知れば、『なりそこない』のくせに態度が大きくなる可能性を親戚連中は不快に思ったのだろう。親戚連中の選民思想が根強いせいで、余計な事を八重に伝えない事だけは、道雄にとっては都合が良かった。
 いずれ知られる事であっても、道雄は自分の意思とは関係ないところで八重に知られたくはなかったからだ。


「あれは消滅したがっているんだよ。だから八重には何もしないはずだ」
「消滅?」
「霊的なものに死という概念はおかしいけれど、自殺志願というのかな。彼らみたいなモノは肉体を持たないせいで終わりがないから。
 まあ、僕みたいな呪術師でなければ気づかないだろうね。封印していた頃からあれは全力で死にたがっていたから───長い年月、強い力をコントロールする事は楽じゃない」
「だから封印を解いてわけ?」
「え、僕ってそんなに親切そうに見える?」
「いいやまったく。そんな話、今初めてしてる時点であんたホントに後先あとさき考えずにテキトーにやってんなって思ったくらいだよ。第一本当になら、なんで消してやんねーんだよ」
「それなんだけどさ、あれに自分を殺す相手くらい自分で選びたいって言われたんだ。結構ひどいと思わない?」
「あいつ意外と賢いな」
「……素直な弟で嬉しいよ。まあだから、八重はあれにとっては存在なんだろう。僕や歴代の家長たちですら手に余って封印し続けたあれを、八重は近づくだけでエネルギーを消耗させ続けるんだ。そうして、あれは少しづつゆく……羨ましいね」

 晴海が言う『羨ましい』が、単純に八重の能力が羨ましいのか、それとも八重によって消滅を選ぶ事が出来るのが羨ましいのか、どちらなのかは道雄には分からない。だが言葉の意味は、限りなく後者のような気がした。

 道雄は庭で犬となったものと遊ぶ八重を目で追った。

 擬態する能力は相当な力が無くては出来ない。そして八重のそばで犬に擬態し続けるには今も相当の霊力が消費されているはずだ。晴海の言うとおり、目的が緩やかな自殺ならば八重自身は安全なのかもしれない。

 だが心穏やかではいられない。
 何よりも、八重が心を許す存在が、はしゃぐ相手が、自分以外にという事が道雄をイラつかせるのだ。

「……姉貴に絶対危害を加えないって確証は無いだろ」
「道雄は心配症だね。まあ封印を破った僕にも責任はあるから、なんとかするよ」


 そう言うと晴海は指を鳴らす。

 すると道雄と晴海の目の前に、やたらと装飾のついた白い蛇のようなものと、フワフワ具合が半端ではない黒い兎のようなものと、炎のような色と逆毛の赤毛の犬のようなものが現れた。

 道雄と晴海の目線の高さに浮いたそれらは、機能性より美しさが特化した芸術品のようだった。まるで見てくれと言わんばかりだ。そしてその姿に、道雄は既視感を覚えた。


 どこかで見た事がある。
 どこかで───最近、この部屋で。


 道雄は次の瞬間にはハッとして、部屋の額縁に入れられ壁にかかっているはずの絵を見た。


 ───いない。
 絵の中に描かれていた動物が、いない。


「これって新しい手品か何か?」
「手品なんて僕は出来ないよ。だいたい、ただの絵を裏から叩いたところで、さすがの僕にだって出せない」
「じゃあ目の前にいるこいつらは? 間違いなくさっきまで絵だったやつだろ。つーか、……動いてるし……生きてるし……?」

 それらは動いていた。
 またたきをしていた。
 絵の中にいたものが絵の中にいないだけではなく、目の前で生きている。
 それはたとえば、小学校の音楽室の壁に貼られた芸術家の絵画の目が動くだとかの学校の七不思議があるが、それとこれはまるでワケが違う。


「僕は彼らをこちらの世界に引き出しただけ。最初から彼らはいたんだよ。生きていれば引き出すのは簡単だ。
 そういえば昔、生きてる幽霊画の除霊した時は絵から幽霊を引き出したっけ……仕組みは少し似てる」

 幽霊画の除霊。
 その話は道雄も聞いた事があった。

 何百年も昔───戦国時代より後の世、元は敵方の家に嫁入りする事になった娘が、嫁入り道具として持ち込んだ絵があった。それがくだんの幽霊画だったという。
 どうやってその絵を手に入れたのか知らないが、その時点で絵の中の幽霊は生きており、娘の一族ではすでに呪われている絵と呼ばれていた。普段は倉に隔離されていたという。
 だから絵を持っていくのは目的あってのこと、すなわち敵方の一族を呪い殺すためだ。娘は絵を婚家に隠して持ち込んだ。そして一カ月もしないうちにその家に住む人間はその娘もろとも亡くなったという。
 そしてその絵は、結局そういったいわく付の絵として、そういったものを好む収集家の家の倉に長い時間眠る事となり、結局は晴海に除霊される事となるわけだが───自分も共に呪われて死んだその娘の気持ちなど、道雄にはわからない。命令されてしかたなくだったのかもしれないし、家の為には当たり前だと思って行動したのかもしれない。そういう時代だったのかもしれない。

 けれどすべてを呪い殺す絵、という武器がなのではない。それはあくまでも、そういう機能がついているだけなのだ。扱う人の心次第でしかない。
 

「お前たち、僕の言葉はわかるね。
 お前たちの仕事は八重とその身の回りのだ。何かあればすぐに僕に報告をするように。
 期限は八重が死ぬまでだ。そうしたら自由にしてあげよう」

 三匹は頷くと、姿を消した。

 誰かを守る為の手段は様々ある。けしてひとつだけではない。自分を犠牲にする事も出来るし、晴海のように自分の力を行使して守る事も出来る。


 けれど彼らの存在は八重には見えない。彼らと晴海が、彼女を守るためにしている事など知りもしない。
 そう、きっと一生気付きもしないのだ。


 一生。
 ───八重が死ぬまで。


 まるでその言葉は、晴海が自分の一生を八重に捧げているように思えた。
 けれど道雄は、まさか、という気持ちをすぐに打ち消す。八重にとっての家族である晴海の気持ちは、おそらく八重にとっては負担でしかないと思ったからだ。

「……あいつらも呪いの絵とかそういう系?」
「まさか、呪いの絵を八重の部屋になんかに置かないよ。客間にはあるけどね。
 実はこれは青娥の人間が描いた絵なんだ。だから生が宿るというわけ。これ以上の説得力ある理由はないだろう?」
「……客間がなんだって?」
「僕、なにか言ったっけ」
「言った。客間に呪いの絵を置いてるって。なんでそんな危険なモノを、そんなところに置いておくわけ!」








 その時は呆れながら道雄は晴海に説教したのだった。





 だから───今の今まで、三国は本当に忘れていたのだ。






 彼らの姿を見たのは一度きりだったし、彼らの術者名を聞いてピンと来るほど気にもしていなかった。


 あの時は、犬に擬態した化け物にしか意識が行ってなかった。いや、そのあとすぐに客間に置かれた呪いの絵トラップを片付けていたので、彼らの事など思い出す暇もなかった。
 


 白い蛇。
 黒い兎。
 赤い犬。



 頭痛がする。
 どこかで聞いた名と重なる。


白蛇しろへび
黒兎くろうさぎ
赤狗あかいぬ


 つい先日、芹沢と三国を激怒させて三国の部下になった三人組だ。そのうちの一人『白蛇』はまさに今、三国を乗せている車を運転している。

 冷静に考えれば八重と道雄の二人だけがこの世界にたまたま転生した、なんて事の方が都合の良い話だ。
 他の人間も転生している、という可能性をなぜ考えなかったのか。

 『赤狗』にはという器用な能力がある。
 主に遠くから見るだけのするだけの能力だが、その能力はこの世界の術者では珍しい能力らしい。通常は対象を監視するならば、自身ではなく、しきを飛ばして監視するからだ。もしかしたらそれは、前世の世界の名残りなのではないか。



「……まさか人間に転生してるなんてこと考えもしないだろ……」
「それは俺もビックリです」



 三国の小さな呟きに、運転席の『白蛇』から返事が返ってくる。三国はやっぱりとうめいた。



「おひさしぶりです、様」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

18禁の乙女ゲームの悪役令嬢~恋愛フラグより抱かれるフラグが上ってどう言うことなの?

KUMA
恋愛
※最初王子とのHAPPY ENDの予定でしたが義兄弟達との快楽ENDに変更しました。※ ある日前世の記憶があるローズマリアはここが異世界ではない姉の中毒症とも言える2次元乙女ゲームの世界だと気付く。 しかも18禁のかなり高い確率で、エッチなフラグがたつと姉から嫌って程聞かされていた。 でもローズマリアは安心していた、攻略キャラクターは皆ヒロインのマリアンヌと肉体関係になると。 ローズマリアは婚約解消しようと…だが前世のローズマリアは天然タラシ(本人知らない) 攻略キャラは婚約者の王子 宰相の息子(執事に変装) 義兄(再婚)二人の騎士 実の弟(新ルートキャラ) 姉は乙女ゲーム(18禁)そしてローズマリアはBL(18禁)が好き過ぎる腐女子の処女男の子と恋愛よりBLのエッチを見るのが好きだから。 正直あんまり覚えていない、ローズマリアは婚約者意外の攻略キャラは知らずそこまで警戒しずに接した所新ルートを発掘!(婚約の顔はかろうじて) 悪役令嬢淫乱ルートになるとは知らない…

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

処理中です...