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31. 再会
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蓮が紗世の悲鳴を聞いた少し前。
紗世と蒼太は、窓の外の少女と対峙していた。
まだ少女は何もしかけてこない。不気味であるという以外では、ただ静かに窓のすぐ向こうに立っているだけだ。
紗世は必死に記憶を探る。この少女は何だった? どんな攻撃をしてくるのだっけ?
見た目のインパクトが怖くて、病院の仲間内でも好き嫌いが分かれた攻撃だった。
「四つん這いになって、獣のように追ってくる」
紗世がぼそりと呟いた言葉に、蒼太がげげんそうな顔をした。当然だ、ワードが不穏過ぎる。
「掴まると袋に詰められる」
「さっきから何言ってんだよ、怖いな」
「怖いのよ、あの子の攻撃、精神的に怖いの」
そうだ、思い出した。
あの子はこの家に疎開してきた子供。だから家中の人間から苛められてた。
描写がひどくえげつなくて、私もあまりちゃんと見ていなかったけど。
「蒼太さん、あの子はすごく素早いので、気を付けてください。捕まったら、蒼太さんは井戸行きです」
「なにそれ」
「井戸に落とされてゲームオーバーってことです」
ちなみに朱莉は袋詰めにされて発狂する。発狂するようなシーンがあったはずだ。
この場合、袋に詰められるのは自分だろうな、と紗世は思った。
嫌だな。それだけは本当に。
「一番手っ取り早いのは、この屋敷諸共、あの子を燃やすことなんですが……私達だとできないので……」
この洋館ステージの最後のムービーは、朱莉の炎を蒼太の風が増幅し、建物が少女と共に全焼するものだ。
もちろんその前に少女のHPを削り取らなくてはいけないが、それでも炎系が効くことには変わりない。
朱雀の御守りを持っていたら、あるいは何かできたかもしれないけれど。
「感電は効かないのか? 俺とお前がいれば、広範囲に電流を流せるだろ」
「駄目です、私が技を使えないから」
蒼太が息を呑んだ。ガッと紗世の腕を掴んで自分へ引き寄せる。
「なんだって? お前、技の出し方も忘れたの? 結界も張れないのか?」
「できない。なにも」
紗世の言葉に、蒼太の体が一瞬震えた。腕を掴む力が一層強くなる。
「俺の傍から離れるな」
「駄目ですよ、私が傍に居たら動きづらいでしょう。あの子はすごく動きが速くて……」
「お前、濡れてるんだよ!」
え? と紗世は目を瞬かせる。濡れてる?
紗世は自分の体を見た。確かに、まだ濡れている。暖炉の火のおかげでだいぶ乾いたと思ったけれど、でも確かに、服と髪はまだ……。
「俺の技は風と雷だ。その状態で触れたら感電する。結界が張れないのなら、頼むから俺の射程範囲に入らないでくれ」
「でも……」
それではあの少女には、ここのボスには勝てない。
このステージは蒼太の操作方法をプレイヤーに熟知させるために存在する。
ボスである少女は小柄で、ものすごく素早い。だからこそ小回りが利き、素早い連続攻撃が出せる蒼太のポテンシャルが、一番発揮できるステージなのだ。
なのに自分がくっついていては。
けれど確かに、蒼太の言うこともよく理解できた。
濡れた状態で少しでも電気に触れれば、自分の身が危ういことは分かる。
御守りを持ってくれば良かった、と紗世は思った。
持っていればせめて、身を守ることだけは出来たのに。
窓の外の少女がゆっくりと窓枠に手をかけた。室内に入ってこようとしている。その様子はまるで四つ足の生き物のようだ。
蒼太の腕がグッと紗世を抱き込んだ。二人の体がぴったりとくっつく。
途端に周囲に、バチバチと青白い光が走った。
蒼太の結界だ、と紗世は悟った。
これで自分も動けない。
◇◆◇
バチン、バチンと、少女が何度も雷の結界に当たっては跳ね返される。
跳ね返されるたび、少女の髪や肌が焦げていく。けれどそんなことは気にも留めないように、少女はこちらへ突っ込んでくる。
蒼太は、最初は跳ね返した直後に攻撃を行っていたが、やがて防戦一方になった。
少女の勢いが変わらないため、結界を維持する方に能力を全振りしているのだ。
でもきっと、いずれは霊力が枯渇してしまう。見た目はただの少女の化け物だが、あれはこのステージのボスだ。おそらく一撃一撃がかなり重い。
防戦一方のボス戦なんて、負け戦もいいところだ。
「紗世」
蒼太が、荒い息をしながら紗世の名を呼んだ。きっと、もう限界が近い。
「このままじゃ押し切られる。一旦結界を解除するから、お前は逃げてくれ。俺がここで食い止めるから」
「でも」
「足手まといだから、どっか行っててくれ。できれば屋敷から出て、離れて」
紗世は嫌な予感がして、蒼太を見上げた。
先ほど自分が言った言葉を思い出す。
『一番手っ取り早いのは、この屋敷諸共、あの子を燃やすことなんですが』
「死ぬつもりじゃないよね?」
「そんな気はないよ。お前は忘れちゃってるみたいだけど、俺は秀悟と同じくらいには強いんだぜ」
蒼太は微笑むと、少女を跳ね返した瞬間に結界を解除した。
そのまま、紗世の腕を掴んで走り、応接間の扉から廊下へ、紗世を突き飛ばした。
紗世はよろめき、廊下の壁に背を打ち付ける。
「外で待ってて」
蒼太はそう言って、扉を閉めた。
途端に部屋の中から、荒れ狂うような風の音が聴こえる。
紗世は一瞬迷った。でも自分がここにいても何も出来ない。震える足で、廊下を走り、玄関ホールへ向かった。
ドアに手をかける。
「姉さん!」
「えっ!?」
紗世は振り返った。玄関ホールには2階へ続く階段がある。その階段から、蓮が駆け下りてきた。
ああ、と紗世は安心する。蓮も同じように安堵の表情を浮かべ、紗世の腕を掴んだ。相変わらず冷たい手だ。
「良かった、姉さんが無事で」
「蓮! 良かった蓮、ねえ、大変なの。蒼太さんが、いま向こうで――」
そこまで言い、ふと紗世は違和感を感じて黙る。
「蓮、夏樹さんは?」
「え? ああ、夏樹さんなら、別の所にいるよ」
夏樹さん?
蓮は夏樹をそんな風に呼んでいただろうか。あいつとかあの人とか、そんな風に言っていなかった?
「別の所ってどこ?」
「外だよ」
掴まれた腕に痛みを感じた。痛い。
でもいつものような、刺すような冷たい痛みじゃない。ただ単に、ひどく強い力で掴まれているだけだ。死人のように冷たい手で。
「あの、蓮、ちょっと、離して……」
「どうして?」
「痛い、から」
「ああ、ごめんね」
あっさりと、蓮は手を離した。
紗世はほっとして、掴まれていたところを見る。
そこにはべっとりと血がついていた。
蓮を見る。
目がない。
紗世は、ひっ、と身をすくませ、思わず身を引いた。
同時に、落ち窪み空洞になった蓮の目から、ネズミのような何かが飛び出してくる。
それが自分に触れた途端、紗世の意識は黒く塗りつぶされ、視界がぐらりと揺れた。
紗世と蒼太は、窓の外の少女と対峙していた。
まだ少女は何もしかけてこない。不気味であるという以外では、ただ静かに窓のすぐ向こうに立っているだけだ。
紗世は必死に記憶を探る。この少女は何だった? どんな攻撃をしてくるのだっけ?
見た目のインパクトが怖くて、病院の仲間内でも好き嫌いが分かれた攻撃だった。
「四つん這いになって、獣のように追ってくる」
紗世がぼそりと呟いた言葉に、蒼太がげげんそうな顔をした。当然だ、ワードが不穏過ぎる。
「掴まると袋に詰められる」
「さっきから何言ってんだよ、怖いな」
「怖いのよ、あの子の攻撃、精神的に怖いの」
そうだ、思い出した。
あの子はこの家に疎開してきた子供。だから家中の人間から苛められてた。
描写がひどくえげつなくて、私もあまりちゃんと見ていなかったけど。
「蒼太さん、あの子はすごく素早いので、気を付けてください。捕まったら、蒼太さんは井戸行きです」
「なにそれ」
「井戸に落とされてゲームオーバーってことです」
ちなみに朱莉は袋詰めにされて発狂する。発狂するようなシーンがあったはずだ。
この場合、袋に詰められるのは自分だろうな、と紗世は思った。
嫌だな。それだけは本当に。
「一番手っ取り早いのは、この屋敷諸共、あの子を燃やすことなんですが……私達だとできないので……」
この洋館ステージの最後のムービーは、朱莉の炎を蒼太の風が増幅し、建物が少女と共に全焼するものだ。
もちろんその前に少女のHPを削り取らなくてはいけないが、それでも炎系が効くことには変わりない。
朱雀の御守りを持っていたら、あるいは何かできたかもしれないけれど。
「感電は効かないのか? 俺とお前がいれば、広範囲に電流を流せるだろ」
「駄目です、私が技を使えないから」
蒼太が息を呑んだ。ガッと紗世の腕を掴んで自分へ引き寄せる。
「なんだって? お前、技の出し方も忘れたの? 結界も張れないのか?」
「できない。なにも」
紗世の言葉に、蒼太の体が一瞬震えた。腕を掴む力が一層強くなる。
「俺の傍から離れるな」
「駄目ですよ、私が傍に居たら動きづらいでしょう。あの子はすごく動きが速くて……」
「お前、濡れてるんだよ!」
え? と紗世は目を瞬かせる。濡れてる?
紗世は自分の体を見た。確かに、まだ濡れている。暖炉の火のおかげでだいぶ乾いたと思ったけれど、でも確かに、服と髪はまだ……。
「俺の技は風と雷だ。その状態で触れたら感電する。結界が張れないのなら、頼むから俺の射程範囲に入らないでくれ」
「でも……」
それではあの少女には、ここのボスには勝てない。
このステージは蒼太の操作方法をプレイヤーに熟知させるために存在する。
ボスである少女は小柄で、ものすごく素早い。だからこそ小回りが利き、素早い連続攻撃が出せる蒼太のポテンシャルが、一番発揮できるステージなのだ。
なのに自分がくっついていては。
けれど確かに、蒼太の言うこともよく理解できた。
濡れた状態で少しでも電気に触れれば、自分の身が危ういことは分かる。
御守りを持ってくれば良かった、と紗世は思った。
持っていればせめて、身を守ることだけは出来たのに。
窓の外の少女がゆっくりと窓枠に手をかけた。室内に入ってこようとしている。その様子はまるで四つ足の生き物のようだ。
蒼太の腕がグッと紗世を抱き込んだ。二人の体がぴったりとくっつく。
途端に周囲に、バチバチと青白い光が走った。
蒼太の結界だ、と紗世は悟った。
これで自分も動けない。
◇◆◇
バチン、バチンと、少女が何度も雷の結界に当たっては跳ね返される。
跳ね返されるたび、少女の髪や肌が焦げていく。けれどそんなことは気にも留めないように、少女はこちらへ突っ込んでくる。
蒼太は、最初は跳ね返した直後に攻撃を行っていたが、やがて防戦一方になった。
少女の勢いが変わらないため、結界を維持する方に能力を全振りしているのだ。
でもきっと、いずれは霊力が枯渇してしまう。見た目はただの少女の化け物だが、あれはこのステージのボスだ。おそらく一撃一撃がかなり重い。
防戦一方のボス戦なんて、負け戦もいいところだ。
「紗世」
蒼太が、荒い息をしながら紗世の名を呼んだ。きっと、もう限界が近い。
「このままじゃ押し切られる。一旦結界を解除するから、お前は逃げてくれ。俺がここで食い止めるから」
「でも」
「足手まといだから、どっか行っててくれ。できれば屋敷から出て、離れて」
紗世は嫌な予感がして、蒼太を見上げた。
先ほど自分が言った言葉を思い出す。
『一番手っ取り早いのは、この屋敷諸共、あの子を燃やすことなんですが』
「死ぬつもりじゃないよね?」
「そんな気はないよ。お前は忘れちゃってるみたいだけど、俺は秀悟と同じくらいには強いんだぜ」
蒼太は微笑むと、少女を跳ね返した瞬間に結界を解除した。
そのまま、紗世の腕を掴んで走り、応接間の扉から廊下へ、紗世を突き飛ばした。
紗世はよろめき、廊下の壁に背を打ち付ける。
「外で待ってて」
蒼太はそう言って、扉を閉めた。
途端に部屋の中から、荒れ狂うような風の音が聴こえる。
紗世は一瞬迷った。でも自分がここにいても何も出来ない。震える足で、廊下を走り、玄関ホールへ向かった。
ドアに手をかける。
「姉さん!」
「えっ!?」
紗世は振り返った。玄関ホールには2階へ続く階段がある。その階段から、蓮が駆け下りてきた。
ああ、と紗世は安心する。蓮も同じように安堵の表情を浮かべ、紗世の腕を掴んだ。相変わらず冷たい手だ。
「良かった、姉さんが無事で」
「蓮! 良かった蓮、ねえ、大変なの。蒼太さんが、いま向こうで――」
そこまで言い、ふと紗世は違和感を感じて黙る。
「蓮、夏樹さんは?」
「え? ああ、夏樹さんなら、別の所にいるよ」
夏樹さん?
蓮は夏樹をそんな風に呼んでいただろうか。あいつとかあの人とか、そんな風に言っていなかった?
「別の所ってどこ?」
「外だよ」
掴まれた腕に痛みを感じた。痛い。
でもいつものような、刺すような冷たい痛みじゃない。ただ単に、ひどく強い力で掴まれているだけだ。死人のように冷たい手で。
「あの、蓮、ちょっと、離して……」
「どうして?」
「痛い、から」
「ああ、ごめんね」
あっさりと、蓮は手を離した。
紗世はほっとして、掴まれていたところを見る。
そこにはべっとりと血がついていた。
蓮を見る。
目がない。
紗世は、ひっ、と身をすくませ、思わず身を引いた。
同時に、落ち窪み空洞になった蓮の目から、ネズミのような何かが飛び出してくる。
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