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21. 蓮の疑問

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 タンク?

 紗世が戸惑いながら見上げると、蓮は視線をフイと逸らして紗世の手からシャツを取った。

「着替えるから、姉さん先に行ってて」
「え? でも」
「大丈夫だよ、廊下で友達が待ってるから」
「え?」

 蓮はドアを開け、紗世の腕を掴んで部屋の外へ押した。それはなかなか強い力で、紗世はよろめきながらも簡単に部屋の外へ出されてしまった。
 そして鼻先でバタンとドアを閉められてしまう。
 ム! と紗世が部屋へ戻ろうとドアへ手を伸ばしたところで、背後から声がかかった。

「大丈夫?」

 振り向くと、夏樹が廊下の端からこちらを見ていた。
 あぁ、蓮の言った友達ってこの人のことか、と紗世は思う。まだ何か誤解がある気がする。あまりよくない誤解が。

「すみません。待っててくれたんですか?」
「うん、まぁ……。なんだかすごく異様な気配だったから、部屋の外からでも分かるくらい」
「冷気のような?」
「いや、そういうのじゃなくて、もっとこう、妙な……邪悪? な感じ」

 邪悪。
 思いがけない言葉に、紗世はフッと笑った。そう、確かにここはホラーゲームの世界なのだから、邪悪な存在がいてもおかしくはない。
 それはたいていこの世に恨みつらみがあって死んでいった怨霊やら幽閉された生霊やら、そんな類のものだけれど。

 あるいは、そう、なにやらすごい力に飲み込まれて我を失っているとかね。

 紗世はチラと夏樹を見上げた。
 この人がまさにそのパターン。朱莉編のラスボスだもの。

 紗世の視線に気づき、夏樹が「なに?」と首をかしげる。紗世は笑って手を振り、階段を下りて応接間へ向かった。
 今は生き残れているけど、私もこの人も危険なんだわ。
 ゲーム本編開始の8月10日まで、まだ一週間以上ある。自分や夏樹が8月の何日に死んだのか分からない以上、ゲームの強制力がどう動くか分からない。
 あ、そうだ。
 紗世は夏樹に朱雀の御守りを見せた。夏樹はまた首をかしげる。

「これ、朱雀の御守りっていうんです。夏樹さんなら使えると思うんですが」
「使う?」
「技が出せるんですよ、炎舞の壁っていう防御技を」
「それなら紗世さんが持っていた方がいいんじゃないの?」
「いや、私は属性が違うので……夏樹さんの方がうまく使えるはずなんです」

 そうなの、と夏樹は御守りを受け取った。そしてじっと見つめる。
 紗世は御守りの加護が揺らめいたのを感じた。本来の持ち主に戻って甘えているような、そんな気配を。

「持っててください、役に立つかもしれないから」

 紗世の言葉に、夏樹は頷いた。
 本音を言えば、役に立つかは分からない。御守りの力など無くても、夏樹は防御壁を発動出来ているように感じるから。
 でも、朱雀系のアイテムなら、夏樹が持っていた方がいいだろう。蓮にもそう約束したし。

(そもそも、技が使えるようになる御守りって、どういう原理なのかしらね。ゲームには、よくあるけど)

 玄武の御守りのようなものもあるのだろうか? 蓮は特にアイテムがなくとも技を発動しているようだが。
 でも私だって、本来なら息をするように技が使えるのかもしれないのに、と紗世思った。
 何か、序盤の技でもいいから使えれば、ずいぶんと気持ちも軽くなるのに。ままならないものね。

 応接間に入ると、新島がいた。買ってきたであろう朝ご飯を並べている。
 紗世と夏樹を見て、新島はあれ? という顔をした。

「紗世さんおはよう、蓮は?」
「いま着替えてます。あとから来ますよ」
「離れるなんて珍しいな」

 そうだろうか? そうかもしれない。

 紗世はふと不安になり足を止めた。
 不穏な空気のまま離れた二人は、目を離した隙にどちらかが消えてしまう。
 それはホラーゲームの鉄則だ。不穏な空気の二人や、あるいは何かヒントを出そうとしたキャラが消えてしまうというのは。

「蓮!」

 紗世は思わず廊下へ出て、2階に向かって声を上げた。


◇◆◇


 蓮は部屋の中央に立っていた。
 意識を集中して、部屋中に氷の壁を走らせる。そして注意深く、自分の内部のエネルギー残量を計測する。

 減っていく。

 そりゃそうだよな、と蓮は頷く。氷の壁を持続させ続けるには微力とはいえ霊力を消耗していく。だから減るのが普通だ。
 でもさっきは減らなかった。紗世の腕を掴んでいた間は。
 何故だ? 蓮は自分の掌を見つめながら考える。
 あの人の霊力を盗っていたのか?

 蓮は無意識に胸の刺青に触れた。これを彫った日のことを覚えている。
 秀悟と紗世の霊力が空になったとき、自分の分を送れるようにと、そう言われた。
 ここから流れていくのだと。

 蓮は生まれた時からずっと、兄と姉に何かがあった際のスペアとして生きてきた。だから、予備エネルギー扱いされたことは何とも思わなかった。
 当然のことだと思っていた。
 ただ、それまで比較的仲良くしてくれた姉が、刺青を彫った日から、触れることを許してくれなくなった。
 避けられているようで、それだけが淋しかった。

 とはいえ姉は誰に対しても冷たかったので、自分もそこまで気にしたことが無かったけれど。
 でも、もしかすると。
 蓮はもう一度意識を集中して、自分の内部を探る。エネルギーは減り続けている。

(一方通行じゃなかったのか?)

 自分が兄と姉に霊力を渡せたように、彼らも自分に渡すことが可能なのか?
 だから姉は自分に触れられることを拒んだのだろうか。

 あの人はいつも、村の結界を維持するために、大量の霊力を貯めこまなくてはいけなかった。
 それが紗世の役目で、あの村で生きる術だったから。

 ほんの二日前、紗世は死を覚悟していた。蓮が何を言っても聞き入れてはくれなかった。どんなに逃げようと懇願しても。
 だから僕は、あの時、何もかも本当に、嫌になっていて。それで。
 どうにかして、姉さんが生きることを選んではくれないかと、そればかり考えてた。
 儀式の成功なんて、ちっとも望んではいなかった。

 だからこの状況は。
 いまの自分には。

 ハッと蓮は顔を上げた。階下で紗世が呼んでいる。
 蓮は氷の壁を解いた。ドアを開けて階段まで行き、階下を見る。紗世がこちらを見ていた。
 紗世はホッとしたように微笑んで、手を伸ばしてくる。

「蓮、きて」

 その言葉に、蓮は吸い込まれるように階段を下りた。
 紗世が自分を呼んでいる。そのことを嬉しいと思う。

 昨日、姉は間違った人間が依り代だったせいで、儀式が失敗したと言っていたけれど。
 本当にそうだろうか。
 少なくともあの時、自分は儀式の成功なんて、これっぽっちも望んでいなかった。
 逃げることばかり考えてた。姉を生かすことばかり考えてた。

 兄さんだって同じだったんじゃないかな。

「どうしたの、姉さん」
「どうもしないけど、遅いから。ちょっと怖くなったの」
「何が?」
「蓮がどこかに行っちゃったんじゃないかと思って」

 何言ってんだ。僕は姉さんを置いて行きゃしないよ。

 蓮は笑って、姉について応接間へ入った。
 新島と夏樹が、おはようと声をかけてくる。それに返事をしながら、蓮は紗世をじっと見た。
 紗世はニコニコしながら、昨日と同じようにフルーツサンドを手に取っている。

 キウイが嫌いなはずなのに。

 蓮の知っている紗世は、フルーツサンドなんて食べなかった。甘いものを好む人じゃなかった。
 記憶がなくなると、好みも変わるものなんだろうか?
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