上 下
14 / 43

14. 触れ合った場所から

しおりを挟む
 蓮は息を呑んで、目の前に出現した炎の壁に見惚れた。炎は生きているようにうねり、鎧武者の腕に絡みつく。
 鎧武者の腕から、ジューと白い煙が上がった。蓮が動きを止めるために叩き込んだ氷が、急速に溶けて沸騰していく。刀がカランと床に落ちた。

「姉さん、すごい、どうやって……」

 ケホ、と紗世が咳き込んだ。小さく呻く。蓮はハッと振り返った。
 紗世は片手で胸を押さえ、肩で息をしていた。青白い顔で、鎧武者を睨み続ける。

「離れないで。射程範囲がよく分からないの」

 そう言って、紗世は必死に蓮を抱き寄せた。炎の無い範囲は自分一人分ほどしかない。気を抜いたら蓮も巻き込んでしまいそうで怖かった。
 それにしても消耗がひどい。霊力がガンガンに減っていくのが、紗世にも分かった。きっとゲーム画面上に表示されている霊力ゲージがみるみるうちに減っているんだろう。
 ゼロになったら、もう技は発動できない。
 頭が痛い。
 やっぱり無茶だったかも、と紗世は思った。自分は玄武の人間なのだから、朱雀の技を使うのはルール違反なのかもしれない。序盤で使う技だからそこまで苦労しないと思ったのだが――。
 ぐらり、と視界が揺れる。気絶するわけにはいかない。発動した技が消えてしまう。
 紗世は歯を食いしばった。鎧武者が動き始める。兜が宙に浮いた。兜に浮かぶ赤い目が、紗世を見る。

 怖い。

 その瞬間、蓮が紗世の傍から離れた。そして鎧武者の落とした刀を掴む。紗世を庇うようにさらに前へ出た。蓮の体が炎に巻かれ、紗世は悲鳴を上げる。
 蓮の周囲から白い煙が上がった。水の蒸発する音。自分の周りに氷をまとわせて、ギリギリのところで炎が触れるのを抑えている。
 兜が助走をつけるかのように周囲を飛び、そして紗世目がけて突っ込んできた。鎧武者の体も、同じように蓮を掴もうとする。
 紗世は思わず、目を閉じた。その時、

「蛇天斬!」

 蓮の叫びと共に、大きな塊がぶつかる、おそろしく重い音がした。
 続いて木の折れる音、竜巻のような猛吹雪の音。目を閉じていても感じる強い光。刺すような凍気。
 吹雪の強さに、発動していた炎舞の壁が強制的に解除されるのを、紗世は感じた。
 強い力。

 音がやみ、光が収まってから、紗世は目を開いた。
 鎧武者は、もういなかった。黒い霧が、かすかに漂うだけ。
 室内はめちゃくちゃだった。家具は吹っ飛んで粉々になり、壁や柱は傷だらけになっている。

「で、きた……」

 蓮は力なく呟き、刀を取り落としてその場に膝をついた。荒い息を吐き、畳に手をつく。
 肩を大きく上下させて、蓮は耳障りな呼吸をした。そのまま床に倒れこみそうになるのを、紗世は急いで支える。

「蓮、大丈夫?」
「ごめん、ちょっと……待って、きつい」
「大丈夫だよ、少し休もう」

 紗世はそう言って、蓮を抱きしめポンポンと背中を叩いた。
 さっきの自分の比じゃない、たぶん蓮は本当に、比喩的な意味ではなく本当に、霊力ゲージが空になっているのだろう。

(どうしよう……)

 蓮の背中を撫でながら、紗世は心細さに唇を噛んだ。
 休んだところで、霊力ゲージは回復しないことを知っているからだ。
 ゲージが回復するのは、セーフルームだけだ。でもこの部屋にセーブポイントである置時計は無い。つまりここはセーフルームではない。
 最初の部屋へ戻って休むべきだ。あそこなら、霊力は徐々に回復していく。
 でもその場合、せっかく倒した人形や逆さ女、鎧武者も復活してしまう。セーフルームは安全地帯ではあるが、ダンジョンをリセットする効力も持っている。
 レベル上げには適したシステムだが、今は……。

「姉さん」

 蓮が、ひどくか細い声で呼んだ。体をわずかに離し、紗世と目を合わす。

 なあに?

 答える前に、蓮の唇が、紗世の唇と重なった。驚いて、紗世の肩が思わず跳ねる。

(??? キスしてるの?)

 なんで? と思う前に、紗世は、唇がじわりと熱くなるのを感じた。
 何かが流れている。自分から蓮へ。
 ああ、と紗世は理解した。

(霊力を分けてるんだわ)

 なるほど、と紗世は体の力を抜いた。霊力は譲渡が可能なんだなぁと思いながら、大人しく目をつむる。
 やがて蓮がそうっと唇を離した。気まずそうに視線を逸らして、言う。

「……ごめんなさい」
「いいよ、もっと取って大丈夫だよ」

 紗世の言葉に、蓮は複雑そうな顔をした。

「それはもっとキスしてもいいってこと?」
「いいよ。蓮が戦えないと困るもん」
「……そう、そうだね」

 蓮は自嘲するように微笑んで、紗世を抱きしめた。

「ねえ、さっきの見た? 僕、できたよ、蛇天斬」
「見たよ。すごかったね」
「初めて出せたんだ。褒めてくれる?」
「うん、偉いね蓮。おかげで助かったよ」

 紗世の言葉に、蓮は満足げにため息をついた。
 じんわりと、蓮と触れ合う部分が暖かくなる。紗世は手を伸ばして、蓮をしっかりと抱き返した。
 何かが流れて、交じり合う感覚がする。

「もしかして、キスしなくても、触っただけで霊力は分けられるの?」
「そうみたいだね」
「えー」
「ごめん。でも、僕も知らなかった。前は姉さん、触らせてくれなかったから」
「そうなの?」
「うん……」

 じわじわ。力が流れる感覚をはっきりと感じる。与えることに意識を向けると、より多く流れるような気がする。

「アンタは、僕のことなんて眼中になかったからさ……」

 役目のことばかりで。
 小さな声で囁いて、蓮はぎゅうと紗世を抱きしめる力を強くした。

「姉さん、僕はずっと……」

 蓮が何か言いかけた、その時。
 縁側の向こう、庭の方からカサリと葉を踏む音がした。

「!!」

 蓮が弾かれたように動き、紗世を背に庇う。
 庭に、一人の青年が立っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

男女比崩壊世界で逆ハーレムを

クロウ
ファンタジー
いつからか女性が中々生まれなくなり、人口は徐々に減少する。 国は女児が生まれたら報告するようにと各地に知らせを出しているが、自身の配偶者にするためにと出生を報告しない事例も少なくない。 女性の誘拐、売買、監禁は厳しく取り締まられている。 地下に監禁されていた主人公を救ったのはフロムナード王国の最精鋭部隊と呼ばれる黒龍騎士団。 線の細い男、つまり細マッチョが好まれる世界で彼らのような日々身体を鍛えてムキムキな人はモテない。 しかし転生者たる主人公にはその好みには当てはまらないようで・・・・ 更新再開。頑張って更新します。

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉ 攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。 私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。 美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~! 【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避 【2章】王国発展・vs.ヒロイン 【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。 ※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。 ※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差) ブログ https://tenseioujo.blogspot.com/ Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/ ※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

ひとまず一回ヤりましょう、公爵様3

木野 キノ子
ファンタジー
21世紀日本で、ヘドネという源氏名で娼婦業を営み、46歳で昇天…したと思ったら!! なんと中世風異世界の、借金だらけ名ばかり貴族の貴族令嬢に転生した!! 第二の人生、フィリーという名を付けられた、実年齢16歳、精神年齢還暦越えのおばはん元娼婦は、せっかくなので異世界無双…なんて面倒くさいことはいたしません。 小金持ちのイイ男捕まえて、エッチスローライフを満喫するぞ~…と思っていたら!! なぜか「救国の英雄」と呼ばれる公爵様に見初められ、求婚される…。 ハッキリ言って、イ・ヤ・だ!! なんでかって? だって嫉妬に狂った女どもが、わんさか湧いてくるんだもん!! そんな女の相手なんざ、前世だけで十分だっての。 とは言え、この公爵様…顔と体が私・フィリーの好みとドンピシャ!! 一体どうしたら、いいの~。 一人で勝手にどうでもいい悩みを抱えながらも、とりあえずヤると決意したフィリー。 独りよがりな妬み嫉みで、フィリーに噛みつこうとする人間達を、前世の経験と還暦越え故、身につけた図太さで乗り切りつつ、取り巻く人々の問題を解決していく。 しかし、解決すればまた別の問題が浮上するのが人生といふもの。 今回の敵は…一筋縄では行きそうもない…。 ひとまず一回ヤりましょう、公爵様の続編、お楽しみください。

私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!

りーさん
ファンタジー
 ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。 でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。 こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね! のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

処理中です...