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その思いはしんしんと…【2人用】
しおりを挟むとある昼下がりの喫茶店。外は雨が降っている。
店内に客はおらず、カウンターの中で黙々と食器を磨いている店長
と、暇そうにカウンター席に座っている店員の二人だけ。
旋花「…お客さん来ませんね~」
頬杖をつきながら店長に話しかける旋花。
店長「そうですね」
目線は手元のカップに向けたまま答える店長。
旋花「うちのお店って、今日みたいな雨の日は割とお客さん来てくれるんですけどね」
店長「駅がすぐ横なので、立地は良いですからね。
雨を凌ぐのに丁度いいからと来店も増えますが…生憎、今日は連休の中日です。
皆さん遠出しているのでしょうね」
旋花「あ~…そっかぁ。今連休中でしたね~」
店長「他のバイトの子達も実家に帰ったり、旅行に行ったりしているみたいですよ」
旋花「みたいですね~。店長はご実家とか帰らなくて良いんですか?」
店長「…お店を空けるわけにはいきませんからね。
旋花さんこそ、お出かけとかしなくて良かったんですか?」
旋花「あぁ、私はゲームのイベントが忙しいので!」
満面の笑みで答える旋花。
店長「旋花さん、そんな調子で大学の方は大丈夫なんですか?」
呆れつつも少し心配そうに聞く店長。
旋花「はい!もちろん大丈夫じゃないです!」
全く悪びれる様子は無く、Vサインをする旋花。
店長「…シフト減らしましょうか」
今度は完全に呆れ、カウンター奥のシフト表に目を向ける店長。
旋花「いやいやいやいや!冗談ですよ!」
店長「でも、先月レポートが間に合わない!って半泣きしてましたよね?ここのバイトが負担になるなら…」
旋花「あれは先生が悪いんですよ!レポートの作成期間は短いくせに、量はメチャクチャ多くって…それに!シフト減らされたら私の生活が…!」
カウンターから少し身を乗り出し店長に詰め寄る旋花。
店長「そのレポート、作成に取り掛かったのは締め切り直前でしたよね?」
旋花「…です」
バツが悪そうに座り直す旋花。
店長「そもそも旋花さんは実家暮らしですから、少しシフトを減らしても生活出来ない…なんて事はないでしょう?」
旋花「それは、そうなんですけど…」
下を向きモゴモゴと言う旋花。
店長「…とは言え、この連休中シフトに入ってくれたのは旋花さんだけですし、僕としてはとても助かっていますが」
旋花「ほら!やっぱり私がいないと!なんて言ったって、このお店のバイト第一号ですからね!」
明るさを取り戻し店長を見る旋花。
店長「…そう言えば、旋花さんが最初に店に来たのもこんな雨の日でしたね」
磨いた食器を棚に戻しながら懐かしそうにする店長。
旋花「え?店長私が来た時のこと覚えてるんですか?」
店長「当然覚えていますよ。あの瞬間の事は忘れられません」
旋花「そ、それって…(もしかして見惚れて、みたいな…⁉︎)」
店長「半泣きでずぶ濡れの高校生が来店…インパクトが強いです」
旋花「違ったぁ!」
店長「はい?」
突然の旋花の大きな声に少し驚きつつも、振り返る事はなく食器をしまい続ける店長。
旋花「あ、いえ!何でもないです!」
気恥ずかしそうに店長の背中から目を逸らす旋花。
店長「…席に案内してもずっと下を向いたままでしたね」
旋花「…あの時は何にも上手く行かないし、突然の雨でびしょ濡れになるし…とりあえず、目についたこのお店に逃げるように入ったんですけど…
席に座った途端あれやこれやで頭が一杯になってしまって…そしたら店長がコーヒーを出してくれたんですよね」
店長「事情は分かりませんでしたが、まずは温まるものをと思いましてね」
旋花「…店長が出してくれたコーヒー、すごく温かくて美味しくて…悩みが何処かに飛んで行ったみたいで…あの時の事は一生忘れないです…」
懐かしそうに少し目を細めながら『あの時』座ったテーブル席を見つめる旋花。すると、スッとコーヒーが差し出される。
旋花「え?」
店長に顔を向けると、優しく微笑みながらも目は合わせず自分の分のコーヒーを淹れている店長。
旋花「…」
暫く店長を見つめる旋花。
店長「どうぞ」
店長の言葉に促される様にコーヒーに目を向け、旋花も微笑む。
旋花「…頂きます」
夕方、雨はまだ降っており、店内には旋花と店長のみ。
少し早い店仕舞いをしている。
旋花「…結局今日はほとんどお客さん来ませんでしたね~」
相変わらず暇そうに、自在ほうきで床を掃除する旋花。
店長「そう言う日もあります」
カウンター奥の冷蔵庫の中を整理しながら答える店長。
すると、店の電話が鳴る。店長は作業を止め、電話に出る。
店長「はい。喫茶『雨宿り』です…
あぁ、会長さん。こんばんは…次の日曜日ですか?…ええ、大丈夫です。ご用意させて頂きます…いえいえ、こちらこそ有難うございます。では、いつものお時間にお届け致しますね…はい。ご注文有難うございました…失礼致します…」
電話を切る店長。
カウンター越しに話しかける旋花。
旋花「今のお電話って町内会長さんからですか?」
店長「ええ。町内会の集まりを次の日曜に開くそうで、いつもの軽食のご注文です」
冷蔵庫横のカレンダーに書き込みながら答える店長。
旋花「店長のサンドイッチやトーストは絶品ですからね!」
店長「大した物ではないですが、有り難いですね…」
旋花「十分大した物ですよ!あ、掃除終わりました!」
店長「有難うございます。本当に仕事は完璧ですね」
あえて『は』を強調する店長。
旋花「へ?えへへ…そんな事は、まぁ…ありますけど?」
照れながらも嬉しそうに答える旋花。
強調された『は』には気が付いていない。
店長「…少し皮肉を込めたんですが…
まぁ、良いです」
旋花「へ?」
ニヤけたまま聞き返す旋花。
店長「いえ…それじゃあ、雨が強くなる前に帰りましょうか?」
旋花「はい!荷物取ってきますね!」
元気よくバックヤードに荷物を取りに行く旋花。
その様子を微笑ましく思いながら、自身もエプロンを外し帰り支度をしていると、ふと一つのテーブル席が目に留まる。
店長「(…君は知らないでしょうけど、実はあの時、まだこの店はオープン前でした。でもとても帰らせることは出来ず…
かと言って僕に出来る事はコーヒーを淹れる事だけ。
でも君は本当に美味しそうに飲んでくれましたね。
僕にとってもあの時の事は一生…)」
旋花「お待たせしました!」
店長「!」
旋花の声に小さくビクッとし、身支度をしていた手が止まっていた事に気がつく店長。
旋花「どうかしましたか?」
店長「いえ。なんでもありません…」
手早く身支度を済ませ、鞄を手に取る店長。
旋花「?…あ!」
窓を見て何かに気がついた様に外に出る旋花。
店長「旋花さん!傘を…」
傘を差さずに外に出た旋花を追いかける様に店長も外に出る。
すると、雨は止んでいた。
旋花「雨、止んでますね!」
店長「…止んでますね」
二人、空を見ている。
旋花「本当に名前の通り最高の雨宿りが出来るお店ですよね!」
店長「…雨が止むまで少しの休憩をとってもらい、新たに進み出すお手伝いをする…それがコンセプトですからね。
だから、そう言ってもらえると嬉しいです」
旋花「…じゃあ、雨が止んだら進まなきゃダメですか?」
店長に目線を下ろす旋花。
店長「…そうですね。ここはあくまで休憩所ですからね」
空を見上げたまま答える店長。
旋花「そう…ですか…」
下を向く旋花。
店長「でも、進むタイミングも、進み方も、それは人それぞれです」
店の鍵を閉める店長。
少し顔を上げ店長に目を向ける旋花。
店長「…きっと進む方向も、ね」
振り返り旋花の目を見て答える店長。
旋花「進む方向…」
店長「それが見つかるまでは、少しくらいゆっくりしても良いと思いますよ?」
旋花「店長…」
店長「レポートさえ出せばね」
旋花「うぐっ!」
店長「さぁ、帰りましょう」
旋花「…は~い!」
二人はゆっくりと雨上がりの道を歩いて行く。
旋花「(私はまだ、その『一歩』を踏み出せないけど…きっと…いつかきっと、
この思いは新進と…)」
【close】
設定
【本編前のあらすじ】
高校三年生の旋花はある時から学業も部活も上手く行かず、ボロボロだった。
帰り道で土砂降りに合い、偶々、オープン前の喫茶店『雨宿り』に入る。
(なお、ドアは店長が鍵をかけ忘れていた)
そこで旋花は店長の優しさに救われると同時に心惹かれ、以後通い出し、店の端の席で勉強する事を許可され、その結果学力が伸びる。
大学進学後、両親の許可も得て『雨宿り』でアルバイトを始める。
【店長】
・本名 新田 進
・年齢 不詳 (誰に聞かれても答えない)
・あまり人の目を見て喋らない。
・落ち着いた雰囲気。
・旋花の事は、名前呼びの方が落ち着くからと本人からの要望が
あった為、名前で呼んでいる。
・コーヒーも評判だが、オリジナルの軽食も人気。
・名前の由来は、『新たに進みだす』
【旋花】
・本名 万場 旋花
・大学二年生。
・いつも明るい。
・レポートはサボりがちだが、喫茶店での仕事は何一つ手を抜かない。
・客がいないと途端に店長への甘えから、ダラける。
(しかし、来店があると一瞬で切り替える為、客にダラけ癖はバレず『真面目な子』と評判)
・店長の作る新作レシピの味見担当。
・名前の由来は、万葉集の『万葉』の読みから+『ヒルガオ』という花
の中国での呼び名である『旋花』から。
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