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ズレる【小説風】
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私は昔からズレていた。
他人や物事への関心が極端に無かったのだ。だから友達も少ない。
けれど、それでも上手くやっていかなければいけない…そう思って努力はしている。
あぁ…生きるとは、なんと大変な事なのだろう。
目覚まし時計のアラームが鳴っている…鳴っている、という事は起きなければいけない時間なのだろが、私はまだ寝ていたくて布団に潜り込む。けれど、それはまさしく悪あがきと言うものだった。
アラームの音量を遥かに超える母の声が、一気に私を現実に引きずり出したのだ。
「アンタいつまで寝てるの‼︎遅刻するわよ‼︎」
そう言いながら母は私が被っている布団を剥ぎ取ってしまった。
寝ている人から布団を取り上げるとは、まさに鬼の所業である。
しかし、そんな事を口にする勇気は無く私は静かに身体を起こし、寝起きのガラガラした声で「おはよう」と言った。
この時間、いつも父は新聞を読んでいるのだが、姿が見えない。今日は既に会社に行ったのであろうか?
何せ最近は特に仕事が忙しい様で、朝が早いのだ。先月はなんと海外出張の話しまであったそうだが、役職が与えられるのと引き換えに相当ハードな仕事を任される事に加え、家族と離れる事になる為、父は断ったそうだ。昔は母と離婚寸前まで揉めた事があったが、まさかこんな家族大好き人間になるとは…因みに、同期が一人海外転勤になったらしい。哀れ同期の人。
そんな事を考えながら身支度を終えた私が、母の用意してくれた朝食を食べていると、テレビのニュースが目に入った。
なんでも、環境問題をめぐって国会では議論が続いていたがその最中、議長の不倫がバレて大騒ぎらしい。何をやっているのか…
ニュースを聞いていた様で、台所から戻って来た母が呆れた顔をしながら口を開いた。
「まさかこの人が不倫なんてねぇ…」
「ふーん?」
「まさかアンタこの人も知らないの⁉︎テレビとか良く出てる凄い人気の議長よ⁉︎本当にもう少し世の中に関心持ちなさいよ!」
始まった…嫌と言うほど聞かされ続けて来た言葉が次々と飛んで来る。このままだといつまで続くか分からないので、私は時計をチラッと見て、慌てたように席を立つ。
「ゴメン。もう行かないと!行ってきます!」
私は逃げるように家を飛び出し、学校に向かった。
教室に着くと、そこにはいつも通りの風景があった。各々が楽しそうに雑談をし、ガヤガヤと活気のある普段通りのクラスメイト達。
私はそんな光景を微笑ましく思いながら席に着く。すると、とても一人を対象にしているとは思えない程の音量で「おはよう‼︎」と声をかけて来る友人がいた。幼馴染の智弘だ。
「…おはよう」
私は智弘の音量を無視し、ギリギリで彼に届くような声で返した。
「お?どうした?今日は元気が無いな?なんかあったのか?」
智弘は心配しながらも、何処か好奇心が混じった様な言葉で聞いてくる。
「別に大した事じゃ無いけど…朝から少し疲れてるだけ…」
私はカバンを机の横に掛けながら、特に彼とは目線を合わせる事なく答える。
「おじさん…いや、おばさんと何かあっただろ?」
昔から智弘は妙に鋭いところがあるのだ。小学校時代からの付き合いとはいえ、こうも見抜かれると驚きを隠す事は出来なかった。
「え…なんで分かるの?」
「そりゃ、付き合い長いからな!」
正直それ以外の回答が欲しかった…その答えでは私の疑問に応えていないのと同じである。
付き合いが長いだけで分かるなら、私にももう少し智弘の事が分かっても良いと思うのだが…
「そういうもんなの?」
「そういうもんだよ!で、何があったんだ?」
押し負けるように、渋々私は今朝の話をした。私が話している間、智弘は軽く相槌を打つ程度で静かに話を聞いてくれていた。そして、私の話が終わると少し考えた後に智弘は口を開いた。
「うん!お前が悪いな!」
ニコッと満面の笑みで、けれどそこに悪意は無く、ただ純粋な言葉が私に突き刺さる。
「はいはい!そーですよ!私が悪うございます!」
正論に悪態をつきながら、私は智弘から目を背ける。
「お前が周りの事に興味無さすぎて、おばさんは心配してるだけだと思うぞ?」
「分かってるよ」
世の中の事に、興味や関心が希薄な私の落ち度である事などは分かってはいる。だが、気にしたところで何の意味も無いというのが、本心である。
そう、気にしたところで無駄なのだ。
「…はい。今日の授業はここまで!明日は小テストをやるから復習しておくよーに!」
チャイムが鳴るのとほぼ同じタイミングで授業が終わる。
プロだなー。と呑気に考えていると、先生が私に悲しい一言を告げた。
「あ、そうだ!横田!この後話しがあるから少し残ってくれ!」
悲しい。私が何をしたと言うのか…智弘はそんな私の方を見て、無言でニコッとしながらサムズアップをして来た。悲しみが怒りに変わり、私はもう智弘にノートを見せるのはやめようと決めた。
職員室は何度来ても慣れない。先生達の忙しさが伝わって来る様でなんとも落ち着かないのだ。
「呼び出して悪いな。昨日は会議で話しが途中になってしまったが…えっと、どこにしまったっけ…」
そう言いながら先生は書類だらけのデスクをゴソゴソとし、何かを探している。何を探しているかは気になるが、まずはそれよりも確認しなければいけない事がある。
「昨日…ですか?」
そう。私は昨日、先生と特に何かを話した覚えが無いのだ。
「ほら。お前の進路の話だよ。昨日話したろ?高校二年生ともなれば考えとかないといけないからな」
何故それを私一人呼び出して聞いてくるのだろう?と疑問に思ったが、私が質問する前に先生はその答えを見せてくれた。
「お!あったあった!コレだ」
書類の山の中から発掘されたのは『進路希望調査』と書かれたプリントだった。
ソレを受け取り、私は呼び出された理由をすぐに理解した。
プリントには間違い無く私の字で、私の名前が書かれていた。しかし、肝心の『希望する進路』の項目が白紙なのだ。
「進路…ですか…」
「昨日授業で書いてもらったが、お前、白紙で出したろ?少し話をしておきたくてな」
なるほど。全ては昨日の私が原因か…身から出た錆とは、まさにこの事である。
「具体的にどこの大学に行きたい!とか、どこに就職したい!とかを今すぐ決めろとは言わないさ。でも、進学か就職か…もう一度よく考えてみてくれ」
「はい…」
私はプリントに目を向けたまま、静かに返事をした。
「けどまあ、元々は来週の授業で配る予定だったし、提出は急がなくても良いぞ」
「分かりました…」
日が沈む頃、家に帰りながら学校の事、これから進む自分の道の事を考えていた。正直なところ今すぐに何か答えが出せる訳ではないし、望んだ道に進める保証なんて何処にも無い。寧ろ、思い通りに行かない事の方が多いのに、何をどう決めれば良いのか…自然と顔は俯き、足元の白線を見下ろしながら歩いていると、どうにも馬鹿馬鹿しい考えが頭をよぎってしまう。
もし、この白線を超えて道を外れてしまえば、何か変わったりするのだろうか?明日の自分はどうなるだろうか?…まったく、我ながら本当に下らない事を考えるものだ。そんな事で解決出来るなら苦労などしない。
「はぁ…」
小さく溜息を吐いて顔を上げると、いつの間にか既に家の前に着いていたのだった。
私はドアを開けると、なるべく元気な声で「ただいま」と言った。
夕食後、つい居間に入り浸ってしまう。
「そろそろ寝なさい」
母から退去命令が出たので大人しく従う事にした。我が家のヒエラルキーの頂点に逆らって良い事など、これっぽっちも無いからだ。
大人しく部屋に行こうとしたが、ある事に気がついた。父がまだ帰って来ていない。
「お母さん。お父さん、帰りが遅いけど大丈夫かな?」
残業…は滅多に無いので、どうせまた会社の人と呑んでいるのだろう。しかし、母から告げられたのは私の予想を超えるものだった。
「何言ってるの?お父さんなら先月から海外出張じゃないの」
私は昔からズレていた。ソレを自覚したのは小学生になったばかりの頃だった。
朝、目を覚ますと突然家具が増えていたり、私が学級委員になっていたのだ。
家族に聞いても、私が増えたと思っている家具は前からあったものだし、友達にも前から学級委員だったと言われ、最初は自分がおかしくなったと思っていた。
しかし、それから一週間程で決して私がおかしくなった訳じゃないと確信した。
同級生が一人いなくなったのだ。
智弘と私はよくその同級生と遊んでいて、その日も学校終わりに遊ぶ約束をしていたのだが、学校に来ておらず、智弘に聞くと「誰だ?それ?」と言われた。誰もその同級生の事を覚えておらず、名簿に載っていた筈の名前も消えていたのだ。
それから色々考えて、私はある仮説を思いついた。私の記憶と違う事は全て、そうなっていたかもしれない事ではないだろうか?と言う仮説である。
増えた家具については以前母が悩みに悩んで購入をやめた物だったし、学級委員はジャンケンで勝ち無事に免れた。いなくなった友達も半年前に、両親の仕事の都合で引っ越しをするかもしれないと言っていた事があったが、結局その時は仕事の内容が変わったとかで引っ越しはしなくてすんだのだ。
けれど…もし、母が家具を購入していたら?もし、私がジャンケンに負けていたら?もし、仕事の内容が変わらなければ?今と同じになっていたのでは無いだろうか?そう考えると合点がいく。
つまり私は、もしもの世界に迷い込んでしまったのだ。
それからも朝起きると何かが変わってしまう現象は続いた。しかもそれに規則性は無かった。すごく小さな事もあれば、人間関係に関わる様な大きな事、身の回りの事だけでは無く時には社会的な事まで、ありとあらゆるもしもが現実になっていたのだ。
私はこの、元の道から外れて違う道に入ってしまう様な現象をズレと呼ぶ事にした。
ズレる事は分かったが、一向に解決方法が分からないまま時間だけが過ぎていき、いつしか「どうせ変わるなら」と他人や社会の事に興味を抱かなくなっていたのだ。
それもそうだ。気がつけば消費税は変わっているし、好きな歌手はそもそもデビューすらしていなかった…となれば、いちいち何かを気にしたところで無意味なのだから…
今日のズレをなんとか受け入れ私はベッドに横になる。しかし、この瞬間がいつも不安で堪らないのだ。次に目を開けた時、それは私の知っている世界なのだろうか?いったいいつになれば…どうすればこの歪な世界から抜け出せるのか?今日もその答えは得られないまま私は眠りにつく…
朝の陽射しで目を覚ます。ゆっくりと身体を起こし部屋を見渡す…うん。特に変わっている所は無さそうだ。
布団を剥ぎ取られる前に起きれた私は、部屋を出てリビングに向かう。キッチンの方からは、朝食を準備してくれているであろう包丁や鍋の音が聞こえる。
私はキッチンへ向かって、目を擦りながら寝起きのガラガラした声で「おはよう」と言った。
するとキッチンからは聞き慣れた男性の声が返ってきた。
「お!おはよう!自分で起きれて偉いな!」
エプロン姿の父が笑顔で顔を覗かせ言ってきたのである。
一瞬、思考が止まった。ただただ、何故?と言う単語しか出て来ない。今まで変わってしまった出来事が元に戻った事は無かったからだ。
もしかしたら、私は元の世界に…そう思いかけて、気づいてしまった…
聞きたく無い。嫌だ。けれど、聞かなくてはいけない…私は震える口を必死に動かし父に尋ねた。
「…お母さんは?」
父は一瞬戸惑った様な表情をしたが、直ぐに申し訳無さそうな声で答えた。
「二年前に離婚しただろ?」
あぁ…今日も私はズレている…
他人や物事への関心が極端に無かったのだ。だから友達も少ない。
けれど、それでも上手くやっていかなければいけない…そう思って努力はしている。
あぁ…生きるとは、なんと大変な事なのだろう。
目覚まし時計のアラームが鳴っている…鳴っている、という事は起きなければいけない時間なのだろが、私はまだ寝ていたくて布団に潜り込む。けれど、それはまさしく悪あがきと言うものだった。
アラームの音量を遥かに超える母の声が、一気に私を現実に引きずり出したのだ。
「アンタいつまで寝てるの‼︎遅刻するわよ‼︎」
そう言いながら母は私が被っている布団を剥ぎ取ってしまった。
寝ている人から布団を取り上げるとは、まさに鬼の所業である。
しかし、そんな事を口にする勇気は無く私は静かに身体を起こし、寝起きのガラガラした声で「おはよう」と言った。
この時間、いつも父は新聞を読んでいるのだが、姿が見えない。今日は既に会社に行ったのであろうか?
何せ最近は特に仕事が忙しい様で、朝が早いのだ。先月はなんと海外出張の話しまであったそうだが、役職が与えられるのと引き換えに相当ハードな仕事を任される事に加え、家族と離れる事になる為、父は断ったそうだ。昔は母と離婚寸前まで揉めた事があったが、まさかこんな家族大好き人間になるとは…因みに、同期が一人海外転勤になったらしい。哀れ同期の人。
そんな事を考えながら身支度を終えた私が、母の用意してくれた朝食を食べていると、テレビのニュースが目に入った。
なんでも、環境問題をめぐって国会では議論が続いていたがその最中、議長の不倫がバレて大騒ぎらしい。何をやっているのか…
ニュースを聞いていた様で、台所から戻って来た母が呆れた顔をしながら口を開いた。
「まさかこの人が不倫なんてねぇ…」
「ふーん?」
「まさかアンタこの人も知らないの⁉︎テレビとか良く出てる凄い人気の議長よ⁉︎本当にもう少し世の中に関心持ちなさいよ!」
始まった…嫌と言うほど聞かされ続けて来た言葉が次々と飛んで来る。このままだといつまで続くか分からないので、私は時計をチラッと見て、慌てたように席を立つ。
「ゴメン。もう行かないと!行ってきます!」
私は逃げるように家を飛び出し、学校に向かった。
教室に着くと、そこにはいつも通りの風景があった。各々が楽しそうに雑談をし、ガヤガヤと活気のある普段通りのクラスメイト達。
私はそんな光景を微笑ましく思いながら席に着く。すると、とても一人を対象にしているとは思えない程の音量で「おはよう‼︎」と声をかけて来る友人がいた。幼馴染の智弘だ。
「…おはよう」
私は智弘の音量を無視し、ギリギリで彼に届くような声で返した。
「お?どうした?今日は元気が無いな?なんかあったのか?」
智弘は心配しながらも、何処か好奇心が混じった様な言葉で聞いてくる。
「別に大した事じゃ無いけど…朝から少し疲れてるだけ…」
私はカバンを机の横に掛けながら、特に彼とは目線を合わせる事なく答える。
「おじさん…いや、おばさんと何かあっただろ?」
昔から智弘は妙に鋭いところがあるのだ。小学校時代からの付き合いとはいえ、こうも見抜かれると驚きを隠す事は出来なかった。
「え…なんで分かるの?」
「そりゃ、付き合い長いからな!」
正直それ以外の回答が欲しかった…その答えでは私の疑問に応えていないのと同じである。
付き合いが長いだけで分かるなら、私にももう少し智弘の事が分かっても良いと思うのだが…
「そういうもんなの?」
「そういうもんだよ!で、何があったんだ?」
押し負けるように、渋々私は今朝の話をした。私が話している間、智弘は軽く相槌を打つ程度で静かに話を聞いてくれていた。そして、私の話が終わると少し考えた後に智弘は口を開いた。
「うん!お前が悪いな!」
ニコッと満面の笑みで、けれどそこに悪意は無く、ただ純粋な言葉が私に突き刺さる。
「はいはい!そーですよ!私が悪うございます!」
正論に悪態をつきながら、私は智弘から目を背ける。
「お前が周りの事に興味無さすぎて、おばさんは心配してるだけだと思うぞ?」
「分かってるよ」
世の中の事に、興味や関心が希薄な私の落ち度である事などは分かってはいる。だが、気にしたところで何の意味も無いというのが、本心である。
そう、気にしたところで無駄なのだ。
「…はい。今日の授業はここまで!明日は小テストをやるから復習しておくよーに!」
チャイムが鳴るのとほぼ同じタイミングで授業が終わる。
プロだなー。と呑気に考えていると、先生が私に悲しい一言を告げた。
「あ、そうだ!横田!この後話しがあるから少し残ってくれ!」
悲しい。私が何をしたと言うのか…智弘はそんな私の方を見て、無言でニコッとしながらサムズアップをして来た。悲しみが怒りに変わり、私はもう智弘にノートを見せるのはやめようと決めた。
職員室は何度来ても慣れない。先生達の忙しさが伝わって来る様でなんとも落ち着かないのだ。
「呼び出して悪いな。昨日は会議で話しが途中になってしまったが…えっと、どこにしまったっけ…」
そう言いながら先生は書類だらけのデスクをゴソゴソとし、何かを探している。何を探しているかは気になるが、まずはそれよりも確認しなければいけない事がある。
「昨日…ですか?」
そう。私は昨日、先生と特に何かを話した覚えが無いのだ。
「ほら。お前の進路の話だよ。昨日話したろ?高校二年生ともなれば考えとかないといけないからな」
何故それを私一人呼び出して聞いてくるのだろう?と疑問に思ったが、私が質問する前に先生はその答えを見せてくれた。
「お!あったあった!コレだ」
書類の山の中から発掘されたのは『進路希望調査』と書かれたプリントだった。
ソレを受け取り、私は呼び出された理由をすぐに理解した。
プリントには間違い無く私の字で、私の名前が書かれていた。しかし、肝心の『希望する進路』の項目が白紙なのだ。
「進路…ですか…」
「昨日授業で書いてもらったが、お前、白紙で出したろ?少し話をしておきたくてな」
なるほど。全ては昨日の私が原因か…身から出た錆とは、まさにこの事である。
「具体的にどこの大学に行きたい!とか、どこに就職したい!とかを今すぐ決めろとは言わないさ。でも、進学か就職か…もう一度よく考えてみてくれ」
「はい…」
私はプリントに目を向けたまま、静かに返事をした。
「けどまあ、元々は来週の授業で配る予定だったし、提出は急がなくても良いぞ」
「分かりました…」
日が沈む頃、家に帰りながら学校の事、これから進む自分の道の事を考えていた。正直なところ今すぐに何か答えが出せる訳ではないし、望んだ道に進める保証なんて何処にも無い。寧ろ、思い通りに行かない事の方が多いのに、何をどう決めれば良いのか…自然と顔は俯き、足元の白線を見下ろしながら歩いていると、どうにも馬鹿馬鹿しい考えが頭をよぎってしまう。
もし、この白線を超えて道を外れてしまえば、何か変わったりするのだろうか?明日の自分はどうなるだろうか?…まったく、我ながら本当に下らない事を考えるものだ。そんな事で解決出来るなら苦労などしない。
「はぁ…」
小さく溜息を吐いて顔を上げると、いつの間にか既に家の前に着いていたのだった。
私はドアを開けると、なるべく元気な声で「ただいま」と言った。
夕食後、つい居間に入り浸ってしまう。
「そろそろ寝なさい」
母から退去命令が出たので大人しく従う事にした。我が家のヒエラルキーの頂点に逆らって良い事など、これっぽっちも無いからだ。
大人しく部屋に行こうとしたが、ある事に気がついた。父がまだ帰って来ていない。
「お母さん。お父さん、帰りが遅いけど大丈夫かな?」
残業…は滅多に無いので、どうせまた会社の人と呑んでいるのだろう。しかし、母から告げられたのは私の予想を超えるものだった。
「何言ってるの?お父さんなら先月から海外出張じゃないの」
私は昔からズレていた。ソレを自覚したのは小学生になったばかりの頃だった。
朝、目を覚ますと突然家具が増えていたり、私が学級委員になっていたのだ。
家族に聞いても、私が増えたと思っている家具は前からあったものだし、友達にも前から学級委員だったと言われ、最初は自分がおかしくなったと思っていた。
しかし、それから一週間程で決して私がおかしくなった訳じゃないと確信した。
同級生が一人いなくなったのだ。
智弘と私はよくその同級生と遊んでいて、その日も学校終わりに遊ぶ約束をしていたのだが、学校に来ておらず、智弘に聞くと「誰だ?それ?」と言われた。誰もその同級生の事を覚えておらず、名簿に載っていた筈の名前も消えていたのだ。
それから色々考えて、私はある仮説を思いついた。私の記憶と違う事は全て、そうなっていたかもしれない事ではないだろうか?と言う仮説である。
増えた家具については以前母が悩みに悩んで購入をやめた物だったし、学級委員はジャンケンで勝ち無事に免れた。いなくなった友達も半年前に、両親の仕事の都合で引っ越しをするかもしれないと言っていた事があったが、結局その時は仕事の内容が変わったとかで引っ越しはしなくてすんだのだ。
けれど…もし、母が家具を購入していたら?もし、私がジャンケンに負けていたら?もし、仕事の内容が変わらなければ?今と同じになっていたのでは無いだろうか?そう考えると合点がいく。
つまり私は、もしもの世界に迷い込んでしまったのだ。
それからも朝起きると何かが変わってしまう現象は続いた。しかもそれに規則性は無かった。すごく小さな事もあれば、人間関係に関わる様な大きな事、身の回りの事だけでは無く時には社会的な事まで、ありとあらゆるもしもが現実になっていたのだ。
私はこの、元の道から外れて違う道に入ってしまう様な現象をズレと呼ぶ事にした。
ズレる事は分かったが、一向に解決方法が分からないまま時間だけが過ぎていき、いつしか「どうせ変わるなら」と他人や社会の事に興味を抱かなくなっていたのだ。
それもそうだ。気がつけば消費税は変わっているし、好きな歌手はそもそもデビューすらしていなかった…となれば、いちいち何かを気にしたところで無意味なのだから…
今日のズレをなんとか受け入れ私はベッドに横になる。しかし、この瞬間がいつも不安で堪らないのだ。次に目を開けた時、それは私の知っている世界なのだろうか?いったいいつになれば…どうすればこの歪な世界から抜け出せるのか?今日もその答えは得られないまま私は眠りにつく…
朝の陽射しで目を覚ます。ゆっくりと身体を起こし部屋を見渡す…うん。特に変わっている所は無さそうだ。
布団を剥ぎ取られる前に起きれた私は、部屋を出てリビングに向かう。キッチンの方からは、朝食を準備してくれているであろう包丁や鍋の音が聞こえる。
私はキッチンへ向かって、目を擦りながら寝起きのガラガラした声で「おはよう」と言った。
するとキッチンからは聞き慣れた男性の声が返ってきた。
「お!おはよう!自分で起きれて偉いな!」
エプロン姿の父が笑顔で顔を覗かせ言ってきたのである。
一瞬、思考が止まった。ただただ、何故?と言う単語しか出て来ない。今まで変わってしまった出来事が元に戻った事は無かったからだ。
もしかしたら、私は元の世界に…そう思いかけて、気づいてしまった…
聞きたく無い。嫌だ。けれど、聞かなくてはいけない…私は震える口を必死に動かし父に尋ねた。
「…お母さんは?」
父は一瞬戸惑った様な表情をしたが、直ぐに申し訳無さそうな声で答えた。
「二年前に離婚しただろ?」
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