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種のシステムと密閉容器

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「魔族、出現しました」

「またか」

今日の仕事に入って何度目だろうか。

オアシスの街に魔族が入っては消えるのを繰り返している。

共通しているのは魔族の女性という点。

種族は亜人種、悪魔種、鬼人種など。

亜人種は猫耳や犬耳をはじめとした人と動物の亜人種が多い。

顔は人と同じだが耳や尻尾が生えていたり、準拠した動物の特性を持っていたりする。

悪魔種は様々。

先日の淫魔もこの中に入り、魔法に長けているのが特徴。

鬼人種は頭に角を生やした鬼。

悪魔種の中にも角を生やした種もいるが、こちらは肉体が強靭なのが特徴。

そしてみんなオアシスの街に行くと魔族からコスプ族に変わっていく。

「オアシスの街の懐の広さは凄いと思う」

「そうですね」

今のところ彼女達がオアシスの街に入ったところで変化は起きていない。

それぞれ種族に適した職業が与えられ、各自斡旋所に所属になっている。

鬼人種は体の強さで警備、悪魔種は知能の高さで事務、亜人種は愛嬌を買われ受付などに配属しているようだ。

他にもヒーラーになった悪魔種がいて、黒いナース服を着て一部の男性に人気が出たりして馴染んでる様子が伺える。

「うーん、最初は魔族の偵察か何かかと思ったが様子を見ているとそうではないな」

「私もそう思います」

判断は彼女達の笑顔だ。

とにかく事あるごとに感謝をし、優しくされると嬉しく笑い、街に来た時には全く感じられなかった快活さがある。

「となると考えられるのは難民か」

「そうですね。方角は西。恐らく大河の先からだと思われます」

オアシスの街の西方向は未だ不明な部分ではあるが、草原の街の西の大河の事を考えるとそのまま南下したオアシスの街の西に大河がある事が予測できる。

つまり西には広さはわからないにしても魔族の勢力があるというのは確かなようだ。

後はそれをどうやって知るかだな。

オアシスの街の特性上、住民になると街の外に滅多に出なくなるからなぁ。

それこそ末裔のように誰かと行動を共にする信者が出てくれればいいが、見込みは薄い。

そうなると移動してきた当人達の情報が頼りになるのだが。

「元魔族達が移動してきた理由はわかったか」

「はい、大体は。どうやら彼女達は元々魔族ではなかったようですね」

「ほう。詳しく」

「新生魔族が台頭してきた時、恐怖によって勢力を伸ばしたのは覚えているでしょうか」

「あぁ。同時に信者を減らしたどころか増え難くされたってやつだな」

その結果神の力は衰退して最終的に俺が召喚されて今の状況になってるからな。

「えぇ。彼女達は新生魔族によって強制的に魔族にさせられた人達の一族だと思われます」

「つまり元々魔族ではなかったからあっさり魔族ではなくなったのか」

「はい。元々温厚な一族だったため新生魔族の体質に合わず、耐え切れなくなった者が難民として流れてきているのではないかと」

「なるほど。しかし何故急に増え始めたんだ?」

「会話内容から考えますと、新生魔族は現在内向きになっているのではないかと」

「内向き?」

「以前は勇者という存在が新生魔族と敵対していたので意識は外に向かい、団結が取れていました。しかし、勇者の存在が無くなると魔族同士で叩き合うようになり、彼女達はそれに乗じて落ち延びてきたのではないかと」

ふむ、この仮説が正しければ今まで抜け出せなかった魔族支配が弱まってきているってことだな。

俺としては好都合ではあるが、うーん。

「勇者でも魔族でもやる事は同じか。種のシステムとはいえ人には考えたり学んだりする力があるはずなんだがな」

恐怖によって神を排除し、勢力を拡大するところまでは良かったんだろうが、維持できなかったところが惜しい。

前の神もそうだったがやはり単一の思考化には限界がある。

だから俺は柔軟に対応していきたい。うん。

何度目になるかと思う決意を新たにしたところでサチが俺のぼやきに興味を示していた。

「種のシステムとは?」

「あー・・・ちょっと長くなるから仕事が終わったらな」

「わかりました」

こりゃある意味残業になるかな?



一通り片付け終わった後にサチが聞いて来る。

「それで、種のシステムとはなんですか?」

「俺が前の世界で聞きかじった程度の知識だからこっちで通用するかわからないが一応教えておくな」

「はい、お願いします」

椅子だけ残して俺と向かい合うようにサチが座り聞く体勢を取ってきた。興味津々だね。

「人に限らず生き物ってのは外敵生物がいると種を存続させようと増える」

俺にはアリス達みたいにパネルを使って説明できないので身振り手振りで出来るだけわかるように説明する。

「そして安全になって一定数を越えた時、今度は同じ生物で潰し合いが発生する」

「それって・・・」

「あぁ、今の下界がそっくりな状況になっているよな。しかも今回が初ではない」

「どうしてそんなことが?」

少し青ざめた様子でサチが聞いて来る。無理もない、これに気付ける人はそう多くない。

「種の中でも優秀なものを残そうとする種の選別だな。そしてある程度数が減るとそれも落ち着く」

「種の選別ですか」

「うん。基準はまちまち。子孫を残す能力が優れているとか環境変化に耐えられるとかから偶然生き残れたというのまであるな」

「勉強になります」

このことを念頭に下界について考えると、魔族は自然とある程度まで減るだろう。

オアシスの街に落ち延びた元魔族達に対して刺客が送られてこないところを見ると、減るといっても殺し合いで減るとかではなく、大きくなりすぎた勢力が集束してより魔神信仰の密度の濃い魔族になるのではないかと。

そしてオアシスの街も若干心配している。

今はまだ収容限界にはなっていないが、今後も難民が増えればいつか同じように内部崩壊が起こる。

出来ればそれが起こる前にノウハウを学んだ一部住民が別の場所に移って生活するようになってくれると嬉しい。

ま、草原の街やオアシスの街を見ている限りだと上手く動くんじゃないかと思ってる。

魔族の内部崩壊が進んだ時各地で同様な新勢力の出現が起こるだろうからそれに乗じるんじゃないかなと。

「俺はそんな風に考えてる」

「なるほど」

「希望的観測な部分もあるし、変化するにしてもかなりの時間が必要だろうから気は抜かずに取り組まないといけないけどな」

そもそもこれは仮の話だしな。そう思ったようにはいかないだろう。

「そうですね。頑張りましょう」



「しかし栄枯盛衰か。今後何度もこういうのを見る事を考えると若干気が滅入るな」

普段はあまり考えないようにはしているが、ふとした時にこういう後ろ向きな考えが出てしまう。

「神様の仕事の辛いところですね。すみません」

サチが申し訳なさそうに言う。

「いいよ、もう腹くくったし。それ以上に良い思いもさせてもらってるから気にするな」

しょげるサチの頭をポンポンと叩いて安心させる。

「はい、ありがとうございます」

「うん」

ほっとした表情になったのを見て俺も安心する。

「さて、そろそろ帰ろう」

「はい。そういえば何やら荷物が届く連絡が来てました」

「お、なんだろう。楽しみだな」

「そうですね、では帰りましょうか」

すっかりしがみついた状態での転移に慣れたな。

最近じゃこれじゃないと物足りなくなってしまった気もする。



「待て。この先は湧酒場だ」

「・・・」

立ちはだかる警備隊の二人に無言無表情で対応してみる。

「すみません、お願いですから無反応は勘弁してください」

俺とサチ相手でも規則を守って立ちはだかるのは偉いと思う。

だた、俺らを見つけた瞬間嬉々とした表情で立ちはだかったのはどういうことだろうか。

どうせ暇だったとかで俺を暇つぶしに利用しようとしたのが見て取れたので無反応で返してやった。

「ははは、冗談だ。ご苦労様」

「ありがとうございます。それで今日はどういったご用件ですか?」

「今日は前に言った通り酒を貰いに来た」

俺の答えに警備隊の二人は顔を見合わせた。



家に帰ったらアストから密閉容器が届いていた。

小さいものから大きいものまで結構な数の瓶が入っていた。

どの瓶にも口のところに栓がしてあり、なかなかの密閉精度を持っている。

補足文も付属してあり、試作段階なので出来を見て欲しいと書いてあった。

とりあえず家の池の水を入れて密閉度を確認したが、逆さにしても水漏れは一切無かった。

そうなれば後はどれだけ揮発に耐えられるかだけなので、この容器を作って貰った目的である酒を入れに湧酒場にやってきたのだ。

「まさか本当に酒を貰いにくるとは思いませんでした」

湧酒場に入って俺とサチの後に警備隊の子の片方がついて来た。

湧酒場の外であらかじめ出した密閉容器を持って運んでくれている。

「ちゃんと持ち出せるかはまだわからないけどな」

今現在この湧酒場内で空間収納の使用は禁止されている。

その昔ここの酒を空間収納に入れて持ち出した者が酔って暴れて警備隊が出動したという事があり、湧酒場での空間収納の使用が禁止されたらしい。

それ以降も何人か持ち出そうと試みた者はいたらしいが、全て失敗に終わり、ここ最近はそういう考えをする人も居なくなったそうな。

「ちなみにルミナテース様も持ち出しに失敗した一人です」

そうじゃないかと思ったよ。ルミナならやりかねん。

「到着っと。それじゃ入れてみるか」

「ソウ、私は実の方を収穫してきます」

サチはザルに入れてあった小さめの瓶を置いてさっさと仙桃の収穫に行ってしまった。

なんでザルなんか出してるのかと思ったらこのためだったのか。

あいつ仙桃好きだからなぁ。気持ちはわからなくもないが、少しは手伝って欲しかった。

「あの、お手伝いします」

俺の心中を察したのか、警備隊の子が手伝いを申し出てくれた。いい子だ。

「助かるよ。この中に酒を入れて、一杯になったらこっちに戻してくれるか?」

「了解です」

栓を抜いて警備隊の子に渡し、目一杯まで入れてもらったら再び栓をして置く。

これを全ての瓶にやってもらい、後は外に瓶を持って往復するだけ。

「そんな一気に持って重くないのか?」

俺は小さい瓶を、重い方は持って貰っている。

「大丈夫ですよ。いい運動になります」

あー・・・そういえば警備隊はこういう思考だったっけ。



数往復して全て運び出した後、外に置いてある一本手に取り栓を抜く。

「うっ・・・」

凄く酒臭いので早々に栓を閉める。

「どうですか?」

ザル一杯に仙桃を持ってきたサチがせっせと空間収納に入れながら聞いて来る。

「今のところは密閉出来てる。後はどれだけこの状態で持つかだな」

並べた瓶を眺めながら既に頭は酒を使った料理を考えていた。

ふふふ、楽しみだ。

ちなみに何故サチはこれを仙桃と一緒に入れないかというと警備隊に止められているからだ。

外で待っていた子が念のため上司に許諾の確認をしたらしく、今はそれの連絡待ちという状態。

「すみません、お待たせしてしまって」

「いいよ、それぐらい。急なことだし仕方ない」

「相変わらず今の警備隊は初動が遅いのですか」

仙桃を入れながら横目で申し訳なさそうにする警備隊の子に鋭い視線を送っている。

「一時より大分回復はしたのですが、まだまだ練度が低い状態でして」

「やはりルミナテースが抜けた穴が大きいですか」

「そうですね。一緒に抜けた人達もそれなりの階級を持っていた方が多かったので」

そうだったのか。

ルミナが警備隊隊長だったというのは聞いていたが、他の子も凄かったのか。

俺が農園に行っているときに会う子達だよな。とてもそうには見えなかったが。

「あ、あの!神様!」

少し離れたところで上司とやりとりしてた子が慌てた様子でこっちに来た。

「どうした?」

「その、副隊長がこちらに向かっているらしいです!」

「なんだって!?」

もう一人の警備隊の子がそれを聞いて驚いてる。

「え?わざわざ副隊長が出向いてくれてるの?」

なんか悪いな。手間取らせてしまったようで。

「はい、近い場所の警邏中だったらしく。いえ、そんな事より、副隊長は」

「貴様か!湧酒場で窃盗を働いたという輩は!」

話の途中だったがそれを遮るように上から大声が聞こえてきた。

視線を上げるとそこには一人の天使が滞空していた。
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