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最終章 おかえり、シンデレラ。

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 私は捨てられたのだろうか。あれから何の音沙汰もなく、一週間以上が過ぎてしまった。

 撮影の後五十嵐社長は仕事だと先に帰ってしまって、私には帰りのタクシーが準備されていた。二木専務や松本さんでさえ、私の様子を気まずそうに見守っていたくらい私は酷かったのだろう。一体どういう意図でのアレだったのか聞くことも出来ず、電話をする勇気なんてなくて抜け殻のようにただ日々をこなしている。あの映像は本当に流れるのだろうか。ほとんど目隠し状態だったし、挙句の果てには泣いてしまうなんて。あの時程自分の心が凍ってしまえばいいのにと思ったことはない。


 ブーッ、ブーッ。震えるスマホをポケットから引っ張り出すと、画面には懐かしい人の名前が表示されていた。ジムに向かう道中で思わず頬をほころばせる。

「はい。伊藤です」

『お元気ですか』

「はい。元気にしています」

 短な問いかけに、心がほんわり温かくなった気がした。きっとこの一言にはいろんな意味が乗っている。斎藤さんはそんな人だから。

『今日は新CM放送日ですね』

「あ・・・、そうなのですか?」

『はい。ご存知ないですか?』

「えぇ。IGバイオとは暫く連絡も取っていないので」

 自分の声色を聞いて気付いてしまった。私はIGバイオのみんなに会えなくて寂しい気持ちでいるのだと。

『そうですか。今回のこと、詳しく聞かれてなかったのですね』

「えぇ。恥ずかしながら、私はのけ者扱いです」

 努めて明るく言ってみたけれど、克服した悩み以外の自虐は心にクる。じゅくじゅくの膿んだ傷には痛すぎたみたい。

『はは。本当に、五十嵐社長は・・・伊藤さんを傷つけることがお上手だ』

「え?」

『胸が苦しいのは五十嵐社長を想っているから、ですよね。相手が僕ならばそんなに傷ついたりはしない。悔しいけれど、そういうことなんです』

「ははは。いくら想っても片想いは辛いだけです」

 自分で「辛い」と口にしてしまえばズンと心にきてしまって、津波のように涙が込み上げてきた。鼻の奥がツンとするし、真っ赤だけれど電話越しなら気付かれないはず。それでも空を見て涙を落ち着かせる努力をする。歩きながら電話しているいい年重ねた女が号泣していたら、それこそネットニュースになってしまうかもしれない。【一目瞭然! フラれた女、号泣しながらジムに消える】なんてダサすぎる。

『片想いですか・・・。恋は盲目ですね』

「グスっ、え? な、なんか言いましたか?」

『いえ。CMは前回同様に渋谷のスクリーンが初お披露目です。時間は十九時。必ず見に行ってください』

「あ・・・ぁ、必ず、ですか? あまり見たくは『必ず、です。僕は伊藤さんの幸せを願っていますから』

「え? どういう意味ですか?」

『多くを語る男は嫌われますから。じゃあ、切りますね』

「あ・・・はい」

『___さようなら』

 スマホをポケットにしまいながら、腕時計を覗いた。CM放送まであと三時間と少し。



 ジムではうわの空で、ランニングマシーンで三度ほど転びかけてしまい恥ずかしい思いをした。それも乗り越えてたった今ビルを出たところ。そして目の前に立っているのは、今日も凛と美しい倉科さん。

「えっと・・・」

「お疲れ様でした」

「お疲れさまです、た」

 緊張で口が上手く回らなかった。これで営業部にいるなんてお恥ずかしい限りです。伸びた髪を耳に掛けながら、伺うように倉科さんを見れば相変わらず不服そうに私を見ている。

「今日で契約期間終了です」

「そう・・・ですか」

「如何でしたか? この三か月間」

 最近は五十嵐社長の理解出来ない言動にただただ振り回され、悩んでいた。だからこの三か月を振り返ることなどしていなかった。初めて五十嵐社長に会った日、失礼だと憤怒した日、初めての商談成立、怖くて帰れていなかった福岡の街、CM出演、女性としての自分を取り戻していく高揚感。これまでの数年間が無かったかのように彩られた日々だった。それの全てに関わっているのが五十嵐社長で、彼無くして今の私は無い。

「人生は水のごとしと言うように、私は流されるまま過ごしてきました。ただ流されていた小石の私を削り、たまにしてくれたのは五十嵐社長です。このまま海に流れ着く前に、誰かが手に取ってくれる可能性をくれました。あ・・・はは、間違えました。私は流される小石ではなく、止まることの出来ない水のほうでした。以前見たドラマの言葉を使ってみたかっただけです。忘れてください」

「ふっ、ふふ。貴女は磨けば光る珠だったのですね。私には臭いのこびりついた漬物石に見えていましたが、社長は貴女を見抜いていたようです」

 笑われるかと思っていた。それなのに倉科さんは、ダメな姉を心配するような視線を向けてくれている。

「私は五十嵐社長に引き上げて貰っただけで、ラッキーなだけの人間です」

「そうでしょうか? 社長は貴女を切望した。自分の会社の行く末を貴女に託したのは、運という言葉で片付けられるものでしょうか? 勝算も無しに社長が賭けに出るとは思えません」

「・・・」

「社長と貴女の過去に何があったかなんて知りません。知りたくもありません。それでも貴女は社長の心に引っかかる何かを持っていた。過去に社長の心に棘を刺したのは貴女です。棘ではなく、責任を取ってください」

 そう言った倉科さんの隣にタクシーが音もなく停まったのを、整理の付かない気持ちのまま見つめる。
 毎日毎分考えれば考える程に心は沈んでいったはずなのに、私の心を引き上げてくれるのは周りにいる人たち。私の悪魔が嫌なことばかり呟くのに、周りの天使たちは期待させるようなことばかり囁く。自惚うぬぼれてもいいのだろうか。たくさんの「どうして?」の場面でマイナスに考えていたことが、本当は違ったとしたら?

 ふわふわと揺れていた私の心が、ストンと身体に戻ってきた感じがした。私は強くはないから、たくさん迷うし間違う。まだ間に合うのかもしれない。間違いを正し、もっとちゃんと話をすべきなのだ。このいびつな恋の答え合わせをしようじゃない。ねえ、五十嵐社長?

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