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第四章 結果こそ、自信への最短ルートです。
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しおりを挟む月曜日。受付に置かれた電話を前に、心臓を落ち着かせているところだ。ホールには誰もいなくて、来客もないからか電気すら点けられていない。窓から差し込んで来る光だけで十分な明るさだから問題ないだろう。視線を手元の紙に戻す。それは印刷したティアラのホームページの資料である。今からアポイントを取るための電話をするところだ。
心の中で何度も言葉を繰り返してから、手のひらの汗をスカートで拭いた。受話器を持ち上げてから、間違いないように資料を見つつ番号を押す。プルルルと受話器から聞こえてきて、溜まった唾液を飲み込んだ。
『お電話ありがとうございます。ドクタービューティサロン ティアラ本店、担当の田畑でございます』
「突然のお電話で失礼いたします。私、ラヴィソンの伊藤と申します。只今、五分ほどお時間よろしいでしょうか?」
『あー・・・、ラヴィソンの方ですか。たぶんお取次ぎは難しいかと思います』
「え?」
『先日の件でうちの社長はかなり・・・アレだったので。では、失礼します』
何も言えないまま電話が切れてしまい、唖然としたまま受話器を力なく戻す。一体、何だと言うのか。訳が分からない。こんなので諦めるのは、斎藤さんに申し訳ないだろう。ティアラの本店はここからそう遠くはない。営業は足を使えと言うが、その言葉は今の私に使うべきだ。資料を掴んで身支度をさっと整えてからタクシーでティアラを目指した。
ティアラはビルの二階に入っているようで、階段を上ったところから戦いだ。営業のときは必ず首からラヴィソンの社員証を下げている。私は派遣されているだけで、ラヴィソンの社員なのだと忘れてしまわぬように。タクシーの中でメイクも髪も整えてきた。プレゼン資料も持っているし、ティアラの知識も入れてきている。大丈夫と自分に何度も暗示を掛けながら階段を上る。
チリンと綺麗な鈴の音をさせながらガラスの大きな両開きドアを開けた。目の前にある無人の受付の後ろには大きなテレビが取り付けられていて、そこにはティアラがしている施術の案内が流れている。人気のないホールを見渡せばカウンセリング用のテーブル一式が三か所に置いてあり、廊下の先には施術用の個室のドアが並んでいた。
「はい。お待たせしました」
スタッフルームから慌てた様子で女性が出てきた。
「お客様、ご予約は・・・、あぁ」
予約表をぱらりと捲りながら私を見た女性が、苦い顔をして止まった。彼女の視線は私の胸元、ラヴィソンの社員証に注がれている。
「お電話差し上げました伊藤と申します。突然お伺いしてしまい、申し訳ありません」
「いえ。今、奥に来られていますよ。ご案内しましょうか?」
困ったように笑った女性が、カウンセリングルームの向こうにある扉を指さした。誰が来ているというのだろうか。なんだか話が見えなくて口を開こうとした時、奥の部屋から怒号が聞こえた。眉を寄せて視線を女性にやれば、苦笑いが返ってくる。再び視線をドアに向ければ、何かがドアに当たった音の後に謝罪の声が聞こえた。数秒後にそのドアが開いて、頭を下げながら出てきたのは見覚えのある顔だった。
「中嶋・・・さん?」
段ボールを抱えて泣きそうな顔でこちらを向いたのは、今年新卒で入った中嶋ちゃんだったのだ。驚いた顔をしてからティアラのスタッフに頭を下げた中嶋ちゃんは、私の手を引いて店を逃げるように出る。逆らわずに震える手を握り返してついていくと、数十メートル進んでから足を止めた。袖で涙を拭った中嶋ちゃんは弱弱しくて、後ろから抱き締める。前髪の辺りをぽんぽんと撫でながら、落ち着くのを待つのは何の苦でもないのだから。
「大丈夫?」
「はい。すみません」
「いいの。ごめんね。私なんにも分からないんだけれど、話せる?」
あの様子を見れば、ティアラのお偉いさんを怒らせていることだけは分かる。でも、何故だか分からなければ解決のしようがない。
「コットンの新規契約をいただけたんです。それの初めての納期が四日前だったのですが、商品が間違っていたんです。最高ランクの商品を注文したはずが、同じメーカーの一番低ランクのものが届いていて。届ける前に確認したのですが、コットンの外箱はランクにかかわらず同じ箱だから違いに気付けなくて。すぐに対応出来ればよかったものの、土日の休みを挟んでしまったために対応が今日になってしまって。ティアラは新しいコットンが届くからと、以前使っていたものは既に処分してしまっていて土日のお客様は全て謝罪してお返ししたみたいで、お怒りのお客様も。責任取れるのかって言われて、私何も言えなくて・・・」
聞きながら思わず眉を寄せてしまっていた。分かる。けれど、非があるのはこちらのほうだ。ラヴィソンは完全にティアラの信頼を損なってしまっている。
「分かった。兎に角泣いていないで対応を急がないといけないね。佐山にはこのことを?」
「いえ。呼ばれて来てみたらさっきの状況だったので、まだ何も」
「分かった。じゃあ、まず佐山に報告して指示を仰いで。その箱には正しい商品が入っているの?」
「はい」
投げつけられたのか、段ボールの角がへこんでいる。中身は・・・大丈夫なようだ。私がすべきことがある。中嶋ちゃんを残して来た道を引き返す。私だって怖い。それでも私は、この眩しい将来を担う新芽を潰すわけにはいかないから。
私を見た先ほどの受付スタッフが驚いた顔をしているが、気にすることなくドアを開ける。
「何度も失礼いたします。有田社長に取り次いでいただいてもよろしいでしょうか?」
「あ・・・」
困った顔をした女性に心の中で謝るけれど、ここは引いてはいけない場面だ。頷きながら目で訴えると、奥の部屋のドアが開いて四十代の白衣姿の男性が姿を現した。気まずい雰囲気と私の手にある段ボールに全てを悟った顔をした男性は、怒りを露わにこちらへと歩いてきた。
「ラヴィソンの上の奴か?」
男性の物言いにラヴィソンへの敬意が無いのが分かる。恐らくこの男性がティアラの有田社長だ。恐怖で震える手をぐっと握った。
「はい。謝罪に参りました」
「お前が頭を下げてなんの価値がある?」
「ございません。それでも下げさせてください」
そう言って冷たい床に段ボールを置き、隣で土下座をした。こんなものなんの意味も価値もないことは、私だって分かっている。それでも話をさせて貰えなくてはラヴィソンの失敗が拭えない。
「帰れ。土下座をされたらこちらのイメージが悪くなる」
「帰れません。お話をさせてください」
「お客様が来る。そこをどいてくれ」
「どうか、少しの時間をください」
「・・・」
呆れたため息が聞こえるが、額は床に付けたまま断固とした意志を伝えるために動かない。
「何がしたい? お客様がうちへの信頼を無くしたように、うちからのラヴィソンへの信頼は無くなった」
「どうか、お客様にラヴィソンから謝罪することをお許しください」
「___は?」
「勝手に行くことは出来ません。どうかお客様と私を繋いでいただけませんか?」
「筋違いだ」
「いいえ。全てはラヴィソンの失態です。どうかお客様に謝罪出来る機会をください。お願いします」
「___お前が行くと言うのか?」
「はい」
私の目には床にか見えないけれど、頭上で小さな話し声が聞こえた。それから足音が遠のいて行くのが聞こえて、ドアがパタンと閉じる音がした。
「あの・・・」
土下座をしたままの私の肩に誰かが触れたのを合図に、ゆっくりと顔を上げた。私の横にしゃがみこんでいたのは、受付の女性だった。名札を見れば”田畑”と書かれていて、電話からずっと私の対応をしてくれていた女性が田畑さんだったのだと気付く。
「社長がお客様に連絡するようにとのことでした。立ってください」
「ありがとうございます」
頭を下げれば慌てて手を前に振った田畑さんは、きっととても優しい女性だ。横の段ボールに視線を落としてから、大きく息を吸う。
「感謝します! 有田社長。今日も明日も明後日もお客様は途絶えません。是非、このコットンをお使いください」
大きな声で奥の部屋へと叫ぶ。隣にいる田畑さんが驚いた顔をしているがしょうがない。他にお客様がいないことを分かった上での行動だが、無作法なことをしている自覚はある。それでもこのコットンはちゃんと有田社長に認められた物だ。ラヴィソンの所為でその価値を落としたくない。
ティアラを出ると、外には中嶋ちゃんと駆け付けた佐山がいた。
「伊藤・・・、どうしてお前が?」
「たまたまです。有田社長からお客様への謝罪の許可を頂いてきました」
「え?」
「私が行きます」
そう言って佐山を見れば、驚いた顔で私を見ている。ちょっと痩せたから驚いているのだろうか。中嶋ちゃんは佐山の隣で泣き出しそうな顔をしている。
「善は急げ、ですよ。アポは取ってもらったので、すぐに向かいますね」
タクシーを見て手を上げれば、自動でドアが開いた。大丈夫。大丈夫ですよね、五十嵐社長。
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