上 下
35 / 65
第四章 結果こそ、自信への最短ルートです。

4-2

しおりを挟む



 IGバイオにきてから一か月と二日。少しだけついた自信は、全て五十嵐社長のお陰。

 今日のジムで量った体重は、夢の六十三キロ台になっていた。この一か月で五キロ落ちた。見るからに手入れのされていない髪はサラリと艶を帯びて、天使の輪が出来るほどに回復した。ザラついてくすんだ肌は、もっちりと息を吹き返した。鏡を見ることが、ほんの少しだけ好きになった。

 自室のテーブルに乗せた営業先リストを眺める。線で消された営業先は電話でアポイントが取れなかった営業先だ。私の力が足りないのだろう。「営業に関しては本社にお願いします」と言われて本社にかければ、ラヴィソンへの敬意を示すもそれだけだ。そうなんだ。私はラヴィソンという後ろ盾あってこそ、五十嵐社長の力あってこそ、だった。ひとりで戦えるだろうか。ヨワヨワなハートが早くも弱音を吐いている。

 トゥルルン。スマホが軽快な音を響かせて、びくりと肩を揺らしてから画面を覗き込む。

「はい」

『こんばんは。今、大丈夫ですか?』

「こんばんは。斎藤さん。どうしましたか?」

『今からメッセージ送るので見てみてください。少しでも力になれたらと思いまして』

「あ・・・、えぇ。ありがとうございます」

『じゃあ・・・、おやすみなさい』

「はい。おやすみなさい」

 一分にも満たない通話時間に暗くなった画面を前に首を傾げる。電話しなくてもメッセージひとつで済むことでは・・・? 掠れた低い声にちょっとときめいてしまったのは内緒にして欲しい。すぐにピコンと機械音が鳴って画面が明るくなると、表示されたのは斎藤さんからのメッセージだった。

 添付ファイルのURLを開けば”ドクタービューティサロン ティアラ”というエステサロンのホームページだった。屋号でドクターを名乗るだけあって、最先端の医療技術を駆使した次世代のエステティックサロンらしい。そこには再生医療の文字もある。普通のエステサロンよりも理解が深く、IGB-01の良さを分かってもらえるかもしれない。小さく頷きつつ、見えた希望を噛みしめる。

 メッセージにはファイルの他に短な言葉が添えられていた。

『ここは僕の知り合いでもなんでもありません』

 そのメッセージの奥にある優しさに気付けば心が温まる。無責任とも受け取れる言葉の裏には「ここの契約が取れても僕は関係ないですよ」というメッセージが込められている。「全て貴女の力ですよ」という斎藤さんの優しさだ。


 昨夜はティアラのことについて調べていて夜更かしをしてしまった。お陰で、昼間にジムに行った以外は気絶するように眠っていた。寝ていた身体をぐーっと伸ばしてから、風に当たるためにベランダに出る。薄暗くなったベランダの右側にある白い板。それは五十嵐社長が蹴り壊した仕切り板・・・が、新品へと変えられたものだ。福岡出張から帰ってきたら、すでに新品に取り換えられていた。それは五十嵐社長の心の壁を表しているのだろうか。

 五十嵐社長が後輩だと知って心底驚いた。私が三年生で五十嵐社長が一年生でしたって言われたって信じられない。五十嵐社長は始めから知っていたのだろうか。知っていて私を指名したのだろうか。過去の私を想像して指名したのなら、さぞ落胆しただろう。その心の内を聞きたくても、五十嵐社長からは聞けない雰囲気が漂っている。・・・いや、聞きたくないのは私か。五十嵐社長に嫌われるのが、怖い。厳しい言葉をかけてくるけれど、いつだって背中を押してくれたのは彼だ。自惚れだとしても、五十嵐社長の期待を裏切ることだけはしたくない。

 考えているうちに冷えてしまった手を擦り合わせながら室内に戻る。カーテンを閉めれば真っ暗になる室内で手探りに電気を点けた。眩しい光に目を細めてからゆっくりと開く。一番に目に入ったものは、私の部屋と五十嵐社長の自宅を繋ぐドア。警戒していたけれど、あの日以来ドアが開いたことはない。

 ゆっくりと近づいて、ドアに耳を当てる。一体何がしたいのかなんて、私だって分からない。向こう側に気配はなくて、初めてこの部屋に来た時以来にドアノブに触れてみる。鍵がかかっているのは分かっている。これは一種の願掛けのようなもので、花弁を一枚ずつ千切ってやる占いのようなものだから。・・・なんて自分に言い訳してもなんの意味もない。

 カチャン。ドアノブは呆気なく動き、すぅっとドアが軽くなるのを感じる。鍵は掛かっていなかった。一体いつからかなんて分からない。開けてあったのか、鍵を閉め忘れていたのかなんてもっと分からない。それでも溢れる欲求に身体が動いていた。五十嵐社長に会いたいと、私の全てが訴えているから。

 まるでこそ泥のようにこっそりとドアをくぐった。ここからは五十嵐社長の領域。壁を一枚隔てているだけなのに、漂う香りだって全然違うのだ。変態チックだけれど。廊下は人が通れば足元の間接照明が自然と点くようになっていて、私の存在を家主に伝えるように点灯した。廊下の突き当りの部屋から光が漏れている。その部屋の窓は縦に長い長方形のすりガラスがはめ込まれていて、中は伺えなくてもそこにいるのが分かるようになっていた。

 何をしに来たわけでもない。ただ、会いたくて来た。追い返されたら? 勝手に入ってきたことを怒られたら? それでも、私の心が焦がれている理由を確かめたくて。

 コンコン。ドアの木製部分を叩く。数秒返事がなくて、「そりゃ驚くよな」と自分に言い聞かせる。

「あ・・・、伊藤です」

「___どうぞ」

 一呼吸置いてから、ドアをゆっくりと開けた。眼鏡を掛けてパソコンに向かっていたのだろうが、そのくっきりとした瞳が今は私を見ている。

「えっと・・・」

 用事の無い私はなんと言えばいいかわからなくて口ごもる。急に恥ずかしくなって、胸の辺りからぐわーっと熱が上がってくるのを感じた。それを見ていた五十嵐社長が、かちゃと小さな音を立てて眼鏡をデスクに置く。

「コーヒーでも飲むか?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最後の恋って、なに?~Happy wedding?~

氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた――― ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。 それは同棲の話が出ていた矢先だった。 凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。 ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。 実は彼、厄介な事に大の女嫌いで―― 元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

私の婚活事情〜副社長の策に嵌まるまで〜

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
身長172センチ。 高身長であること以外はいたって平凡なアラサーOLの佐伯花音。 婚活アプリに登録し、積極的に動いているのに中々上手く行かない。 名前からしてもっと可愛らしい人かと…ってどういうこと? そんな人こっちから願い下げ。 −−−でもだからってこんなハイスペ男子も求めてないっ!! イケメン副社長に振り回される毎日…気が付いたときには既に副社長の手の内にいた。

ドSな上司は私の本命

水天使かくと
恋愛
ある会社の面接に遅刻しそうな時1人の男性が助けてくれた!面接に受かりやっと探しあてた男性は…ドSな部長でした! 叱られても怒鳴られても彼が好き…そんな女子社員にピンチが…! ドS上司と天然一途女子のちょっと不器用だけど思いやりハートフルオフィスラブ!ちょっとHな社長の動向にもご注目!外部サイトでは見れないここだけのドS上司とのHシーンが含まれるのでR-15作品です!

十年越しの溺愛は、指先に甘い星を降らす

和泉杏咲
恋愛
私は、もうすぐ結婚をする。 職場で知り合った上司とのスピード婚。 ワケアリなので結婚式はナシ。 けれど、指輪だけは買おうと2人で決めた。 物が手に入りさえすれば、どこでもよかったのに。 どうして私達は、あの店に入ってしまったのだろう。 その店の名前は「Bella stella(ベラ ステラ)」 春の空色の壁の小さなお店にいたのは、私がずっと忘れられない人だった。 「君が、そんな結婚をするなんて、俺がこのまま許せると思う?」 お願い。 今、そんなことを言わないで。 決心が鈍ってしまうから。 私の人生は、あの人に捧げると決めてしまったのだから。 ⌒*。*゚*⌒*゚*。*⌒*。*゚*⌒* ゚*。*⌒*。*゚ 東雲美空(28) 会社員 × 如月理玖(28) 有名ジュエリー作家 ⌒*。*゚*⌒*゚*。*⌒*。*゚*⌒* ゚*。*⌒*。*゚

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

入海月子
恋愛
有本瑞希 仕事に燃える設計士 27歳 × 黒瀬諒 飄々として軽い一級建築士 35歳 女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。 彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。 ある日、同僚のミスが発覚して――。

イケメンエリート軍団の籠の中

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 唯一の女子、受付兼秘書係が定年退職となり 女子社員募集要項がネットを賑わした 1名の採用に300人以上が殺到する 松村舞衣(24歳) 友達につき合って応募しただけなのに 何故かその超難関を突破する 凪さん、映司さん、謙人さん、 トオルさん、ジャスティン イケメンでエリートで華麗なる超一流の人々 でも、なんか、なんだか、息苦しい~~ イケメンエリート軍団の鳥かごの中に 私、飼われてしまったみたい… 「俺がお前に極上の恋愛を教えてやる 他の奴とか? そんなの無視すればいいんだよ」

処理中です...