21 / 65
第二章 ガタガタの階段は、しがみついて泥臭く登れば良いでしょう。
2-11
しおりを挟む向こうのソファに五十嵐社長がいる。眼鏡をかけてパソコンを操作していて、時折考えるように手を口元に持っていっている。眼鏡姿も悪くない。いや、寧ろ、良い。
「真面目にやれ」
視線を寄こすこともなく言われて、見ていることがバレてしまって恥ずかしい。こちらは集中出来ないし、居心地も悪いのだ。鼻頭に皺を寄せて舌を出してから、借り物のパソコンに視線を戻す。五十嵐社長が作った資料の多くが専門用語で分かり難い。それを調べつつ直しつつで目が疲れてしまったのだ。だから目の保養に五十嵐社長を・・・って、何考えているんだ私。
「お前、好きな食べ物は?」
「え?」
「雑談だ」
急にそう言った五十嵐社長に驚きつつ、頭に浮かんできたものがあった。
「あります。私の地元のカフェなんですけど、元々酒蔵だった建物を改築したお店で、まず雰囲気が最高なんです」
五十嵐社長は作業の手を止めて、ソファの背もたれに肘をつきながらこちらを振り返っている。相槌こそ打ってはくれないものの、話を聞いてくれる雰囲気にスラスラと言葉が出ていた。
「そこのオレオパフェが絶品です。綺麗なグラスの一番下に砕いたオレオと生クリーム、その上にパイ生地を砕いたもの。そしてチーズクリームが乗って、次は苺ゾーンです。また生クリーム&オレオがきて、最後にバニラアイスとチョコアイスに苺のソース。もう、さいっこうなんです」
「俺は甘いものが得意ではない」
「でしたら、コーヒーと一緒にどうぞ。オレオクリームとコーヒーの苦みのマッチは最高です。ハーフサイズでも頼めるので、それから食べてみるのもいいかもですよ。私も一緒だったら、苦手な部分は全部私が食べます」
「ふっ。そうか・・・それは俺も食べてみたくなった」
「食べるべきです。おススメ中のおススメです」
「その調子で、な」
「え?」
こちらを見て笑った五十嵐社長は私の顔を指さした。
「好きなもののことを話すその表情、身振り手振り、魅力的な表現。お前がそこらの営業より劣っているとは思えん。弱みはひとつ。その商品の良さをお前がどれほど知っているかだ」
そう言ってから五十嵐社長は作業に戻り、相反する私は五十嵐社長の後頭部を見て呆けている。そうか。私が商品を信じていなかったから、反論が出たときに言葉が出ずに固まってしまうのか。十年間喉につっかえていたものがストンと取れた気がした。小さく頷きながらパソコン画面に向き直る。
「あ・・・」
スライドを確認中に見つけたワードは”育毛効果”。ふと思い出す若かりし頃の過ちと育毛効果が結びついた気がした。
「五十嵐社長!」
数メートル向こうにいる五十嵐社長に声をかければ、「なんだ」とぶっきらぼうな返事が返ってくる。同じ部屋にいるのに大きな声を出して話すのは変な気がして、五十嵐社長のいるほうのソファへと駆け寄る。
「ゼロワンって育毛効果があるんですか?」
「ああ。アランで検証したが、なかなか有意義な結果が得られた」
「NIKIとIGバイオのコラボ商品ってどうですか?」
パソコンだけに向けられていた五十嵐社長の瞳が、私の言葉に吸い寄せられたようにこちらを向いた。
「私は高校生の時にまつ毛を切ったことがあるんです。雑誌に毛先を少し切ると、伸びが早くなるって書いてあって。でも全然伸びませんでした」
「何を根拠に馬鹿げたことを」
呆れたように言った五十嵐社長は、私の過去の失敗を笑ったがそんなことはどうでもいいのだ。
「それで愛用していたのがNIKIのマスカラです。繊維入りでよく伸びたので。でも思ったんですよね。それって言うならばカツラじゃないですか。スッピンになれば私のまつ毛は悲惨なままで。早く伸びてくれって神に祈りました。まつ毛美容液という存在は知っていたんですけど、お金のない高校生にはそこまで手が出せなくて。だから、育毛効果のあるマスカラっていいですよね」
「___既存で在る。それにゼロワンの育毛効果は肌に付けてこその効果だ。毛だけに塗ることで効果があるわけではない。いい作物を育てるためには、いい土が必要という原理と同じだ」
「では、マスカラ下地はどうですか? マスカラは黒くなるから肌につかないように塗りますが、NIKIのマスカラ下地は透明なので根元からしっかりと塗るんです。それなら効果があるのでは?」
「___まぁ、そうだな。下地に混ぜるのであれば培養液の量もそこまで多くないから、コストも抑えられる」
頷きながらそう言った五十嵐社長と目が合う。
「大人になってからまつ毛美容液を買ったこともあります。でも面倒くさがりの私は塗るのを忘れてしまうのです。でも、マスカラ下地は忘れません」
言いながら笑顔が止まらなかった。五十嵐社長の口元が弧を描いていたから。
「いいだろう。それを軸にゼロワンをエステ部門でも使ってもらえるように資料を作成しろ」
「はい!」
朝日が差し込むリビングで、日和は柔らかなソファに頬を付けて眠っていた。秋の朝は少し冷える。満足そうな顔をして寝ながら笑う日和の肩に、手触りの良い薄手の毛布がかけられた。サラリと揺れた指通りの良い髪を、長い指先が弄んでいる。頬に触れたその手は、愛しむように日和を撫でた。
0
お気に入りに追加
72
あなたにおすすめの小説
最後の恋って、なに?~Happy wedding?~
氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた―――
ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。
それは同棲の話が出ていた矢先だった。
凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。
ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。
実は彼、厄介な事に大の女嫌いで――
元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――
元カノと復縁する方法
なとみ
恋愛
「別れよっか」
同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。
会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。
自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。
表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!
ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編
タニマリ
恋愛
野獣のような男と付き合い始めてから早5年。そんな彼からプロポーズをされ同棲生活を始めた。
私の仕事が忙しくて結婚式と入籍は保留になっていたのだが……
予定にはなかった大問題が起こってしまった。
本作品はシリーズの第二弾の作品ですが、この作品だけでもお読み頂けます。
15分あれば読めると思います。
この作品の続編あります♪
『ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編』
あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~
けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。
ただ…
トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。
誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。
いや…もう女子と言える年齢ではない。
キラキラドキドキした恋愛はしたい…
結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。
最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。
彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して…
そんな人が、
『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』
だなんて、私を指名してくれて…
そして…
スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、
『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』
って、誘われた…
いったい私に何が起こっているの?
パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子…
たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。
誰かを思いっきり好きになって…
甘えてみても…いいですか?
※after story別作品で公開中(同じタイトル)
恋に焦がれて鳴く蝉よりも
橘 弥久莉
恋愛
大手外食企業で平凡なOL生活を送っていた蛍里は、ある日、自分のデスクの上に一冊の本が置いてあるのを見つける。持ち主不明のその本を手に取ってパラパラとめくってみれば、タイトルや出版年月などが印刷されているページの端に、「https」から始まるホームページのアドレスが鉛筆で記入されていた。蛍里は興味本位でその本を自宅へ持ち帰り、自室のパソコンでアドレスを入力する。すると、検索ボタンを押して出てきたサイトは「詩乃守人」という作者が管理する小説サイトだった。読書が唯一の趣味といえる蛍里は、一つ目の作品を読み終えた瞬間に、詩乃守人のファンになってしまう。今まで感想というものを作者に送ったことはなかったが、気が付いた時にはサイトのトップメニューにある「御感想はこちらへ」のボタンを押していた。数日後、管理人である詩乃守人から返事が届く。物語の文章と違わず、繊細な言葉づかいで返事を送ってくれる詩乃守人に蛍里は惹かれ始める。時を同じくして、平穏だったOL生活にも変化が起こり始め………恋に恋する文学少女が織りなす、純愛ラブストーリー。
※表紙画像は、フリー画像サイト、pixabayから選んだものを使用しています。
※この物語はフィクションです。
【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜
湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」
30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。
一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。
「ねぇ。酔っちゃったの………
………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」
一夜のアバンチュールの筈だった。
運命とは時に残酷で甘い………
羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。
覗いて行きませんか?
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
・R18の話には※をつけます。
・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。
・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる