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第二章 ガタガタの階段は、しがみついて泥臭く登れば良いでしょう。

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 壁に掛けられた新品のワンピースを眺めながらベッドに横になっている。金髪の外国人とか、出来る美人秘書とかが似合う服だと思う。それなのにどうして五十嵐社長は、こんなカビ臭い樽のような私にコレを? そんなことを考えていたら、せっかくの休日が終わりそうになっていた。今日はジム用の服を買う予定だったのに、五十嵐社長に振り回されて終わってしまった。いいや、実際はお昼前には帰されている。私の身体ではなく心が振り回された結果、何も手に付かずに時間は午後十一時を過ぎたところだ。

 立ち上がってワンピースを手に全身鏡の前に立ち、身体に当ててみる。でかくてパンパンの顔に、はみ出した横幅と立派な大根足。似合うとかそういう次元の話ではない。それでも、このワンピースは素敵だった。これが似合う女になれたとき、私は・・・。

 沸々ふつふつと沸き上がるやる気に、なんだか居ても立っても居られなくて“減量中”ジャージを羽織ってから運動靴も履く。ここのあたりは明るいから夜でも怖くない。いつもよりサラサラの髪をお団子に結んで、キャップを深く被った。

「よっしゃ」

 玄関を出て廊下を数歩歩けばエレベーターがある。ボタンを押してからの待ち時間すら落ち着いていられない。足踏みして待てば、エレベーターが到着してドアが開いた。

「「・・・」」

 タイミングの悪い自分を呪うしかない。お迎えに来た箱の中には五十嵐社長が立っていた。

「何している」

「えっと、走りにでも行こうかなと」

「何時だと思っている」

 まるで父親のように言う五十嵐社長は、はっきりとした眉を寄せて不機嫌そうだ。

「子どもじゃないんですから。この辺は明るいし、大丈夫です。私みたいなやつ「駄目だ」

 ポケットに手を突っ込んだまま見下ろしてくる五十嵐社長は、エレベーターから動こうとしない。

「努力しろって、五十嵐社長が言ったんです」

 下唇が自然と前に出て、自分の幼稚さに驚く。それでも私にみなぎるやる気に従いたいと思ったの。「はあ」と溜息が聞こえて、また五十嵐社長を呆れさせてしまったのだと心が沈む。

「俺はお前を預かっているんだ。分かれよ」

 子どもに言い聞かせるように言うから、気まずくて顔を上げられない。言い返す言葉が何にも浮かばなくて、ジャージの裾を引っ張って込み上げてきた涙をこらえる。
 その時視界の中で影が動いて、私の腕を繊細で綺麗な手が掴んだ。そのまま腕を引かれて一歩前に出れば、五十嵐社長の胸に額がぶつかる。掴まれた腕が痛い。何も言ってくれないから、どうしたらいいかわからなくて俯いたままいるしか出来ない。

「分かった」

 頭上から降ってきた溜息交じりの声は掠れているけれど、それは呆れた溜息ではないように感じた。眉を寄せてから顔を上げれば、思ったよりも近い距離に鼓動が速まる。五十嵐社長の深く刻まれた二重が私を見下ろしていて、口角は少し困ったように笑っていた。

「お前の望みを叶えてやる」

 五十嵐社長は私の腕を掴んだまま、空いている右手でエレベーターボタンを押した。体温を感じる程の距離に、五十嵐社長からは良い匂いがする。離れたくても後ろは扉だし・・・なんて思いながら、本当は離れたくないと思っている自分もいる。

 ポーン。多分ほんの数秒だったのだと思う。五十嵐社長との抱き合うような夢時間は終わってしまった。私の腕を解放した五十嵐社長が先にエレベーターを降りて、名残惜しい気持ちを残しつつ五十嵐社長に続く。

「えっと・・・」

 到着したのは二階にある通い慣れたジムだった。しかし営業時間は疾うに終わっていて真っ暗である。隣に立っている五十嵐社長は澄ました顔をして立っているけれど・・・、いやいや入れませんが。

「ジム、営業時間終わっていますよ?」

「知っている」

「じゃあ、なんで?」

「俺はフリーパスだ」

「___VIP会員ってことですか?」

 呆れ顔で見下ろされるのはもう慣れた。五十嵐社長はポケットに入れていた手を出して、私の前でチャリチャリと振って見せた。チャリチャリの正体はキーケースである。にやっと口角を上げた五十嵐社長は悪戯っ子のような顔をしてから、ジムの鍵をいじり始めた。

「ちょっ・・・流石にピッキングはちょっと」

「馬鹿。俺のビルだから、不法侵入にはならない。テナント契約するときに、俺が自由に出入り出来るような契約を結んでいる」

「ああ、なるほど。って、俺のビルとは?」

「そのまんま」

 カチャンと軽い音が開錠を知らせる。慣れた動きでジムに入った五十嵐社長は、必要最低限の電気だけを手早く点けて行く。暗闇に取り残されるのが嫌で、慌てて五十嵐社長に続いた。

「このビルは借り物じゃないんですか?」

「違う。俺が建てた」

「いや、ビルって何億とかそんなレベルですよ? 去年まで学生だった人に建てられるものじゃ・・・」

「うちの研究施設だけで三億だ。ビル全体はもっとするに決まっているだろう」

「尚更、無理じゃないですか」

「俺には無理じゃない。十年社会人やっていた人間に出来ないことでも、俺になら出来る。分かった?」

「分かりません」

 不愉快な顔をした私を見て、五十嵐社長は口角を上げて私の頭に手の平を乗せた。

「その足りない頭で考えろ。ただし、走りながらな」

 頭を鷲掴みにされ、ぐりんと顔を向けさせられた先にはランニングマシーン。「ははっ」と乾いた笑みを返せば、五十嵐社長はにこりと嫌味に笑って壁際のベンチのほうへと歩いて行ってしまった。
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