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19.夏の夢/躊躇い

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「俺っ、は……」

 触れられたい――。
 できることなら、この痛みを拭い去ってほしい――。

 願いはあるのに、ためらいが本当の想いを打ち消していく。

「……お、お前と、こうして一緒に過ごせるだけで、充分、幸せだ……」
「なにそれ。欲が無いなぁ」

 響はせっかくの気合いが空回ったと言わんばかりに不満げだ。駄々っ子のごとくブツブツ言いながら、俺に迫ってくる。

「もっと欲張っていいんだよ。行きたいところとか言ってよ。時間ならあるからさ!」

 静かに首を振った。

 行きたいところなんて無い。
 隣にいてくれれば、それでいい。


「じゃあ、欲しいものは? あんまり高いのはダメだけど、一個くらいはあるでしょ?」
「……ッ」

 胸の奥底から込み上げてきた言葉が、唇の手前で、停止する。


 欲しいもの――。


「……、ひ……」


 この心を満たせるものは、たった一つ。
 最初から決まり切っている。


「……ひ、び……き……」

「あの……、だからさ、ボクのことじゃなくって――」

「響ッ!」


 その瞬間、俺は言ってしまった。
 まっすぐに彼を見据えて。


「……?」

 けれども本人は意味が分からなそうに、数秒間、ポカンとしていた。
 ゆっくりとまばたきをしながら、俺がなんと言ったのか噛み締めているのだろう。


「もしかして……ボク? ボクのこと?」


 目の前で彼が首をかしげた瞬間、襟元からのぞいた血色の良い肌と、ぴんと張った筋が少しだけ見えた。
 俺は身を固くしたまま、生唾を飲んでしまう。
 けれど、


「たっくん、ボクが欲しいの?」


 ストレートに言われた瞬間、逃げてしまいたくなった。


「……っ、あ、あぁ!」


 邪念が一気に吹き飛ぶ。
 突き動かされてしまった数分間の自分が恥ずかしい。
 蒸れた髪の毛が猛烈にかゆくなり、勢いまかせにかきむしってしまう。

「あっ! あっ、の、……ず、ずっと一緒にいて“ほしい”ってことだ!」

 わざとらしいと自覚しながらも、乾いた笑い声をあげてしまう。そうしないと間が持たなかった。


「……と、友達、として……これからも、ずっと……」


 だが、顔を上げて見ると彼は真顔だった。
 口を真一文字に結び、哀れむような目でこちらを見下ろしている。

 様子が変だ、と、気づいたときには、既に遅かった。
 響はわずかに腰を落とし、俺の肩に両手を置く。

「龍広くん」

 そう呼ばれるのは久しぶりだった。

「もう、いいよ」

「……え?」

「正直に言って」

「なに……」

「ボク、もう分かってるから」


 なにが――と、しらばっくれる隙さえ無かった。
 彼の指先に、ぐっ、と力がこもる。


「そういう意味だったんだよね? ……この前の、キス……」


「――っ!」


 誤魔化しようのない事実を突き付けられ、全身をぶたれたような衝撃が走った。
 シンとした静寂の中、心臓の音だけがどくどくとうるさい。何度も強く鼓動しているはずなのに、頭からは血の気が引いていく。

 頬の肉だけが、引きつったままだった。

 
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