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15.いたみ/浅い息

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「嫌だ。はなさない」

 ぽつりと言い放ったと同時に、彼は後ろから抱きついてきた。

「絶対、はなさないから」

 脇の下から挟み込むような腕の力は、とても強かった。痛いくらいに。
 言葉にならない彼の思いが伝わってくるようだった。――だから、振り払えなかった。

「たっくん」

 鼻先で首筋をなぞるように押し付けてくる。

「……んっ!」
「やっぱり。この前と同じ匂いがする」
「……」
「すっごく、……嫌なこと、されたんだよね……?」

 おそらく、もう分かってしまったのだろう。俺が何をしてきたのか。
 それでも言葉を選び、傷つけないようにしてくれている。心配してくれているのだ。
  
「この前も、そうだったの?」
「……」
「ねぇってば」

 ――こんな、俺なんかを。

「どうして黙ってるの?」
「……っ」
「ねぇ」
「……別に、……俺が、誰と、したって、関係無いだろ……」
「たっくん」

 やさしくささやくと同時に、背中をさすり始める。慰めるかのように。そっと傷口をなぞるかのように。

「嫌なのに……とっても、辛かったよね……」

 彼の手の肉質を感じていると、思わず吐息が漏れてしまう。もっと求めてしまいたくなる。

「たっくんが辛いなら、ボクだって辛いよ」

 そんな自分がたまらなく嫌だった。消えて無くなってしまいたかった。

「……もう、はなしてくれ」

 優しければ優しいほど、自分がどんどん惨めになっていく。

「いやだ」
「頼むから……」
「絶対にいやだ」
「……どうして……」
「離したら、またボクのこと避けるでしょ」

 なにも言い返せない。


 響は通せんぼをするように、俺の正面へと回り込む。そしていつもの明るい笑顔で俺を見ようとして、失敗した。
 目を見開き、喉の奥から「ああっ」と悲鳴に似た声をあげる。

「……酷い、……腫れてる……」

 まるで同じ痛みを感じているかのように、響は自らの右目をさすった。それから指を伸ばし、俺の顔にも触れる。
 腫れ上がった右目の周りをなぞるように親指を当てた。

「痛かったね……」

 そう言って撫でてくれる。

「悲しかった、よね」

 そのやさしい声色に、胸の奥がツンと痛む。
 拓海兄さんのことを思い出さずにはいられなかった。
 幼い俺が転んで泣きそうになったとき、兄はいつも頭をなでて“痛かったね”と寄り添ってくれた。
 触れられていると痛みが不思議に癒えていく、魔法の手だった。

 あの手が、愛しいはずの人を、殴りつけたなんて――。
 今だって信じたくはない。

 
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