72 / 174
12.射る女/臆病者※
1/3
しおりを挟む◆ ◆ ◆
尾津がどう言おうと、関係無い。
俺はこれで満足している。
これでいい。
──今日の俺の行動はきっと、彼を幸せにする。
あまりの嬉しさに、身体はガクガク震えた。嬉しいのに──呼吸が詰まる。胸はおろか、頭の中まで引きつったように痛みだす。
足を一歩踏み出す度、目の奥のほうから何かこぼれそうになる。
どうしても、考えずにはいられなかった。
もし──。
あのとき、俺がよからぬことを吹き込んだら──。
その嘘を信じた塩田まほが、心の底から失望したら──。
彼女に突然別れを切り出されたら、あいつは──。
きっと、戻って来てくれただろう。
尾津の言う通りに。
俺はすぐさまその弱みにつけ込んで、そして──。
「……バカがっ……!」
愚かでしかない想像を打ち消すように首を振り、こめかみを殴った。
たとえ嘘だって、俺はあいつを悪く言うことなんてできない。
なのに、なにを考えているのだろう。
──あいつは、幸せになる。
この真実だけでいいだろう。
これですべて終わりだ。続きなど必要ない。めでたしめでたし。
俺にできることはもうなにも無い。
「……これで、いい……」
彼がこれからどんなに幸せになったって、たくさん笑ったって、そばにいるのは、俺じゃない。
隣にいるのは、もう、俺じゃない。
──あいつは、幸せになる。
「……よかった」
──でも、俺には何も残っていない。
「よかっ……た、ん、だ……」
──俺はこれから、どうなる?
「……俺、は……」
──あいつがそばにいない俺は、これから……。
想像できなかった。
このまま平然と夏が過ぎ、ずっと一人で生き続けるなんて。
あいつがそばにいないまま、ずっと──。
想像できるわけがなかった。
なのに、そんな日々は現実に迫ってきている。
鳥肌が立った。
ざわざわと、焦りのようなものが込み上げてくる。どうしようもない虚しさと混ざり合って、手足がうずきだす。
「俺、は……」
無理やりに閉じ込めていた感情が、胸の奥で弾けた。
それはまるで血のようにどろどろと流れていき、なにもかもを溶かしていく。
「……お、……れっ……」
溶ける。
今まで大切にしてきた思い出が。
溶ける。
忘れぬようにしてきた甘い言葉たちが。
溶ける。
気づくと、道の真ん中で立ち止まっていた。
家まであともう少しなのに、そこから一歩も踏み出せなくなる。
足の感覚が無くなって、もう前へも後ろへも行けそうにない。
生ぬるい夜風だけが吹きすぎる。
0
お気に入りに追加
100
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
男子中学生から女子校生になった僕
葵
大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。
普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。
強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!
女子に間違えられました、、
夜碧ひな
青春
1:文化祭で女装コンテストに強制的に出場させられた有川 日向。コンテスト終了後、日向を可愛い女子だと間違えた1年先輩の朝日 滉太から告白を受ける。猛アピールをしてくる滉太に仕方なくOKしてしまう日向。
果たして2人の運命とは?
2:そこから数ヶ月。また新たなスタートをきった日向たち。が、そこに新たな人物が!?
そして周りの人物達が引き起こすハチャメチャストーリーとは!
ちょっと不思議なヒューマンラブコメディー。
※この物語はフィクション作品です。個名、団体などは現実世界において一切関係ありません。
ずっと女の子になりたかった 男の娘の私
ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。
ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。
そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。
女装とメス調教をさせられ、担任だった教師の亡くなった奥さんの代わりをさせられる元教え子の男
湊戸アサギリ
BL
また女装メス調教です。見ていただきありがとうございます。
何も知らない息子視点です。今回はエロ無しです。他の作品もよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる