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10.ふたり/致命傷

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「……ケ、ティと……?」

 不自然にその名を出され、兄はさらに目を見開いた。明らかに戸惑っているようだ。
 一気に顔を赤くさせ「えっ、あっ」と、まごついている。
 やがて返ってきたのは、

「……いっ、いいに決まってんだろ!」

 ──予想どおりの言葉だった。

「なに言わせんだよ、突然」

 汗までかいているらしい。首の後ろや頬をさすり、にやにやと照れ笑っている。
 とても見ていられなくて、俺は目をそらしてしまった。スプーンを置き、膝の上で、ぐっ、と両手を握る。

「最近、モデルさんとか色んな人と仕事するけどさ、その度に思うんだ。あいつが一番キレイだって……」

 何も知らぬ兄は、ぽろぽろと胸の内をもらし始める。
 まるで宝箱を開いてみせるかのように。

「オレには……、あの美しさは、とても作り出せそうにないから、」

 そこで言葉を切り、肩で大きな溜息をついた。
 うっとりとした、恍惚の吐息。

「たまに、怖くなる」

 前に言っていた。
 兄はケティの笑顔にたまらなく惹かれたのだと。
 普段は気怠げに世界を見つめている切れ長の目が、ふっとほころぶ。
 すると、まるで世界の全てが彼――彼女――を飾りつけるためだけに存在しているように思えて、胸がざわつくのだと。

「──って、ちょっと大袈裟か」

 ケティのことを冗談っぽく語る兄は、本当に幸せそうだった。

 ──早く、言おう。

「……兄、さん……、れ……」

 決意とは裏腹に、言葉が喉元で絡み、声にならない。

「……おっ、……俺……」

 きっと、兄にとってケティは心の中を彩る花なのだろう。その優雅な美しさをいくえにも重ねて咲く、大輪の花。
 ──俺の身体から罪悪感を吸い上げて咲く、しとやかな花。

「いやぁ、真っ向から改めて聞かれると焦るわ! すっげぇ照れる」

 ──ダメ、だ。

「あんまりお兄たんをからかうんじゃありまちぇんよ!」

 ──言えない。

 両手の震えはいつの間にか全身にまで広がっていた。おさえこむように、噛み合わせた奥歯に力を入れる。

 なにをいまさら偽善者ぶっているのだ。
 とっくに裏切ってしまった後だというのに。

 兄さんは、知らない。

 俺にとってケティの笑顔は、逃げることのできぬ恐怖だということを。

 ケティが微笑むとき。
 それは、美しさという化けの皮がはがれる瞬間である。
 この身体に触れるとき、彼はいつも笑っている。お気に入りの玩具を手にした子どもみたいに。とても楽しそうに。
 その表情の裏にあるのは、“どうにでもなればいい”という投げやりと、本当の己を解き放ちたいという衝動だ。
 あまりにも大きく、したたかすぎる欲望。
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