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9.ふたり/ひとり

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「たっくん、大丈夫? やっぱり飲み過ぎだよ……」

 耳元で名を呼ばれる。

 憂いまじりの湿っぽい声。
 背中に回った手。
 服越しに感じるぬくもり。
 触れ合うことで気づく肉体のたくましさ。

 これは、夢だと思った。何度も何度も焦がれ、思い描いた瞬間。
 それが現実になるなんて――。


「んー、なんだろぉ、これ」

 だが、それを嬉しく思ったのはほんの数秒のこと。

「やっぱいい匂い」

 うっとりと目を閉じた彼は、まるで犬みたいに俺の首に鼻先を寄せている。
 肌に吐息がかかった。

 途端、ぞわっと鳥肌が立つ。

 だって、いま、響が嗅いでいるのは――。
 この身体に染みついているのは、昨晩の――。


「離せっ!」


 衝動的に、突き飛ばしていた。
 身体の奥底が――散々弄ばれたところが――今にも目覚め、熱を帯びてしまいそうだった。

 そんなこと、絶対にあってはならない。
 そうなったら俺は、自分をとめられなくなってしまう。


「……ごっ、ごめん……」

 後ろによろめいた響は、気まずそうに頭をかいている。

 俺はたまらなくなって、前のめりになった。そのままアスファルトに膝をついてしまう。瞬く間に視界がにじみ、彼の不安げな表情も揺れる。

「えっ、あ! あの、ホントごめん! ……なんか、すっごく、いい匂いだったから……つい……」

 いい。
 謝らなくていい。

 違うのに。

「ごめんね、具合悪いのに。ごめん」

 違う。

 本当は。
 嬉しかった。

 もっと、長く抱いてほしかった。
 もっと強く、抱いてほしかった。
 それなのに――。

「……響っ」

 こんな身体じゃ、素直に喜べない。

 
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