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9.ふたり/ひとり

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「――あれ?」

 近くで聞こえる電子音に気づいたらしい。キョロキョロと辺りを見回し始める。

「たっくんだ!」

 俺を見つけるのに、そう時間はかからなかった。
 嬉しそうに歩み寄ってくる姿に、俺は思わず、後ずさる。

「なんでここにいるの!?」

 今日ほど彼を見て悲しくなったことはない。

「なんか顔色悪いね」

 触れ合ったばかりの唇が濡れているのを至近距離で目にし、圧倒的な現実に打ちのめされたような気になる。逃げたかった。

「分かった。二日酔いでしょ?」

 体が動かなかった。

「ダメだよ。試験余裕だからって気ぃ抜いてちゃあ」

 笑顔の彼がどんどん近づいてくる。

「いくらたっくんでも油断してると絶対痛い目見るんだからね!」

 気がつくと、その唇の動きばかり凝視していた。
 明るい笑みをたたえながら、ハキハキとよく動く口。

 ――俺も、触れたい。

 つややかで、やわらかそうなそこに、触れてみたい。やさしく重ね合わせ、気の済むまでずっとむさぼりたい。
 そうしたら昨晩のことなんて忘れてしまえる──。
 
 
「……ひ、びき」
「ん?」

 俺はそっと彼の左肩を掴んだ。身をかがめ、顔を寄せていく。

「あ」

 あともう少しで届くというところで、その口がパカリと丸く開いた。

「今日のたっくん、なんか、いい匂いがする」

 その言葉が胸に深く突き刺さった。
 再び呼吸が詰まり、肺が締め付けられるような痛みで我へと返る。

 ――俺は一体、何をしているのだ。

 今になって心臓の鼓動が強く激しくなる。欲望に突き動かされ、取り返しのつかぬ過ちを犯す寸前だった。
 慌てて手を離し、身を引こうとした――そのとき急に目の前が、ふっ、と白くかすんだ。

「――たっくんッ!」

 次の瞬間、俺の体は響の腕の中にあった。

「ねぇ、大丈夫!? ねぇったら!」

 自分では何が起きたのか分からなかった。一瞬のうちに頭から血の気が引いて、意識まで遠のいたような――そんな気がした。
 力が抜けかけた俺の身体を、彼はしっかりと支えてくれている。

 
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