40 / 174
8.繋ぐ罪/ふたり
2/4
しおりを挟む「ごめん、もっかい言って」
響は甘えるように耳を寄せてくる。
俺に“貞操”を求めて。
「……っ、うぁ」
心臓が無駄にバクバクし始める。
──何を動揺しているのだ。
俺は彼の辞書。
純真無垢なその頭に、“貞操”の正しい読み方を叩き込まなくてはならない。
辞書として。あくまで辞書として、だ。
どうせやるなら何もかも割り切ってやるしかないのだ。
「て、い、そ、う!」
その四文字を口にした途端、猛烈な疲労感が体を重くさせた。
まさか、彼の耳に向かって貞操を叫ぶ日がくるとは思わなかった。
「ていそー?」
だが、俺の達成感に対して響はポカンとしている。そう、彼は“貞操”の意味も知らないのだ。
無知とは時に残酷である。
「……なっ、……なん、て、いうか……その……」
俺が、響に、貞操を──。
分かりやすく、貞操を、教える──。
無理だ。
できない。
できっこない!
「ああっ! 分かった。これって貞子の“貞”だ!」
「は?」
「井戸から出てくるやつ!」
「……はぁ」
なにが分かったというのか。
「そっか、ありがとねー!」
問題はまったく解決していないのに、彼は一人で納得し、難読字だらけの世界へと戻って行く。
体中がのぼせあがった辞書男だけが、現実に放り出される。
心の中で、俺は激しく身悶えた。
恥ずかしい。
どうにもこうにも恥ずかしい。
頭を抱え、髪をかきむしり、叫びながら地団駄を踏む妄想。
きっと、いかがわしい単語に線や印を付けられる辞書は、こんな気持ちなのだろう。
こんなの──。
生殺しにされているのと同じだ。
「あっ!」
彼がまた声をあげる。さらに嫌な予感。
ビクッとおびえる俺にはまったく気づかず、響は真面目な生徒よろしくハキハキと質問する。
「龍広先生、こっちはなんですか?」
指の先には、“愛撫”の文字。
「……っぐ」
ある意味、さっきのより酷い。
およんでいる。
完全に、およんでいる。
“貞操”を破り、事におよんでるじゃないか。
「……ぁ、っい、ぶぅう……!」
その返答は、ほとんど泣き声みたくなってしまった。
「撫か!」
当然のごとく、“意味は?”と目配せしてくる。
俺の頭の中の理性が悲鳴をあげた。これ以上ドギマギすると逆にあやしまれるぞと警告する。いつもの自分に戻るのだと叫んでいる。
「……っや、やさしくなでるって、こと、だ」
あくまで冷静に、なるべく淡白に答えた。
「そっか。“なでる”か! ありがと」
さっきからなんなんだ。
冷や汗が出てしょうがない。
貞操とか愛撫とかそんな単語が出てくる作品なんて、卑猥だ。絶対に卑猥だ。
俺の隣で響がそんな卑猥小説を読んでいる、なんて。
──我慢、できない。
0
お気に入りに追加
102
あなたにおすすめの小説
どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら
風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」
伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。
男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。
それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。
何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。
そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。
学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに!
これで死なずにすむのでは!?
ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ――
あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?
俺、可愛い後輩を無理やり犯して調教してます
もあ子ちゃん
BL
アレンの働くカフェに現れた新人ジェレミー。
ジェレミーが可愛くてつい騙して薬を飲ませ家に連れ込んでしまう…
泣いて嫌がるジェレミーと今日も楽しい夜が始まるのだった。
※表紙イラストの制作は春日部様(Twitter:@naegiyadorigi)が担当して下さりました!
素敵なイラストをありがとうございます!
毎週 月曜・水曜・金曜・日曜の22時更新予定!
ーーーーーーーーーーーーー
このお話は「僕、先輩の愛奴隷になる事を強要されてます」という作品を責め視点から辿ったお話です。
どちらから先に読んでも不自然がないように出来ていますが是非受け視点からの作品もご覧下さい!
ーーーーーーーーーーーーー
今世ではあなたと結婚なんてお断りです!
水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。
正確には、夫とその愛人である私の親友に。
夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。
もう二度とあんな目に遭いたくない。
今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。
あなたの人生なんて知ったことではないけれど、
破滅するまで見守ってさしあげますわ!
ボーダー×ボーダー
まさみ
BL
『学校に爆弾を仕掛けた』
「は?」
『とめてくれないか、俺を』
大晦日、家にかかってきた一本の電話が平凡な高校生・秋山透をトラブルに巻き込む。学校に爆弾を仕掛けたてこもった親友・麻生譲をとめるため透は走る。タイムリミットは0時、はたして彼は間に合うのか。タイムリミテッド学園ミステリ。
表紙:ダム穴様
恋人から性欲処理は浮気じゃないとキレられた僕はクラスメートに寝取られる
雫谷 美月
BL
学園の魔術クラスに在籍するロジェは恋人のマキシムが娼館にいったことを知り、学園の校舎裏でマキシムと口論してしまう。マキシムから「性欲処理は浮気じゃない」とキレられて1人取り残されるロジェ。そこを偶然クラスメートのカラスバに見られてしまい、恥ずかしさのあまり逃げ出すが、逃げ出した先で騎士団長の息子とどこかの貴族令息が性行為をしているのを見てしまい、カラスバに口封じで辱めを受けてしまう。
「彼氏も言ってたよね『性欲処理は浮気じゃない』って。彼氏から許可が出てるからいいんだよ」
ロジェはカラスバに辱められながらも、彼から与えられる快楽に溺れていく。
-----------------------------------
性欲有り余る天才魔術師(攻)✕何も罪がない真面目な平凡魔術師(受)
受は攻以外の男にも抱かれたり、複数で犯されたりします。ご注意ください。
-----------------------------------
※他サイトからの転載になります
※エロは全体的にありますのでご注意ください。
※【ご注意】「寝取られ」があります。苦手な方はご注意ください。
※強姦、複数、筆おろしがあります。ご注意ください。
※男性妊娠の描写があります。苦手な方はご注意ください。
※登場人物に、作者の他作品のキャラやその子供がでてますが、読んでなくても問題ありません。
転生おばさんは有能な侍女
吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした
え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀?
転生おばさんは忙しい
そして、新しい恋の予感……
てへ
豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!
漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?
みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。
なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。
身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。
一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。
……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ?
※他サイトでも掲載しています。
※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。
突然現れた自称聖女によって、私の人生が狂わされ、婚約破棄され、追放処分されたと思っていましたが、今世だけではなかったようです
珠宮さくら
恋愛
デュドネという国に生まれたフェリシア・アルマニャックは、公爵家の長女であり、かつて世界を救ったとされる異世界から召喚された聖女の直系の子孫だが、彼女の生まれ育った国では、聖女のことをよく思っていない人たちばかりとなっていて、フェリシア自身も誰にそう教わったわけでもないのに聖女を毛嫌いしていた。
だが、彼女の幼なじみは頑なに聖女を信じていて悪く思うことすら、自分の側にいる時はしないでくれと言う子息で、病弱な彼の側にいる時だけは、その約束をフェリシアは守り続けた。
そんな彼が、隣国に行ってしまうことになり、フェリシアの心の拠り所は、婚約者だけとなったのだが、そこに自称聖女が現れたことでおかしなことになっていくとは思いもしなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる