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5.艶ノ色/卑屈弟 ※

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 ◆ ◆ ◆




 次の日はどこにも行けなかった。

 とにかく誰にも会いたくなくて、布団にくるまって過ごした。
 何かを考えてしまうのも嫌で、ひたすら惰眠をむさぼった。

 やっと起き上がる気になったのは、夕方過ぎ。
 十数時間眠っていたはずなのにまったく寝た気がしなかった。喉が相当渇いているのか、息を吸うと痛む。
 徹夜明けのようなぼんやりとした頭で、洗面台の前に立つ。
 冷水で顔を洗い、喉を潤し、ふと、鏡の中の自分を見た。
 ある部分に目が吸い寄せられる。

 首元の赤いアザ。
 花びらを散らしたように、いくつもついている。

 否が応でも目に入る位置。もちろん、それを見越して付けたのだろう。
 あの情事を嫌でも思い出すように。

「……バカが」

 思わず口から漏れた悪態はケティへのものであり、自分自身に対してでもあった。
 兄が留守だった時点で、あんなことになると予想できたはず。
 それなのに避けなかった。

 

 ケティと関係を持ったのは、彼が兄と同居し始めてすぐ──ちょうど二年前くらい──からだった。
 最初に押し倒されたときは激しく抵抗した。冗談かその場のノリだと信じていたから。
 だが、彼は本気だった。

 ──「大切な“弟”をぐちゃぐちゃにする背徳感を味わいたいの」

 などと言って美しく笑い、唇をおしつけてきた。
 遂には犯される寸前になり、『口でするだけ』という契約で応じてしまったのだ。
 一度きり──のはずが、それ以来、何度も何度も。

 仕方なく始めた関係。
 それでも事の最中は気持ちが良かった。
 同じ男であるせいか、それとも彼の力量なのか、イイところを探り出され、抵抗しながらも快楽に溺れてしまう。
 そうやって、瞬間的には満たされた気分になれた。
 だが、しょせんは愛の無い行為。
 肌を重ねるにつれて、虚無感が大きく膨らんでいった。
 兄に知られたらどうなってしまうのか。考えただけでゾッとした。
 だから半年前、もう二度と関係を持たぬと決めたのだ。以来、二人きりにならぬよう警戒してきた。

 ──はずだった。

 なのに昨日のあのザマである。
 兄に会いたいのなら、直接連絡すれば良かったというのに。
 わざわざ部屋を訪ねる必要はなかったというのに。

 ──「こうしてほしかったんでしょ?」

 微笑をたたえる紅い唇を思い出す。
 彼の言う通りだったのかもしれない。
 
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