43 / 53
連載
042 JPファミリーの拠点に向かう。
しおりを挟む
「安心して。ついていってあげるよ」
ユーリと狐顔の視線が交わる。
「……ついてこい」
狐顔は抑揚のない声を作るが、わずかに声が揺れ、動揺を隠し切れなかった。
「なにしている、早く立て」
狐顔がイノシシ男を蹴っ飛ばす。
その衝撃で我を取り戻し、イノシシ男は立ち上がる。
立ち上がったものの、膝はガクガクと震えていた。
対して、ユーリは楽しくてしょうがない様子。
声が弾み、ウキウキと踊り出しそうだ。
「じゃあ、遊びに行ってくるね」
「ユーリちゃん……」
「平気だよ。おねえさん」
「大丈夫か?」
「おっちゃんも安心して。こんなチンピラ程度どうってことないから」
ユーリは二人を安心させる。
信じられない思いだが、彼女の声を聞いて、二人は自然と大丈夫に思える。
「あっ、そうだ。そこの少年」
「えっ……僕ですか?」
遠巻きに成り行きを見守っていた一人の少年に声をかける。
少年は巻き込まれたかもしれないと、オロオロしている。
「あはは。そんなにビクビクしなくても平気だよ。ちょっと君にお願いがあるんだ」
「お願い……ですか?」
少年はますます不安になる。
十代半ばであるが、年下であるユーリ相手に敬語だ。
「冒険者ギルドに行って、Aランク冒険者のクロードに伝言をお願い。『ユーリはJPファミリーのアジトにいるよ』って伝えて」
「はっ、はい」
お願いの内容を聞き、少年は安心する。
「じゃあ、頼むよ。これ、お駄賃」
「えっ、こんなに貰えるんですか」
少年の問いにユーリは答えず、笑顔を浮かべるだけ。
たしかに、お遣いの駄賃としては破格だ。
「わっ、わかりましたっ!」
ユーリの気持ちが変わらないうちにと、少年は硬貨を握り締め、ギルドに向かって駆け出した。
「どっち?」
「こっちだ。ついてこい」
狐顔が先頭を歩き、その後ろにユーリ。
最後尾のイノシシ男は足をガクガクさせ、足をつっかけ、転びそうになりながら、なんとか後をついてくる。
未だに調子が戻らず、冷や汗をダラダラと流していた。
狐顔も余裕というわけではない。
いつ後ろから刺されるか――恐怖で後ろが向けなかった。
余裕があるのはユーリ一人。
いつも通り。いや、いつもより楽しそうだ。
一行は広い通りを離れ、路地裏に入っていく。
「ふんふんふ~ん!」
ユーリはご機嫌で鼻歌交じり。
黙って進む二人とは対照的だ。
「へ~、この辺はこんな感じなんだ」
通りから少し中に入るだけで、ガラッと変わる。
建物も暮らす人も。
街の表しか知らないユーリには、新鮮でキョロキョロと辺りを見回している。
「今度、暇なときに探検しよっと」
だんだんと道が狭くなり、暗くなり、湿った空気とすえた匂い。
あるところを境に、別の世界に迷い込んだようになる。
「これがスラムなんだ。見れてよかった。案内してくれてありがとー」
ユーリのお礼の言葉を二人は無視する。
貴族令嬢にしか見えない彼女が、どうしてこうまで落ち着いているのか、不思議でならなかった。
スラムは住む者にとっても不快な場所だ。
慣れぬ者であれば、一秒でも早く立ち去りたい。
しかし、ユーリは悠然と歩く。
興味津々で。
これからJPファミリーの本拠地に連れて行かれるというのに……。
――いったい、こいつは何者なんだ。
狐顔の男は後悔していた。
決して関わってはいけない相手だ。
なぜ、気がつけなかったのか。
見かけに騙されてしまった。
だが、それと同時に「ここで止めた」では済まないことも知っている。
そうしたら、もっと酷い目に遭わされると分かっている。
自分にできるのは、言われた通り、拠点まで案内するだけ。
後は、ボスに丸投げしよう。
そう思い、黙々と足を動かす。
壊れかけの見窄《みすぼ》らしい家屋。
生きているか死んでいるか分からない道端に寝っ転がる者。
痩せ衰え、ギラギラした目をした子どもたち。
露《あら》わで、なまめく姿態で春をひさぐ女。
女の金で酔い潰れている男。
違法薬物の煙と、夢の世界に生きる人々。
――自分が皇帝だったらどうするか?
ユーリは思いを巡らせる。
光があれば、闇がある。
眩しければ眩しいほど、影は深く暗くなる。
それは、人も、街も――同じだ。
スラム問題を解決する一番簡単な方法がある。
住人を皆殺しにして、スラム街を燃やし尽くせば――それで解決だ。
もちろんジョークだ。
ジョークでなければ、イカれた独裁者だ。
そんなことをしたって、すぐに次のスラムが生まれるだけだ。
前世では、スラムや貧困の問題は、優秀な部下に任せた。
報告はしっかりと確認したが、実地レベルのことはほとんど知らない。
――どこから手をつけるのか?
――そもそも手出しするのが正解か?
ユーリは思考の渦に身を任せる――。
「ここだ」
【後書き】
次回――『JPファミリーの拠点に殴り込む。』
ユーリと狐顔の視線が交わる。
「……ついてこい」
狐顔は抑揚のない声を作るが、わずかに声が揺れ、動揺を隠し切れなかった。
「なにしている、早く立て」
狐顔がイノシシ男を蹴っ飛ばす。
その衝撃で我を取り戻し、イノシシ男は立ち上がる。
立ち上がったものの、膝はガクガクと震えていた。
対して、ユーリは楽しくてしょうがない様子。
声が弾み、ウキウキと踊り出しそうだ。
「じゃあ、遊びに行ってくるね」
「ユーリちゃん……」
「平気だよ。おねえさん」
「大丈夫か?」
「おっちゃんも安心して。こんなチンピラ程度どうってことないから」
ユーリは二人を安心させる。
信じられない思いだが、彼女の声を聞いて、二人は自然と大丈夫に思える。
「あっ、そうだ。そこの少年」
「えっ……僕ですか?」
遠巻きに成り行きを見守っていた一人の少年に声をかける。
少年は巻き込まれたかもしれないと、オロオロしている。
「あはは。そんなにビクビクしなくても平気だよ。ちょっと君にお願いがあるんだ」
「お願い……ですか?」
少年はますます不安になる。
十代半ばであるが、年下であるユーリ相手に敬語だ。
「冒険者ギルドに行って、Aランク冒険者のクロードに伝言をお願い。『ユーリはJPファミリーのアジトにいるよ』って伝えて」
「はっ、はい」
お願いの内容を聞き、少年は安心する。
「じゃあ、頼むよ。これ、お駄賃」
「えっ、こんなに貰えるんですか」
少年の問いにユーリは答えず、笑顔を浮かべるだけ。
たしかに、お遣いの駄賃としては破格だ。
「わっ、わかりましたっ!」
ユーリの気持ちが変わらないうちにと、少年は硬貨を握り締め、ギルドに向かって駆け出した。
「どっち?」
「こっちだ。ついてこい」
狐顔が先頭を歩き、その後ろにユーリ。
最後尾のイノシシ男は足をガクガクさせ、足をつっかけ、転びそうになりながら、なんとか後をついてくる。
未だに調子が戻らず、冷や汗をダラダラと流していた。
狐顔も余裕というわけではない。
いつ後ろから刺されるか――恐怖で後ろが向けなかった。
余裕があるのはユーリ一人。
いつも通り。いや、いつもより楽しそうだ。
一行は広い通りを離れ、路地裏に入っていく。
「ふんふんふ~ん!」
ユーリはご機嫌で鼻歌交じり。
黙って進む二人とは対照的だ。
「へ~、この辺はこんな感じなんだ」
通りから少し中に入るだけで、ガラッと変わる。
建物も暮らす人も。
街の表しか知らないユーリには、新鮮でキョロキョロと辺りを見回している。
「今度、暇なときに探検しよっと」
だんだんと道が狭くなり、暗くなり、湿った空気とすえた匂い。
あるところを境に、別の世界に迷い込んだようになる。
「これがスラムなんだ。見れてよかった。案内してくれてありがとー」
ユーリのお礼の言葉を二人は無視する。
貴族令嬢にしか見えない彼女が、どうしてこうまで落ち着いているのか、不思議でならなかった。
スラムは住む者にとっても不快な場所だ。
慣れぬ者であれば、一秒でも早く立ち去りたい。
しかし、ユーリは悠然と歩く。
興味津々で。
これからJPファミリーの本拠地に連れて行かれるというのに……。
――いったい、こいつは何者なんだ。
狐顔の男は後悔していた。
決して関わってはいけない相手だ。
なぜ、気がつけなかったのか。
見かけに騙されてしまった。
だが、それと同時に「ここで止めた」では済まないことも知っている。
そうしたら、もっと酷い目に遭わされると分かっている。
自分にできるのは、言われた通り、拠点まで案内するだけ。
後は、ボスに丸投げしよう。
そう思い、黙々と足を動かす。
壊れかけの見窄《みすぼ》らしい家屋。
生きているか死んでいるか分からない道端に寝っ転がる者。
痩せ衰え、ギラギラした目をした子どもたち。
露《あら》わで、なまめく姿態で春をひさぐ女。
女の金で酔い潰れている男。
違法薬物の煙と、夢の世界に生きる人々。
――自分が皇帝だったらどうするか?
ユーリは思いを巡らせる。
光があれば、闇がある。
眩しければ眩しいほど、影は深く暗くなる。
それは、人も、街も――同じだ。
スラム問題を解決する一番簡単な方法がある。
住人を皆殺しにして、スラム街を燃やし尽くせば――それで解決だ。
もちろんジョークだ。
ジョークでなければ、イカれた独裁者だ。
そんなことをしたって、すぐに次のスラムが生まれるだけだ。
前世では、スラムや貧困の問題は、優秀な部下に任せた。
報告はしっかりと確認したが、実地レベルのことはほとんど知らない。
――どこから手をつけるのか?
――そもそも手出しするのが正解か?
ユーリは思考の渦に身を任せる――。
「ここだ」
【後書き】
次回――『JPファミリーの拠点に殴り込む。』
82
お気に入りに追加
2,520
あなたにおすすめの小説
異世界道中ゆめうつつ! 転生したら虚弱令嬢でした。チート能力なしでたのしい健康スローライフ!
マーニー
ファンタジー
※ほのぼの日常系です
病弱で閉鎖的な生活を送る、伯爵令嬢の美少女ニコル(10歳)。対して、亡くなった両親が残した借金地獄から抜け出すため、忙殺状態の限界社会人サラ(22歳)。
ある日、同日同時刻に、体力の限界で息を引き取った2人だったが、なんとサラはニコルの体に転生していたのだった。
「こういうときって、神様のチート能力とかあるんじゃないのぉ?涙」
異世界転生お約束の神様登場も特別スキルもなく、ただただ、不健康でひ弱な美少女に転生してしまったサラ。
「せっかく忙殺の日々から解放されたんだから…楽しむしかない。ぜっっったいにスローライフを満喫する!」
―――異世界と健康への不安が募りつつ
憧れのスローライフ実現のためまずは健康体になることを決意したが、果たしてどうなるのか?
魔法に魔物、お貴族様。
夢と現実の狭間のような日々の中で、
転生者サラが自身の夢を叶えるために
新ニコルとして我が道をつきすすむ!
『目指せ健康体!美味しいご飯と楽しい仲間たちと夢のスローライフを叶えていくお話』
※はじめは健康生活。そのうちお料理したり、旅に出たりもします。日常ほのぼの系です。
※非現実色強めな内容です。
※溺愛親バカと、あたおか要素があるのでご注意です。
異世界漫遊記 〜異世界に来たので仲間と楽しく、美味しく世界を旅します〜
カイ
ファンタジー
主人公の沖 紫惠琉(おき しえる)は会社からの帰り道、不思議な店を訪れる。
その店でいくつかの品を持たされ、自宅への帰り道、異世界への穴に落ちる。
落ちた先で紫惠琉はいろいろな仲間と穏やかながらも時々刺激的な旅へと旅立つのだった。
借金背負ったので兄妹で死のうと生還不可能の最難関ダンジョンに二人で潜ったら瀕死の人気美少女配信者を助けちゃったので連れて帰るしかない件
羽黒 楓
ファンタジー
借金一億二千万円! もう駄目だ! 二人で心中しようと配信しながらSSS級ダンジョンに潜った俺たち兄妹。そしたらその下層階で国民的人気配信者の女の子が遭難していた! 助けてあげたらどんどんとスパチャが入ってくるじゃん! ってかもはや社会現象じゃん! 俺のスキルは【マネーインジェクション】! 預金残高を消費してパワーにし、それを自分や他人に注射してパワーアップさせる能力。ほらお前ら、この子を助けたければどんどんスパチャしまくれ! その金でパワーを女の子たちに注入注入! これだけ金あれば借金返せそう、もうこうなりゃ絶対に生還するぞ! 最難関ダンジョンだけど、絶対に生きて脱出するぞ! どんな手を使ってでも!
召喚勇者の餌として転生させられました
猫野美羽
ファンタジー
学生時代最後のゴールデンウィークを楽しむため、伊達冬馬(21)は高校生の従弟たち三人とキャンプ場へ向かっていた。
途中の山道で唐突に眩い光に包まれ、運転していた車が制御を失い、そのまま崖の下に転落して、冬馬は死んでしまう。
だが、魂のみの存在となった冬馬は異世界に転生させられることに。
「俺が死んだのはアイツらを勇者召喚した結果の巻き添えだった?」
しかも、冬馬の死を知った従弟や従妹たちが立腹し、勇者として働くことを拒否しているらしい。
「勇者を働かせるための餌として、俺を異世界に転生させるだと? ふざけんな!」
異世界の事情を聞き出して、あまりの不穏さと不便な生活状況を知り、ごねる冬馬に異世界の創造神は様々なスキルや特典を与えてくれた。
日本と同程度は難しいが、努力すれば快適に暮らせるだけのスキルを貰う。
「召喚魔法? いや、これネット通販だろ」
発動条件の等価交換は、大森林の素材をポイントに換えて異世界から物を召喚するーーいや、だからコレはネット通販!
日本製の便利な品物を通販で購入するため、冬馬はせっせと採取や狩猟に励む。
便利な魔法やスキルを駆使して、大森林と呼ばれる魔境暮らしを送ることになった冬馬がゆるいサバイバルありのスローライフを楽しむ、異世界転生ファンタジー。
※カクヨムにも掲載中です
とある婚約破棄の顛末
瀬織董李
ファンタジー
男爵令嬢に入れあげ生徒会の仕事を疎かにした挙げ句、婚約者の公爵令嬢に婚約破棄を告げた王太子。
あっさりと受け入れられて拍子抜けするが、それには理由があった。
まあ、なおざりにされたら心は離れるよね。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
貧乏男爵家の四男に転生したが、奴隷として売られてしまった
竹桜
ファンタジー
林業に従事していた主人公は倒木に押し潰されて死んでしまった。
死んだ筈の主人公は異世界に転生したのだ。
貧乏男爵四男に。
転生したのは良いが、奴隷商に売れてしまう。
そんな主人公は何気ない斧を持ち、異世界を生き抜く。
【完結】冷遇された私が皇后になれたわけ~もう貴方達には尽くしません~
なか
恋愛
「ごめん、待たせた」
––––死んだと聞いていた彼が、私にそう告げる。
その日を境に、私の人生は変わった。
私を虐げていた人達が消えて……彼が新たな道を示してくれたから。
◇◇◇
イベルトス伯爵家令嬢であるラシェルは、六歳の頃に光の魔力を持つ事が発覚した。
帝国の皇帝はいずれ彼女に皇族の子供を産ませるために、婚約者を決める。
相手は九つも歳の離れた皇子––クロヴィス。
彼はラシェルが家族に虐げられている事実を知り、匿うために傍に置く事を受け入れた。
だが彼自身も皇帝の御子でありながら、冷遇に近い扱いを受けていたのだ。
孤独同士の二人は、互いに支え合って月日を過ごす。
しかし、ラシェルが十歳の頃にクロヴィスは隣国との戦争を止めるため、皇子の立場でありながら戦へ向かう。
「必ず帰ってくる」と言っていたが。
それから五年……彼は帰ってこなかった。
クロヴィスが居ない五年の月日、ラシェルは虐げられていた。
待ち続け、耐えていた彼女の元に……死んだはずの彼が現れるまで––
◇◇◇◇
4話からお話が好転していきます!
設定ゆるめです。
読んでくださると、嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。