上 下
29 / 53
連載

028 ロブリタ侯爵家に殴り込む。

しおりを挟む
「みんな、ビックリさせちゃってごめんね。今から、侯爵のところに遊びに行って来る。お詫びにクロードが驕ってくれるから、今日は好きなだけ飲んで、食べて、騒いでね」

 今まで静まりかえっていた冒険者たちは、その言葉に我に返った。
 ギルド中に歓声が沸き起こる。

「さあ、行こっか。早速、ヴァイスが役立つとはね」

 侯爵領まで普通の馬なら、五日はかかる。
 だが、ヴァイスなら明朝までに着くだろう。
 ただ、それはユーリ一人ならばの話だ。
 クロードも人並み以上に乗馬ができるが、いくら良馬に乗ったとしても、ヴァイスの足下にも及ばない。
 クロードの顔が青ざめる。

 だが、そこに救いの声が――。

「ねえ、私も連れてってよ。役に立つから」
「アデリーナはいらないよ」
「そう言うと思ったんだけど、コレがあるよ」

 アデリーナが取り出したのは転移石だ。
 行ったことのある場所に転移できる魔法の石だ。

「うん、じゃあ、いいよ」

 クロードはホッと胸をなで下ろした。
 転移石のおかげで、ヴァイスで駆けるユーリに着いて行かずに済んだのだ。
 珍しく、アデリーナに感謝したい気持ちだ。
 そんな彼にアデリーナが小声で耳打ちする。

「念のためにロブリタ侯爵調べておいたんだ。感謝してよね」
「ああ、助かった」
「アンタからその言葉を聞けただけで、行ってきた甲斐があったわね」

 楽しげにアデリーナが微笑む。

「それで、どうするの? すぐ行く?」
「うん、さっさと行って、ちゃちゃっと済ませちゃお」
「じゃあ、近く来て」

 転移石の効果は使用者の半径1メートル以内。
 その範囲にいて、転移を望む者も一緒に連れて行く。
 拒む者を無理矢理、転移させられないから、誘拐などには使えない。

『――転移《サムウェア・ファー・ビヨンド》』

 次の瞬間、三人は室内にいた。

「私のセーフハウスよ」

 上級冒険者は依頼で各地を飛び回る。
 こうやって、各地に拠点を構えるのが普通だ。
 クロードもいくつか所有しているが、ロブリタ侯爵領にはなかったのだ。

「アデリーナ、助かったよ。早速だけど、案内ヨロシクね!」
「いえいえ、ユーリちゃんのお願いなら、なんでも叶えてあげるよ」
「お姉ちゃん、好き~」

 ユーリにギュッとと抱きつかれ、アデリーナは幸せそうな顔をする。

「じゃあ、いこっ!」

 家を出ると、そこはユーリの知らぬ街。

「こっちだよ」

 アデリーナの案内で侯爵邸に向かう。
 しばらく歩いて、到着する。

 大きな門の前には、当然だが、数人の門番が立っており、誰何《すいか》してくる。

「何者だ。ここはロブリタ侯爵の館だ」

 門番が威嚇するが、ユーリはどこ吹く風だ。
 ユーリが門に近づき、門番が咎めようとし――意識を失ってバタリとその場に崩れ落ちる。

「スゴっ!」

 ユーリとしてはちょっと威嚇しただけだが、その鮮やかさにアデリーナは驚く。
 自分でもできなくはない芸当だが、ここまでは無理だ。

 ――バンッ。

 ユーリは何食わぬ顔で門を蹴破り、堂々と敷地に入る。

「何事だっ!」

 その音に多くの武装した男たちが集まる。
 侯爵の私兵だ。

「クロード、つゆ払い、ヨロシク!」
「御意」

 クロードは魔力を練り上げ――。

『――見即破《シーク・アンド・デストロイ》』

 放たれた魔力は一部を除いて、屋敷全体を覆う。
 次いで、バタバタと倒れる音。
 屋敷にいた者は意図して外した者を除いて全員が失神した。

「ついておいでよ」
「御意」
「あっ、ああ」

 アデリーナは言葉を失う。
 さっきのユーリにも驚いたが、クロードの魔法も規格外だ。

 ユーリを先頭に三人は館に入る。
 さっき兵士たちが飛び出てきたので、扉は開きっぱなしだ。

「こっちだね」

 ユーリは迷わず進む。

「うわ、ホントにみんな倒れてる……」

 アデリーナは呆れ顔で、そう漏らす。
 途中、ユーリもクロードも、今までは平静であったが、ユーリがピクリと眉をひそめる。
 同時に、クロードも察した。

「ユーリ様……」
「分かってるよ。予想はしてたからね……」

 アデリーナはゾッとする。
 急に気温が下がった――ユーリの態度が変化しただけで。
 二人は何かに気がついたようだが、彼女はその理由が分からずにいた。

「先にゴミ掃除だよ」
「御意」

 邪魔する者がいない廊下を進んでいき、三人は目的の場所――ロブリタ侯爵の執務室にたどり着いた。

 ――ドォォン。

 ユーリが豪奢な扉を力任せにぶん殴り、扉は粉々になった。

 ――ユーリ様は相当にお怒りだ。

 クロードは密かに笑みを浮かべる。
 トラブルが大好きなのは、彼も同じだった。


【後書き】
次回――『ロブリタ侯爵、終わる。』
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私が妊娠している時に浮気ですって!? 旦那様ご覚悟宜しいですか?

ラキレスト
恋愛
 わたくしはシャーロット・サンチェス。ベネット王国の公爵令嬢で次期女公爵でございます。  旦那様とはお互いの祖父の口約束から始まり現実となった婚約で結婚致しました。結婚生活も順調に進んでわたくしは子宝にも恵まれ旦那様との子を身籠りました。  しかし、わたくしの出産が間近となった時それは起こりました……。  突然公爵邸にやってきた男爵令嬢によって告げられた事。 「私のお腹の中にはスティーブ様との子が居るんですぅ! だからスティーブ様と別れてここから出て行ってください!」  へえぇ〜、旦那様? わたくしが妊娠している時に浮気ですか? それならご覚悟は宜しいでしょうか? ※本編は完結済みです。

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

転生したら死にそうな孤児だった

佐々木鴻
ファンタジー
過去に四度生まれ変わり、そして五度目の人生に目覚めた少女はある日、生まれたばかりで捨てられたの赤子と出会う。 保護しますか? の選択肢に【はい】と【YES】しかない少女はその子を引き取り妹として育て始める。 やがて美しく育ったその子は、少女と強い因縁があった。 悲劇はありません。難しい人間関係や柵はめんどく(ゲフンゲフン)ありません。 世界は、意外と優しいのです。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

王族に婚約破棄させたらそりゃそうなるよね? ……って話

ノ木瀬 優
恋愛
ぽっと出のヒロインが王族に婚約破棄させたらこうなるんじゃないかなって話を書いてみました。 完全に勢いで書いた話ですので、お気軽に読んで頂けたらなと思います。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。