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~悪役令嬢とヒロインの物語~

10(ミランダ・ヴェルミリオの一日:2)

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 コニャック夫人は時間通りにやってきた。

 首のあるブラウスはレースと刺繍を施してあり、袖は長いパフスリーブ。裾だけが広がった長いスカートはマーメイド風だ。肌をあまり出さない服が多い夫人だが、その美しさは若いころから変わらない。

 コニャック夫人は未亡人で私の家庭教師だった。それは美しい人で、多くの男性から求婚されていた。

「伯爵や公爵様からもプロポーズされたんでしょう?」
「あら、ミランダ様、どこでお聞きになりましたの? ミランダ様にはそんなうわさ話似合いませんわよ」
 笑顔はまるでバラがその花びらを広げ咲き始めた時のようだ。
 女の私から見ても、ため息が出るような美しさで、なぜ求婚を受けないのか、謎でもあった。

「ミランダ様、もうすぐ社交界デビューですわね」
「ええ、まあ」
「あまり乗り気ではございませんの?」

 その通り、父も母も嬉しそうだが、これでもうひとりの世界は終わっていくのだな、と思うとなぜか寂しかった。

「私、今のままがいいんです。でもそんなこと誰にも言えない。みんなデビュタントを楽しみにしています。私みたいな子はいないんですもの」
 目を丸くしたコニャック夫人はふふふと笑うと、
「今日は私の話をしましょうか」
 と椅子に座った。



 コニャック夫人の名前はアンジェリック・ロースタスという。
 デビュタントでは多くの男性の目を引いた。まるで女神を描いた絵画から出てきたような美しい少女。ホールに足を踏み入れると、今までの喧騒が嘘のようにシンっと音のない世界へと変わった。

「じゃあ、そこでコニャック侯爵さまとお会いになったんですの?」
「いえ、彼は私を見ていたようですが、ダンスには誘われませんでしたの。というより、誰ともダンスしなかったんです」
「え?」

「私、好きな人がいたんです」

 え? え?

 身体を乗り出す私にコニャック夫人は笑った。

 その人は、ゴールドスミスとして隣国から来ていたの。
 金細工の職人。腕がいい職人は貴族や果ては王宮のご用達のゴールドスミスも存在する。

 隣国の宮廷ご用達のゴールドスミスに弟子入りして学んだあと、この国の工房に勉強をしに来ていたのよ。
 それは才能のある人だったわ。

 私、彼の作品に一目ぼれしたの。いったいどんな人がこんな繊細なブレスレットを作ったのかしら。気になって気になって仕方なかったの。

 いとこがお金のある辺境伯と結婚が決まったときに指輪を彼に作らせたのよ。
 特注ですからね、彼も要望を聞きに店に来ると言うので無理を言って連れて行ってもらったの。
 一目で恋に落ちたわ。向こうも同じだった。まるで時が止まるってああいうことをいうのね。

 それから私は彼のことばかりが頭を支配して、他に何も考えられなくなっていたわ。
 何とかして会いたい。だけど、彼のいる工房に用事もないのに行くわけにもいかない。
 とうとう私は寝込んでしまったの。

 そんなときだったわ、コニャック侯爵が私に求婚してきたのは。
 私は何の病気かわからない、侯爵に迷惑をかけるわけにはいかないと、父はそう伝えたの。
 私にとってはありがたかった。だって他の人と結婚するなんて考えられなかったもの。

 だけど、侯爵は何度も何度もお見舞いに来てくれたの。私に気がないのはわかっていたみたい。それでも何度もやってきた。根負けして会うと、楽しませる話を一生懸命話してくれた。悪い人ではないとはわかった。

 ある日、彼は言ったわ。
 あなたの好きな指輪を贈りたい。
 つまりは結婚をしたい、と改めて求婚してきたの。

 私、いとこが特注の指輪をってもらったって話をしたの。
 私もデザインや使う石、自分で考えて職人に伝えたい。いとこは職人と相談して決めていた。私もそうしたい。同じ職人さんが腕がよかったから同じ人がいい。

 わかるでしょ?
 そうすれば彼に会える。
 何度も。

「それで? その彼に会ったの?」
 2人はどうなったの? と聞きたかったがそれは憚れた。だって、彼女はコニャック夫人になったんだもの。

「会えたわ。2人っきりの作業が何日か続いたの」
 それはそれは幸せな日々だった。
 彼の作る指輪は私の想像以上に素敵なもので。だけど出来上がるということは離れなければいけないということ。

 それは最後の日だったわ。
 出来上がった指輪を彼からつけてもらったの。一応のサイズとデザインを指につけてみるためとか理由をつけてね。

 私は言ったわ。
「結婚式のようですね。ずっとこのままだったらいいのに」
 彼の困ったような表情を見なくとも、無理なことはわかっていたわ。
 そして私はコニャック様と結婚をしたの。

「彼は? ゴールドスミスの彼はどうなったんですか」
 コニャック夫人は静かに笑うと、
「国へ帰ったわ。そのあと、戦争があったのよ。隣国と海を渡った国との間で」
 まさか。
「死んだわ、戦火でね」
「嘘」
 思わず口を押える私に、コニャック夫人は静かにほほ笑んだ。

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