少女が過去を取り戻すまで

tiroro

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本編

26:虎穴にいらずんば

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 教室に入ると、クスクスと笑う声が聞こえた。

 吉田さんの手には菊の花の挿された花瓶。
 そして、何も言わず教室を出て行ってしまった。


「吉田の奴、ショックで震えてたぜ」

「あれだけやっても、あいつ何も言わないのな」
   
「面白ぇ、次は何してやろうか」

 そんなことを言いながら、渡辺達が盛り上がっている。
 ……犯人はあいつらか。
 
 
 吉田さんは、そのまま教室に戻ってこなかった。
 先生にこっそり聞いたら、体調が悪いということで保健室で休んでるらしい。
 たぶん早退するだろう、とのことだった。
 迎えには、吉田さんのお母さんが来るんだろうか。

 河村智沙の方を見てみると、彼女は我関せずといった感じで周りの女子と話している。

 あのメモは、河村さんが元凶だと教えてくれた。
 でも、今のところそんな素振りは見えない。

 現状は、渡辺達を止める方が優先か。


*****


 給食の時間。

 いつも通り、机を合わせて準備を進めていた。
 給食を食べる時は、場所ごとに6人ずつ席を合わせて食べることになっている。
 そのためか、席が近い人とは友達になりやすい。

 だけど、渡辺達の場合は別だ。
 どれだけ席が離れていても、取り巻きの家来達と彼女?の森山さんは、渡辺と一緒に給食を食べていた。
 他にも、渡辺が気に入った女子を呼んだり、あいつらほんとやりたい放題だ。


「日高! 今日はお前、こっちな!」

 渡辺が手招きしている。
 なんで私が?

「行った方がいいよ……」

 野村さんが小声で言ってくる。

 断ろうにも、ここで断ったら何されるかわからない。
 ……仕方ない、行こう。

 琢也が心配そうにこちらを見てる。
 大丈夫、何かあるまでは大人しく従っておくから。


「日高さん、ようこそ」

 森山さんはそう言って、私の手を取ってきた。
 なんだ? 思ってた感じとなんか違うな……。

「何身構えてんだ? とりあえず、座れ」

「お邪魔します……」

 覚悟はできていたけど、渡辺達と直接話すのはさすがに緊張する。

「ま、力抜けよ」

 そう言って、渡辺は私の隣に移動してきた。
 どういうつもりだ、こいつ……?

「何で私を呼んだんですか……」

 昨日呼ばれていたのは小野寺さんだっけ。
 渡辺と何か話してたみたいだけど、内容までは聞こえてこなかった。
 
 さっきから渡辺がじっと見てくるんだけど、ほんとなんなんだ?
 これってもしかして、ガン飛ばされてるってやつ?
 やっぱり、私はシメられるのか……?


「お前が……俺の、好みだからだ」

「なっ……!? ななななな……!?」

 急に何言ってんの、こいつ!?
 びっくりして箸落としちゃったじゃないか!

「照れてるの? 可愛らしい」

 森山さん、何言ってんの!?
 あんた、こいつの彼女だったんじゃないの!?

「渡辺様は、日高さんみたいな子が好きみたいよ」

「意味わかんない……二人とも、付き合ってるんじゃなかったんですか?」

「ばーか、こいつとはただの幼馴染だ。
 うちの親父が経営してる会社と、こいつの親父の会社で付き合いがあって、それで俺達も仲良くしてるだけの話だ」

「あ、そう……」

 私の勘違いか……森山さんなら、クールビューティーな悪女って感じでお似合いだったのに。
 それにしても、普通、幼馴染に『様』なんて付けるか?
 私だったら、小岩井に『様』付けるとかありえないし。

「プリンは好きか?」

「あ、いえ……お構いなく」

 ……好きだけども。
 それよりも、さっきからどうなってるんだこの展開。
 予想してたのと違いすぎて、頭が若干パニックなんだけど。

「お前、西田と仲良いのか?」

「え……? はい、3年4年と同じクラスでしたから」

「敬語はいい。普通に喋れ」

「えー……」

「なあ、俺と西田、どっちがいい?」

「ええと……、どっちかというと琢也……」

「お前、そこは謙輔さんって言うべきだろ」

 江藤がジト目で抗議してくる。
 知らんがな。

「……俺も、謙輔って呼べ!
 あいつだけ名前呼びなんてズルいだろ! 俺も謙輔って呼ばれたい!!」

 なんで!?

「渡辺様、そうとう日高さんにお熱なのね。ふふっ……ほんと、妬けちゃうわ……」

 なんか森山さんの私を見る目が怖い……。
 幼馴染とか言いながら、実は森山さんが渡辺を好きなパターンだろ、これ。

 てゆうか、何これ……。
 相当覚悟決めてきたのに、待っていたのは気の抜けるような展開。


 こうして話してみると、こいつらもそんなに悪い奴らじゃないように思えてくる……。
 何も知らずに一緒のクラスになっていたら、案外仲の良いクラスメイトくらいにはなっていたのかもしれない。

 でも……それとこれとは話が別。
 吉田さんをいじめるこいつらのことを、私は好きにはなれない。


「今度さ、俺達ボウリングしに行くんだけど、お前も来ないか?」

 遊びのお誘いか。
 正直なところ、こいつらとそこまで仲良くする気は無い。
 形だけ仲良くなっておいて、説得するのはありかも知れないけど。
 私一人だけじゃ、うまくいくとは思えないし……。

「せっかくだけど」
「西田も呼ぶからさ!」

 琢也も呼ぶの?
 新学期早々あんなことしておいて、どうやって琢也を誘う気なんだ。

「他にも呼びたい奴いるか? 玲美が呼びたい奴なら誰でもいいぜ」

 誰でも? ……さりげに私のこと名前呼びに変えやがったな。

「誰でもってことは、別のクラスの子でもいい?」

「俺はいいぜ。お前らはどうだ?」

「謙輔さんがいいなら、俺らも構わないスよ」

 誰でもねぇ……。

「じゃあ、5年1組の伊藤悠太郎君でもいい?」

「えー……、あいつかー……」

 考え込む渡辺。

 悠太郎のことを知っていたのか。
 ファンクラブもあるくらいだし、あいつ結構有名なのかもね。

「ぜひ呼びましょう!」

 森山さんが乗り気だ。
 もしかして、ファンクラブ会員の方ですか?

「しょうがないな……じゃあ、伊藤も呼んでやるから、玲美も絶対来いよ」

「それなら良いよ。絶対、琢也と悠太郎も呼んでね。じゃないと行かないから」

「わかった、約束する」

 そんなことを話しながら、緊張の給食の時間は過ぎて行った。


*****


「日高さん、どうだった?」

 野村さんが興味津々すぎて怖い。

「なんか、遊びに誘われた」

「そっかー、やっぱりねー」

 やっぱりってどういうこと?

「小野寺さんが、さんざん日高さんのことについて聞かれたって言ってたから」

「はあ?」

「で、どうするの? 行くの?」

「とりあえず保留。私の友達も一緒に行くならってことにしておいた」

 なんで小野寺さんから私のこと聞こうとしたんだ、あいつ。
 前のクラスが一緒だったってだけで、友達ってほどでもないのに。
 結局わからなかったから、今日は直接私を呼んだんだな。




 お昼休み、5年1組に向かう。

 もちろん、悠太郎にさっきのことを話すためだ。
 急に渡辺達にボウリングに誘われても、何のことかわからないだろうから。


「……そっか、そんなことがあったのか」

「うん。急な話なんだけど、渡辺達から声がかかると思うから……ごめんね、勝手に名前出しちゃって」

「渡辺ね……わかったよ。俺も行く」


 悠太郎はあっさり了承してくれた。

 琢也も誘いが来たら行くって言ってた。断ったら、私が心配だからって。
 ほんと、琢也には心配ばかりかけて申し訳ないです……。
 
 あと、意外だったけど、たぶん私は渡辺に好意を持たれている。
 これをうまく利用することができれば、吉田さんの苛めをやめさせる切っ掛けになるかもしれない。
 虎穴に入らずんばなんとやらってやつだ。
 なんだったっけ。

 あんな奴らと遊んだり仲良くするのは癪だけど、これも吉田さんのためだと思って頑張ろう。




 ボウリングは次の日曜日か。
 そういえば私、ボウリングやったこと無いじゃん。
 お父さんに聞いたら教えてくれるかな?

 とにかく、日曜日。
 あとのことは、その時になったら考えよう。
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