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第37話 ハッピーエンド
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翌日、僕は柚希と二人でかつて姫野家だった建物に訪れていた。
一年前まで彼女が暮らしていた豪邸は既に売りに出されており、そこに彼女の両親はもう住んでいない。
彼女の両親は娘が亡くなったことがショックで、この町を出ていってしまっていたのだ。
「柚希……」
彼女にかける言葉が見当たらない。
柚希はこの世から消えた存在となっているのだから。これから先の彼女のことを考えると胸が痛い。すべては不甲斐ない僕のせいだ。
あの日、柚希の遺体が横たわっていたリビングを見つめる僕に、
「すべて終わったことよ。きっとこれで良かったのよ」
呟いたその表情はどこか寂しげだった。
僕は柚希にまだやり残したことがあると言い、服の中から二人の黒い日記を取り出した。
「それは……」
「うん、まだあと一回、会いに行けるんだよ」
「でも、そんなことをしても……。その私は既に存在していないのよ。未来が変わったのなら、彼女の存在も」
無論柚希の言いたいことは分かっている。
それでも僕は……。
「思念を残した彼女はここにいるんだよ。彼女にすべてを伝えることが、僕の義務だと思うんだ」
「夜戯乃くんが辛くなるだけかも知れないわよ?」
「それでも、やっぱり僕は会わなければいけないんだ。もう一人の姫野柚希に」
「……そう」
それ以上、彼女が口を開くことはなかった。
◆
四回目、最後になったデートの場所は自然公園。
初夏が近づき、裸になったソメイヨシノの下でシートを広げる二人を、僕は遠巻きに見つめていた。
彼女はこれまで通り化粧直しに行くと言って席を立ち、しばらく無言で僕の前を歩く。 そんな彼女の背中を見つめながら、僕も歩調を合わせた。
「上手くいったようね」
「わかるの……?」
「ええ、恋人の顔を見れば大抵のことはわかってしまうものよ」
寂しいそうな彼女の声音が耳をなぜると、僕は途端に息ができないほど苦しくなってしまう。
「少し座って話しをしてもいいかしら?」
言葉に詰まる僕に気がついた彼女が、振り向きざまに言った。
「うん」
僕は小さく頷いた。
公園の池の前に設置されたベンチに腰を下ろし、僕は白黒の景色に見惚れるフリをしながら、彼女に伝えるべき言葉を探す。
僕が救われたとしても、いまの柚希を救うことが僕にはできない。
日記の中の姫野柚希と、日記の外で待つ姫野柚希は同一人物であるが、本質は別なのだ。
一年間という時間の中で構築された人格は、その一年間があってはじめて成立する。それを失ってしまうということは、その人ではなくなってしまうということ。
僕は彼女に何と声をかけるべきなのだろう、分からずにいた。
僕が険しい顔で考え込んでいると、彼女の優しい声が耳をくすぐった。
「祈りは天に達し、神のお慈悲に訴えかけ、すべての罪は赦されます。皆様も罪の赦しを請われるからはご寛容をもってどうかこの身を自由に」
沈黙を打ち消すように彼女がそっと囁いた。
「シェイクスピア……かな?」
「ええ、正解よ」
僕が尋ねると、彼女は小さく微笑んだ。
「どういう意味か、聞いても?」
僕の問いかけに、彼女は遠く彼方に視線を漂わせた。
「私の物語はここでエピローグを迎えるということよ。けれどそれは決して悲劇ではなく、きっと喜劇なんだと私は信じているわ。だって私も可憐も、ちなみに飛鳥も生きているのよね? それって大団円、ハッピーエンドじゃないかしら?」
たしかに、これは彼女のいう通りハッピーエンドなのかもしれない。
実際にこれ以上の結末を誰に用意できたのだろう。
なのに、それなのに……。
どうしてこんなにも涙があふれてくるのだろう。
「泣いてはダメよ、夜戯乃くん。喜劇は笑顔で幕を閉じてこその喜劇だもの。私は笑顔の夜戯乃くんが好きなのだから」
震える声に顔を上げると、彼女は泣きながら笑っていた。
誰よりも強い彼女が泣いていた。
その声に、顔に、僕の胸はキュッと締めつけられて、張り裂けそうなほど苦しくなった。
「柚希っ――!」
僕は力いっぱい彼女を抱きしめた。
「怖いわ、夜戯乃くんとの一年間が失われることが、何よりも恐ろしいの」
「ごめん、ごめんっ」
「謝らないで。私は死ぬわけではないもの。ただ、あの日々がすべてなかったことになるだけ、ただそれだけのことよ」
なにも言えない。
僕になにが言えるというのだろう。
愛する人の、たった一人の涙を止めることさえ僕にはできない。
「キス……してもいいかしら?」
「……うん」
僕たちは泣きながらキスをした。
僕の人生において、これほどまでに悲しいキスは生涯ないだろう。
それと同時にこう思う。
僕がこのキスを忘れることなんて生涯ないだろうと。
甘く切ないラズベリーの薫りを、もう一人の姫野柚希の温もりを、僕は絶対に忘れたりしない。
「――――!」
二人して泣きながら口づけを交わしていると、不意に瞼の裏側にぼんやりと映像が見えてくる。それは映画のフィルムのようで、様々な光景が次々に脳裏を掠めていく。
それは僕の知らない、知られざる一年間の記憶――いや、これは僕のものではなく、彼女の記憶なのかもしれない。
僕が知るはずのない一度目の世界。
それは彼女の『思念移行』が見せた奇跡だったのだろうか。
世界の法則や、魔法に関してわからないことだらけの僕には、それがなんだったのかは分からない。
だけど一つだけ、そんな僕にもはっきりと分かっていることがある。
僕はそれを彼女に、目の前の姫野柚希に伝えなければいけない。
そのために僕はここへ来たのだから。
抱き寄せた彼女をそっと引き離し、僕は彼女の大きな瞳と目を合わせる。
そして――
「姫野柚希、僕は君を誰もよりも愛しています。だから、僕と付き合ってください」
それは一度目の僕が言えなかった言葉。
伝えずに終わってしまった大切な思い。
僕はその大切な気持ちを自分の口で彼女に伝えなければいけない。
僕が付き合っているのは目の前の姫野柚希ではなく……いや、同じなのかもしれない。
それでも僕は彼女に、目の前の姫野柚希に伝えたかったんだ。
伝えないといけないと思ったんだ。
もう一人の僕がずっと言えなかった、大切な想いを……。
僕の告白を聞いた彼女の瞳は大きく見開かれ、やがてポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「はい」
くしゃくしゃの泣き顔のまま大きく頷いた彼女が、満面の笑顔を見せてくれる。
「愛しているわ、夜戯乃くん」
「僕も愛してる」
ずっと聞きたかった言葉がようやく聞けた僕は、もう一度強く彼女を抱きしめた。
「初めて君を見た入学式の日からずっと、ずっと君が好きだ。君だけが好きだ」
全身全霊力いっぱい彼女に愛を伝える僕だけど、無情にも時は僕たちを引き離していく。
「あっ……!?」
僕は遠ざかる彼女に叫んだ。
ありったけの心を込めて叫んだ。
「愛してる。僕は他の誰でもなく君を、姫野柚希を愛してる」
声は届いただろうか……?
その答えを僕が知ることは二度とない。
もう彼女の姿は見えないのだから。
「…………っ」
現実に引き戻された僕は泣き崩れた。
胸に抱きかかえた日記の文字は浮かび上がり、やがて音もなく消えていく。
それを悲しそうな顔で見つめる彼女は、無言で僕を抱きしめてくれる。
僕は彼女の目があるにも関わらず、日記を抱きしめながら泣いた。
子供みたいに泣き叫んだ。
泣き声はいつまでも、広い屋敷にこだました。
◆
自宅のベッドで目が覚めた僕はぼんやりと眠気眼をこする。
しばらくすると、騒がしい声と足音が聞こえてくる。
「恋人の私が起こすのが当然だと思うのだけど」
「だからそれはあんたのインチキでしょうが」
「先輩はボクの相棒なのです」
勢いよく部屋に駆け込んで来るや否や、朝っぱらから魔法少女が言い争いをはじめてしまう。
「はぁ……」
あのあとオラクルとかいう謎の光によって、柚希は亡くなった彼女の双子の姉ということになったらしい。
なんでも矛盾を回避するための手段なんだとか。
そんな凄技ができるなら、そもそも死ななかったことにはできないのかよと思ったが、それだと僕が大魔王にならない矛盾が生まれるとかなんとか、とにかく無茶苦茶な説明をされた。
オラクルとは一体何だったのか、それについては結局わからず仕舞いだ。
気にしても仕方がないと思う。
言葉では説明できない現象を、僕は嫌というほど経験してきたのだ。
しかし、問題は山のようにある。
柚希の両親はこの町から引っ越ししており、彼女には住む家がない。
そこで僕の家で一緒に暮らすことになったのだが、なぜか可憐と飛鳥も一緒に住むと言って聞かない。
可憐は親とあまり上手くいっていないらしく、飛鳥は元々一人暮らしだったのだとか。
彼女たちがこの家で一緒に暮らすかどうかは一先ず横に置いておくとして、三人はなぜこんなにも仲が悪いのだろう。
顔を合わせれば喧嘩ばかりしている。
「だから柚希と夜戯が付き合っていたのは単なる作戦でしょ」
「自分の都合の言いように歴史を変えるなんて最低です。職権乱用なのです」
「あら、付き合ったのは事実よ。可憐と飛鳥には早く別のスポットを探してもらわないと困るわ」
「嫌よ!」
「嫌ですっ!」
「探しなさい! これは命令よ!」
まあなにはともあれ、柚希の言った通り、これが最高のハッピーエンドだったのかも知れないと、今は受け入れているつもりだ。
いつまでも僕がうじうじしていたら、彼女に怒られてしまう。
喜劇は笑顔で幕を閉じるからこそ、喜劇なのだと。
制服に着替えた僕たちは慌ただしく、一斉に家を飛び出す。
「「「「いってきまーす!」」」」
この先どうなるのかなんて誰にもわからない。
世界の命運……?
魔法少女の戦い?
そんなもの知るかッ。
そんな大それたものを考えたところで、やはりスポットというモブキャラの僕にはどうすることもできない。
文句があるならあの謎の光に言ってくれ。
ただ、僕は今このときを精一杯生きるだけ。
大好きな彼女にもらった、この二度目の人生を謳歌するために……。
一年前まで彼女が暮らしていた豪邸は既に売りに出されており、そこに彼女の両親はもう住んでいない。
彼女の両親は娘が亡くなったことがショックで、この町を出ていってしまっていたのだ。
「柚希……」
彼女にかける言葉が見当たらない。
柚希はこの世から消えた存在となっているのだから。これから先の彼女のことを考えると胸が痛い。すべては不甲斐ない僕のせいだ。
あの日、柚希の遺体が横たわっていたリビングを見つめる僕に、
「すべて終わったことよ。きっとこれで良かったのよ」
呟いたその表情はどこか寂しげだった。
僕は柚希にまだやり残したことがあると言い、服の中から二人の黒い日記を取り出した。
「それは……」
「うん、まだあと一回、会いに行けるんだよ」
「でも、そんなことをしても……。その私は既に存在していないのよ。未来が変わったのなら、彼女の存在も」
無論柚希の言いたいことは分かっている。
それでも僕は……。
「思念を残した彼女はここにいるんだよ。彼女にすべてを伝えることが、僕の義務だと思うんだ」
「夜戯乃くんが辛くなるだけかも知れないわよ?」
「それでも、やっぱり僕は会わなければいけないんだ。もう一人の姫野柚希に」
「……そう」
それ以上、彼女が口を開くことはなかった。
◆
四回目、最後になったデートの場所は自然公園。
初夏が近づき、裸になったソメイヨシノの下でシートを広げる二人を、僕は遠巻きに見つめていた。
彼女はこれまで通り化粧直しに行くと言って席を立ち、しばらく無言で僕の前を歩く。 そんな彼女の背中を見つめながら、僕も歩調を合わせた。
「上手くいったようね」
「わかるの……?」
「ええ、恋人の顔を見れば大抵のことはわかってしまうものよ」
寂しいそうな彼女の声音が耳をなぜると、僕は途端に息ができないほど苦しくなってしまう。
「少し座って話しをしてもいいかしら?」
言葉に詰まる僕に気がついた彼女が、振り向きざまに言った。
「うん」
僕は小さく頷いた。
公園の池の前に設置されたベンチに腰を下ろし、僕は白黒の景色に見惚れるフリをしながら、彼女に伝えるべき言葉を探す。
僕が救われたとしても、いまの柚希を救うことが僕にはできない。
日記の中の姫野柚希と、日記の外で待つ姫野柚希は同一人物であるが、本質は別なのだ。
一年間という時間の中で構築された人格は、その一年間があってはじめて成立する。それを失ってしまうということは、その人ではなくなってしまうということ。
僕は彼女に何と声をかけるべきなのだろう、分からずにいた。
僕が険しい顔で考え込んでいると、彼女の優しい声が耳をくすぐった。
「祈りは天に達し、神のお慈悲に訴えかけ、すべての罪は赦されます。皆様も罪の赦しを請われるからはご寛容をもってどうかこの身を自由に」
沈黙を打ち消すように彼女がそっと囁いた。
「シェイクスピア……かな?」
「ええ、正解よ」
僕が尋ねると、彼女は小さく微笑んだ。
「どういう意味か、聞いても?」
僕の問いかけに、彼女は遠く彼方に視線を漂わせた。
「私の物語はここでエピローグを迎えるということよ。けれどそれは決して悲劇ではなく、きっと喜劇なんだと私は信じているわ。だって私も可憐も、ちなみに飛鳥も生きているのよね? それって大団円、ハッピーエンドじゃないかしら?」
たしかに、これは彼女のいう通りハッピーエンドなのかもしれない。
実際にこれ以上の結末を誰に用意できたのだろう。
なのに、それなのに……。
どうしてこんなにも涙があふれてくるのだろう。
「泣いてはダメよ、夜戯乃くん。喜劇は笑顔で幕を閉じてこその喜劇だもの。私は笑顔の夜戯乃くんが好きなのだから」
震える声に顔を上げると、彼女は泣きながら笑っていた。
誰よりも強い彼女が泣いていた。
その声に、顔に、僕の胸はキュッと締めつけられて、張り裂けそうなほど苦しくなった。
「柚希っ――!」
僕は力いっぱい彼女を抱きしめた。
「怖いわ、夜戯乃くんとの一年間が失われることが、何よりも恐ろしいの」
「ごめん、ごめんっ」
「謝らないで。私は死ぬわけではないもの。ただ、あの日々がすべてなかったことになるだけ、ただそれだけのことよ」
なにも言えない。
僕になにが言えるというのだろう。
愛する人の、たった一人の涙を止めることさえ僕にはできない。
「キス……してもいいかしら?」
「……うん」
僕たちは泣きながらキスをした。
僕の人生において、これほどまでに悲しいキスは生涯ないだろう。
それと同時にこう思う。
僕がこのキスを忘れることなんて生涯ないだろうと。
甘く切ないラズベリーの薫りを、もう一人の姫野柚希の温もりを、僕は絶対に忘れたりしない。
「――――!」
二人して泣きながら口づけを交わしていると、不意に瞼の裏側にぼんやりと映像が見えてくる。それは映画のフィルムのようで、様々な光景が次々に脳裏を掠めていく。
それは僕の知らない、知られざる一年間の記憶――いや、これは僕のものではなく、彼女の記憶なのかもしれない。
僕が知るはずのない一度目の世界。
それは彼女の『思念移行』が見せた奇跡だったのだろうか。
世界の法則や、魔法に関してわからないことだらけの僕には、それがなんだったのかは分からない。
だけど一つだけ、そんな僕にもはっきりと分かっていることがある。
僕はそれを彼女に、目の前の姫野柚希に伝えなければいけない。
そのために僕はここへ来たのだから。
抱き寄せた彼女をそっと引き離し、僕は彼女の大きな瞳と目を合わせる。
そして――
「姫野柚希、僕は君を誰もよりも愛しています。だから、僕と付き合ってください」
それは一度目の僕が言えなかった言葉。
伝えずに終わってしまった大切な思い。
僕はその大切な気持ちを自分の口で彼女に伝えなければいけない。
僕が付き合っているのは目の前の姫野柚希ではなく……いや、同じなのかもしれない。
それでも僕は彼女に、目の前の姫野柚希に伝えたかったんだ。
伝えないといけないと思ったんだ。
もう一人の僕がずっと言えなかった、大切な想いを……。
僕の告白を聞いた彼女の瞳は大きく見開かれ、やがてポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「はい」
くしゃくしゃの泣き顔のまま大きく頷いた彼女が、満面の笑顔を見せてくれる。
「愛しているわ、夜戯乃くん」
「僕も愛してる」
ずっと聞きたかった言葉がようやく聞けた僕は、もう一度強く彼女を抱きしめた。
「初めて君を見た入学式の日からずっと、ずっと君が好きだ。君だけが好きだ」
全身全霊力いっぱい彼女に愛を伝える僕だけど、無情にも時は僕たちを引き離していく。
「あっ……!?」
僕は遠ざかる彼女に叫んだ。
ありったけの心を込めて叫んだ。
「愛してる。僕は他の誰でもなく君を、姫野柚希を愛してる」
声は届いただろうか……?
その答えを僕が知ることは二度とない。
もう彼女の姿は見えないのだから。
「…………っ」
現実に引き戻された僕は泣き崩れた。
胸に抱きかかえた日記の文字は浮かび上がり、やがて音もなく消えていく。
それを悲しそうな顔で見つめる彼女は、無言で僕を抱きしめてくれる。
僕は彼女の目があるにも関わらず、日記を抱きしめながら泣いた。
子供みたいに泣き叫んだ。
泣き声はいつまでも、広い屋敷にこだました。
◆
自宅のベッドで目が覚めた僕はぼんやりと眠気眼をこする。
しばらくすると、騒がしい声と足音が聞こえてくる。
「恋人の私が起こすのが当然だと思うのだけど」
「だからそれはあんたのインチキでしょうが」
「先輩はボクの相棒なのです」
勢いよく部屋に駆け込んで来るや否や、朝っぱらから魔法少女が言い争いをはじめてしまう。
「はぁ……」
あのあとオラクルとかいう謎の光によって、柚希は亡くなった彼女の双子の姉ということになったらしい。
なんでも矛盾を回避するための手段なんだとか。
そんな凄技ができるなら、そもそも死ななかったことにはできないのかよと思ったが、それだと僕が大魔王にならない矛盾が生まれるとかなんとか、とにかく無茶苦茶な説明をされた。
オラクルとは一体何だったのか、それについては結局わからず仕舞いだ。
気にしても仕方がないと思う。
言葉では説明できない現象を、僕は嫌というほど経験してきたのだ。
しかし、問題は山のようにある。
柚希の両親はこの町から引っ越ししており、彼女には住む家がない。
そこで僕の家で一緒に暮らすことになったのだが、なぜか可憐と飛鳥も一緒に住むと言って聞かない。
可憐は親とあまり上手くいっていないらしく、飛鳥は元々一人暮らしだったのだとか。
彼女たちがこの家で一緒に暮らすかどうかは一先ず横に置いておくとして、三人はなぜこんなにも仲が悪いのだろう。
顔を合わせれば喧嘩ばかりしている。
「だから柚希と夜戯が付き合っていたのは単なる作戦でしょ」
「自分の都合の言いように歴史を変えるなんて最低です。職権乱用なのです」
「あら、付き合ったのは事実よ。可憐と飛鳥には早く別のスポットを探してもらわないと困るわ」
「嫌よ!」
「嫌ですっ!」
「探しなさい! これは命令よ!」
まあなにはともあれ、柚希の言った通り、これが最高のハッピーエンドだったのかも知れないと、今は受け入れているつもりだ。
いつまでも僕がうじうじしていたら、彼女に怒られてしまう。
喜劇は笑顔で幕を閉じるからこそ、喜劇なのだと。
制服に着替えた僕たちは慌ただしく、一斉に家を飛び出す。
「「「「いってきまーす!」」」」
この先どうなるのかなんて誰にもわからない。
世界の命運……?
魔法少女の戦い?
そんなもの知るかッ。
そんな大それたものを考えたところで、やはりスポットというモブキャラの僕にはどうすることもできない。
文句があるならあの謎の光に言ってくれ。
ただ、僕は今このときを精一杯生きるだけ。
大好きな彼女にもらった、この二度目の人生を謳歌するために……。
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