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第16話 魔法少女VS魔法少女

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「一先ずここを出るですっ!」

 席を立った飛鳥は足早に喫茶店をあとにする。念のため無人のレジに二人分のコーヒー代を置き、僕も飛鳥のあとに続いて店を飛び出した。

 彼女は四方の安全をしきりに何度も確認し、徐々に移動速度を上げていく。
 ふわふわした見た目とは異なり、その動きは無駄がなく、スパイ映画に出てきそうなプロっぽい動きをしている。

 さすが魔法少女だなと、わけも分からず感心してしまう。

「こっちです、先輩!」

 狭い路地に逃げ込む彼女のあとを追う形で、僕も路地に足を踏み込んだのだが、

「止まるでーすっ――!」

 急に甲高い声を響かせた飛鳥が、突然掌を僕の方に突きだしてそこで止まるように言った。

 従うように減速して立ち止まった僕は、何事かと狭い路地に目を細める。
 さらば路地の奥から一人、空色の髪の女性が不敵に笑みを浮かべながら前進してくる。

「なんだあいつは!?」

 女性は漆黒の羽が生えた悪魔みたいなワンピースを纏っており、見方を変えればイベント会場などで見かけるコスプレイヤーにも見える。

 しかも、その手には二メートル程はあろうか、黒い六角棒が握りしめられている。
 棒からは闇のような煙がゆらゆらと漂っていた。

 その女性が普通でないことは、素人目に見ても明らかだった。

「先輩、下がっていてくださいですっ!」

 緊張感のある声音が狭い路地にこだますると、彼女は一瞬僕の方を振り返り、にやり口角を引き上げた。そのまま流れるような動きで、目を覆いたくなるような厨二病全開のポーズを決める。

「へ~~~んしんっ、ですっ!」

 絶対に必要ないだろうと思われるポーズと掛け声を唱えた彼女の身体からは、神々しい光が放たれる。まるで太陽になってしまったような彼女が凄まじい光に包み込まれると、次の瞬間には中華風のゴスロリワンピースを纏っていた。

「マジかよ――!?」

 先程まではたしかにショート丈のサロペットスカートと、柄物のTシャツを着用していたはずなのに。
 早着替えとかではなく、それはまさに変身だった。

 僕は恐怖心よりも本物の魔法少女を目にしたことにより、内心興奮で歓喜していた。
 飛鳥はその場でくるっと回り、僕に見せつけるようなドヤ顔でにやにやしている。

「初めまして、と言うべきかな。天満夜戯乃」

 僕の興奮を一気に冷ましてしまうような、威圧感漂う湿った声音が大気を揺らす。

 目前の自分を無視して僕に話しかけたことが気に食わなかったのか、それとも変身の余韻を台無しにされたことに腹を立てていたのかは定かでないが、

「くぅ~~~っ!」

 飛鳥が悔しそうに地団駄を踏んでいる。

「誰だお前!? どうして僕の名前を知っているんだ!」

 飛鳥には申し訳ないが、僕も彼女越しに声を張り上げた。

「私は川利音泉華。お前たちをぶち殺しに来てやった世界の救世主様さ!」

 快活に、叫ぶように泉華と名乗った女が棍棒を振り回している。
 豪快な風切り音を奏でながら風圧でゴミが吹き飛ばしている。

 突として現れた別世界の魔法少女に奥歯を噛んでいると、

「このボクを無視するとはいい度胸でーすっ!」

 憤怒する飛鳥が泉華に右手をかざす、するとそこから目が眩むほどの光が放たれる。
 またたく間に一本の鉄槍が出現した。

「なんだい、このチンチクリンは? まさかこの私とやろうってのかい?」
「あまりボクを怒らせない方が身のためでーすっ! 老け顔おばさん」

 鉄槍を構えた飛鳥の子供じみた悪口を受け、泉華の額には青筋がむくむく這っていく。

「ふっ、老け顔だと!? この私が一番気にしてることを!」
「おばさんのゴスロリほど痛いものはないのでーす。それになにより、魔法少女は少女がなるものでおばさんがなるものではないのでーす」
「わっ、私は一八歳、ぴちぴちの女子高生だァッ――!!」

 怒りに震える泉華がブチギレた。
 地面を蹴り上げ猪突猛進、一気に距離を詰めてくる。

 ぶんっ!

 泉華が狭い路地で棍棒をフルスイングするれば、凄まじい破壊音を伴い壁が抉り削られる。
 されど、棍棒の勢いは尚も止まることなく、飛鳥の側頭部めがけて振り抜かれる。

「あぶないっ――!?」

 絶体絶命だと思った僕だったが、間一髪。
 飛鳥は鉄槍で泉華の一撃を受け止めていた。

「舐めるなでーすっ!」
「ククッ、少しは楽しめそうじゃないかい」
「いまに吠え面をかくですっ!」
「この辺りの人払いは終わっている。思う存分楽しもうじゃないかいッ!」
「うわぁっ――!?」

 泉華と競り合う飛鳥が弾き飛ばされた。まるでドッジボールでもしているかの如く、猛烈な勢いで飛鳥が吹き飛んでくる。

「あぁっん」

 僕はその場で腰を落として両手を広げ、全力で受け止めたのだが、

「すっ、すまんっ!?」

 落とさぬようにと抱きしめる形で受け止めた結果、勢い余って飛鳥の爆乳を鷲掴みにしてしまった。

「わ、わざとじゃないんだ!?」
「こんなときになにを言ってるですっ! それより助かったです。いまので魔力を補給できましたです。えっちぃ先輩に感謝でーす」
「事故だっ、いまのは事故だ! 僕はえっちぃくないからな!」
「ラッキースケベ乙でーす」

 飛鳥は恥じらうことなく、今度はこちらの番だという風に、真っ正面から泉華に突っ込んでいく。

 僕はおっぱいの感触をたしかめるように、もみもみ指を動かしながら混乱していた。

 も、もも揉んでしまった!!
 はっ、はははははじめて女の子のおおおっぱいを揉んでしまった!?
 なんという柔らかさなんだっ!
 例えるならば巨大マシュマロ!!

 なんてアホなことを考えている間にも、けたたましい衝撃音が幾度となく響き渡ってくる。

 互いの武器の形状は似ているものの、飛鳥の身長は僕の見立てでは152センチと小柄、対する泉華の身長は166センチと長身。
 対格差を考えたら飛鳥が圧倒的不利。
 現に悪魔のような笑みを顔に張り付けている泉華とは違い、飛鳥の表情は険しく歪んでいた。


「助けないと!」

 そう思うものの、狭い路地で壁を蹴り、上へ上へ浮上する二人はアニメさながらの空中戦を繰り広げている。

「マジかよ」

 瞬きするほどの短い時間に、二人は何発も打ち合っているのだ!


「あんなの混ざれるわけねぇだろ。僕は一般人なんだぞ!」
「きゃっ――!!」

 わずかな隙を突かれる形で、飛鳥の華奢な体躯に泉華の長い脚から繰り出された鞭のような一撃が叩き込まれる。

 刹那、眉をこれきりというくらいにしかめた飛鳥が、遥か前方のビルに吹き飛んでいく。

「飛鳥ッ――!?」
「お前は後回しだ、天満夜戯乃」

 蛇のような鋭い睨みを利かせた泉華が、嘲笑うかのように僕を目下に見下ろす。

 なにもできない僕を鼻で嗤い飛ばすと、泉華は吹き飛んだ飛鳥を追うように、ビルからビルへ跳び移っていく。

「待ちやがれ――!」

 僕は走り出した。
 二人の行方を追いながら何とかせねばと考える。

 だが、気勢はあれどスポットの僕には飛鳥のような特別な力がない。

「くそっ! どうすることもできなあじゃないかっ――!!」

 その時だった。

 パタンッ!

「………これは」

 両膝に手をついて白煙を舞い上げるデパートを見上げる僕の服の裾から、一冊のノートが落ちたのだ。
 柚希との交換日記が。
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