上 下
10 / 22

第10話 ヒーロー

しおりを挟む
 俺が保育園の頃、両親が事故でこの世を去った。
 だけど幼かった俺は死というものが何なのか分からなくて、泣けないでいた。

 そんな俺の代わりに、いのりは俺の手を握りしめたまま泣いていた。
 死というものが分からないくせに、両親が居なくなった俺はすっかり元気をなくしてしまい、食事もろくに喉を通らなくなっていた。

 たった一人の家族だった祖父は、そりゃまぁ頭を抱えていたという。
 出稼ぎに出ていた祖父の帰りが遅い日は、俺はいのりの家で晩ごはんを食べる。祖父といのりの両親が決めた約束だった。

「遠慮せず、もっと食べていいんだよ?」
「……うん」

 おばさんの料理は昔からとても美味しかったのだけど、俺は両親がいなくなった日から食欲が湧かなかった。

 そんな俺を見かねたのか、いのりがはじめて料理を作ってくれた。歪な形をした塩むすびだ。一緒懸命作ったから食べてという彼女。俺は正直食欲がなかった。

 けれど、せっかくいのりが俺のために作ってくれたおにぎりを食べないのも申し訳ないと思い、俺は半ば無理やり口に突っ込んだ。

 すげぇ美味かった。

 これまでに食べたどんな料理よりも、塩辛い塩むすびが世界で一番美味しくて、俺はようやく泣けた。両親がこの世を去って一月目のことだった。

 俺はお礼として三日月型の髪留めを彼女にプレゼントした。


 それから彼女の趣味は料理になり、毎日のように様々な手料理を振る舞ってくれた。
 日に日に料理の腕が上がるにつれ、スマートだったいのりの体型も徐々にふくよかになっていく。

 小学三年の頃だったと思う。
 太ったことがきっかけで、一部の心無い男子から、彼女がイジメを受けるようになっていたのは。そのことがきっかけで、いのりは学校を休みがちになった。

 俺は今こそ恩返しの時だと思い、イジメっ子たちにイジメをやめるように言った。
 が、子供ってのはとても残酷な生き物で、やめろと言ってやめるようなイジメなんて存在しない。

 だからと言って諦める俺ではない。
 俺は来る日も来る日もイジメっ子たちと対峙した。

 学校で、公園で、駄菓子屋の前で、何度も派手に喧嘩をした。いつも決まって負けるのは俺だ。

 ボロボロになって帰るたび、いのりはいつもおどおどしながら、もういいよって言っていた。いいわけあるか! 俺が怒鳴り散らすと、彼女は小さくうなずく。

 いつしかそんな俺の噂はクラスメイトたちに知れ渡り、元々イジメっ子たちをよく思っていなかった連中が協力したい、そう言ってくれるまでになっていた。

 クラスメイトたちの団結力により、いのりのイジメはなくなった。
 結局なにもできなかった俺だったけど、いのりは俺のことをヒーローだって言ってくれた。

 俺はそれが嬉しくて、彼女の前では何があってもヒーローで居続けることを誓った。
 それは中学に上がっても変わらず、鮫島たちにイジメられている奴がいれば、俺は駆けつけた。一度も喧嘩に勝ったことなんてなかったけど、俺は彼女が見ている前では絶対に負けない。

 例えばそれが街一番の不良であっても、人々から恐れられるモンスターであっても、俺は負けない。

 喧嘩が強いとか弱いとかじゃない。ステータスが優れているとかいないとかでもない。
 俺は須藤いのりが見ている前では、完全無欠のヒーローになる。それが俺のささやかなプライドだ。

 だから――

「くそがぁああああああああああああああああああああっ!!」

 完全無欠のヒーローたる俺は、目の前で動けずにいる女子生徒を見捨てちゃいけないんだ。
 そんなのは、いのりの知る俺じゃない。

「ダメっ――――吉野ッ!」

 女子生徒に飛び掛かるゴブリンに、俺は捨て身のタックルを仕掛けた。
 幸いゴブリンの得物だった包丁は刃が折れて使い物にならなかった。

「今のうちに、早く逃げろっ!」

 俺は無我夢中でゴブリンを押さえ込もうと必死だったのだけど、俺の筋力は俺が考えている以上に衰えていた。

「くそっ……マジかよッ」

 ゴブリンの力はせいぜい小学生程、そのはずなのに、俺はゴブリンに力負けしていた。
 体当たりして押し倒し、マウントを取っていたはずの俺は、気がつくとゴブリンと位置が入れ替わっていた。

「うぐぅっ……」

 視界が霞む。
 ゴブリンに首を絞められ意識が朦朧としていた。たかがゴブリン程度に勇者な俺がっ……なんでッ。

「ゴブゥッ――!!」
「この野郎っ……ゴホッゴホッ」

 俺はゴブリンを蹴り飛ばし、何とか引き剥がしに成功するのだが、廊下を転がり起き上がったゴブリンの足下には、草刈り鎌が落ちていた。いのりのチャージショットで弾け飛んだゴブリンが携えていた武器だ。

「……」

 ヤバい。

 そう思った時には、草刈り鎌を拾い上げたゴブリンがこちらに向かって駆け出していた。
 予想外の事態に俺は動けず、咄嗟に腕で顔を庇うように目を伏せた。

「――――」

 何かが俺に覆いかぶさった。続けざまにうめき声が聞こえてくる。
 何が起こったのかと目を開けた俺の前には、脂汗を浮かべるいのりがいた。

「いのり……いのりぃいいいいいいいっ!」

 いのりは俺を庇うように、俺に覆いかぶさっていたのだ。彼女の背中には草刈り鎌の刃が突き刺さっている。

「にげ、て……よし、の」
「うわあああああああああああああああああああああああああ」

 俺はいのりに草刈り鎌を突き刺すゴブリンを全力でぶん殴った。吹き飛ぶと同時にいのりの背中に突き刺さっていた草刈り鎌が地面に落ちる。俺はそいつを拾い、訳のわからない叫び声を上げながらゴブリンに突撃した。

「死ねぇええええっ! 死ねッ、死ねッ、死ねッ、死ねッ、死ねッ、死ねよッ―――」

 俺は何度も何度もゴブリンに草刈り鎌を振り下ろした。とっくに動かなくなっていたゴブリンの首を掻き切ったところで、「向井くんっ!」名前を呼ばれて我に返る。
 ゆっくり振り返ると、本間が血だらけのいのりを抱きかかえていた。

「いのり……いのりっ―――!」

 俺は泣き顔のまま、いのりに駆け寄った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

趣味を極めて自由に生きろ! ただし、神々は愛し子に異世界改革をお望みです

紫南
ファンタジー
魔法が衰退し、魔導具の補助なしに扱うことが出来なくなった世界。 公爵家の第二子として生まれたフィルズは、幼い頃から断片的に前世の記憶を夢で見ていた。 そのため、精神的にも早熟で、正妻とフィルズの母である第二夫人との折り合いの悪さに辟易する毎日。 ストレス解消のため、趣味だったパズル、プラモなどなど、細かい工作がしたいと、密かな不満が募っていく。 そこで、変身セットで身分を隠して活動開始。 自立心が高く、早々に冒険者の身分を手に入れ、コソコソと独自の魔導具を開発して、日々の暮らしに便利さを追加していく。 そんな中、この世界の神々から使命を与えられてーーー? 口は悪いが、見た目は母親似の美少女!? ハイスペックな少年が世界を変えていく! 異世界改革ファンタジー! 息抜きに始めた作品です。 みなさんも息抜きにどうぞ◎ 肩肘張らずに気楽に楽しんでほしい作品です!

没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した元日本人ノエルは、父の急死によりエトワール伯爵家を継承することになった。 亡くなった父はギャンブルに熱中し莫大な借金をしていた。 さらに借金を国王に咎められ、『王国貴族の恥!』と南方の辺境へ追放されてしまう。 南方は魔物も多く、非常に住みにくい土地だった。 ある日、猫獣人の騎士現れる。ノエルが女神様から与えられた生産スキル『マルチクラフト』が覚醒し、ノエルは次々と異世界にない商品を生産し、領地経営が軌道に乗る。

ダンジョンブレイクお爺ちゃんズ★

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
人類がリアルから撤退して40年。 リアルを生きてきた第一世代は定年を迎えてVR世代との共存の道を歩んでいた。 笹井裕次郎(62)も、退職を皮切りに末娘の世話になりながら暮らすお爺ちゃん。 そんな裕次郎が、腐れ縁の寺井欽治(64)と共に向かったパターゴルフ場で、奇妙な縦穴──ダンジョンを発見する。 ダンジョンクリアと同時に世界に響き渡る天からの声。 そこで世界はダンジョンに適応するための肉体を与えられたことを知るのだった。 今までVR世界にこもっていた第二世代以降の若者達は、リアルに資源開拓に、新たに舵を取るのであった。 そんな若者の見えないところで暗躍する第一世代の姿があった。 【破壊? 開拓? 未知との遭遇。従えるは神獣、そして得物は鈍色に輝くゴルフクラブ!? お騒がせお爺ちゃん笹井裕次郎の冒険譚第二部、開幕!】

どうしてこうなった道中記-サブスキルで面倒ごとだらけ-

すずめさん
ファンタジー
ある日、友達に誘われ始めたMMORPG…[アルバスクロニクルオンライン] 何の変哲も無くゲームを始めたつもりがしかし!?… たった一つのスキルのせい?…で起きる波乱万丈な冒険物語。 ※本作品はPCで編集・改行がされて居る為、スマホ・タブレットにおける 縦読みでの読書は読み難い点が出て来ると思います…それでも良いと言う方は…… ゆっくりしていってね!!! ※ 現在書き直し慣行中!!!

自宅アパート一棟と共に異世界へ 蔑まれていた令嬢に転生(?)しましたが、自由に生きることにしました

如月 雪名
ファンタジー
★2024年9月19日に2巻発売&コミカライズ化決定!(web版とは設定が異なる部分があります) 🔷第16回ファンタジー小説大賞。5/3207位で『特別賞』を受賞しました!!応援ありがとうございます(*^_^*) 💛小説家になろう累計PV1,830万以上達成!! ※感想欄を読まれる方は、申し訳ありませんがネタバレが多いのでご注意下さい<m(__)m>    スーパーの帰り道、突然異世界へ転移させられた、椎名 沙良(しいな さら)48歳。  残された封筒には【詫び状】と書かれており、自分がカルドサリ王国のハンフリー公爵家、リーシャ・ハンフリー、第一令嬢12歳となっているのを知る。  いきなり異世界で他人とし生きる事になったが、現状が非常によろしくない。  リーシャの母親は既に亡くなっており、後妻に虐待され納屋で監禁生活を送っていたからだ。  どうにか家庭環境を改善しようと、与えられた4つの能力(ホーム・アイテムBOX・マッピング・召喚)を使用し、早々に公爵家を出て冒険者となる。  虐待されていたため貧弱な体と体力しかないが、冒険者となり自由を手にし頑張っていく。  F級冒険者となった初日の稼ぎは、肉(角ウサギ)の配達料・鉄貨2枚(200円)。  それでもE級に上がるため200回頑張る。  同じ年頃の子供達に、からかわれたりしながらも着実に依頼をこなす日々。  チートな能力(ホームで自宅に帰れる)を隠しながら、町で路上生活をしている子供達を助けていく事に。  冒険者で稼いだお金で家を購入し、住む所を与え子供達を笑顔にする。  そんな彼女の行いを見守っていた冒険者や町人達は……。  やがて支援は町中から届くようになった。  F級冒険者からC級冒険者へと、地球から勝手に召喚した兄の椎名 賢也(しいな けんや)50歳と共に頑張り続け、4年半後ダンジョンへと進む。  ダンジョンの最終深部。  ダンジョンマスターとして再会した兄の親友(享年45)旭 尚人(あさひ なおと)も加わり、ついに3人で迷宮都市へ。  テイムした仲間のシルバー(シルバーウルフ)・ハニー(ハニービー)・フォレスト(迷宮タイガー)と一緒に楽しくダンジョン攻略中。  どこか気が抜けて心温まる? そんな冒険です。  残念ながら恋愛要素は皆無です。

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない~現代ダンジョンのある学園都市で、俺はミステリアス美少女ムーブを繰り返す~

不破ふわり
ファンタジー
生まれ変わるならば、美少女であるのが当然である。 男は死後、愛読していた現代ダンジョン系漫画の世界に憑依転生する。 が、その憑依先はかませ役♂だった。 「どうして女の子じゃないんだ……!」 転生するなら美少女が良い。 そんな当たり前な真理を胸に、男はかませ役♂(出番はもうない)として目的のために生きていく。 目指すは原作で一年後に起きるTSイベントの奪取。そして、念願の美少女化! これは現代ダンジョン世界に生きる探索者の物語。 そして、TS願望に脳を焼かれた男の物語である。 なお、TS願望が転じて行った女装行為が原因で、原作の全勢力から未知の新勢力と認識され警戒されていることは考慮しないものとする。

処理中です...