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第22話 決意の夕暮れに
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「僕のせいだ!」
暮れなずむ村を闇雲に駆け抜けるヨハネスは、何度目かわからない呪詛を吐いた。
皇位継承問題で揺れ動く皇族内において、自分の立場を理解せず安易に関わり過ぎたと後悔を滲ませる。
自分がマルコスに頼らなければこのような事態は避けられたかったかもしれないと、いくら言葉を重ねても言葉にならない焦燥が、ヨハネスの頭の中でぎりぎりと軋みまわる。
『思い上がるでないわァッ――!!』
何度も僕のせいだと震えた声で繰り返すヨハネスに、雷のような怒鳴り声が突き刺さる。
大声によって大地は揺れ、ヨハネスは派手に転倒してしまう。
「痛ッ……くそっ!」
悔しくて悔しくて、手の甲に筋が浮き出るほど強く拳を握りしめる。その光景を闇に漂うソファから睨みつけるように見据えた二人が、盛大に嘆息した。
『貴様はとんだ阿呆だァッ! 貴様がどのようなくだらぬことを考えているかは知らぬが、マルコスは貴様のせいで捕まったわけではあるまい。自惚れるのも大概にするのだなァッ!』
『こいつのいう通りよ。天使ちゃんがマルコスとはじめて会ったときには、すでにマルコスは狙われていたのよ。天使ちゃんと関わったことで多少時間が延びただけに過ぎないわ』
「でもッ―――」
張り裂けそうな声が茜色の空にこだますると、少し困った顔のユイシスが駄々をこねる弟を諭すように言葉を紡ぐ。
『それにマルコスの処刑が執り行われるのは二日後、まだ十分時間があるわ。焦る気持ちもわからなくはないけど、まだ崖っぷちに追い込まれたって状況ではないと思うのよね』
「でも相手は兄上――アビルなんですよ!」
『兄、うえ……? マルコスを処刑しようとしているのは天使ちゃんのお兄ちゃんてこと? いまいち話が見えてこないわね。……ひょっとして、皇位継承問題で揉めてるとか?』
起き上がったヨハネスは肯定だと頷きながら、同時にそれだけではないと口にする。
『理由を聞かせてもらえるかしら?』
ヨハネスは兄――アビルとの確執について語り始めた。
彼に殺されかけて地下迷宮に迷い込んだこと。その際ずっと病死だと思っていた母が実は兄アビルに毒殺されたかもしれないということを知ってしまう。その中で従者は自分を助けるためにアビルに捕まってしまったかもしれない。
また、この国は現在皇位継承問題で混乱の最中にあることなど、これまで一人抱えてきた荷物を下ろすように言葉を吐き出していく。それを黙って聞いていた二人が口を開く。
『1000年経ってもくだらない皇族や王族の問題は変わらないのね』
『くだらんッ。そんなもの殺し合わせて最後に生き残った者が就けばよかろう』
落胆の色を滲ませるユイシスとは対照的に、フラムは破壊的で破天荒な意見を口にする。
「皇帝陛下は兄弟間での直接的な争いを禁じていますから」
『なぜだッ。強さこそがすべてだと分かっておるのだろ? ならば手っ取り早く――』
『あんたって本当にバカね。我が子の殺し合いを望む親なんているわけないじゃない』
「あっ、それ全然違うです」
人間を野蛮な魔族と一緒にするなと声を張り上げるユイシスを、ヨハネスはきっぱりと否定した。
『ええっ!? 違うの!?』
『バカめッ! だからそう言っておるだろうがァッ! なんでもかんでも偉そうに知った風な口を叩くでないわッ! このボンクラがァッ!』
『ならあんたには分かるってわけぇっ! 他に兄妹で殺し合うなっていう理由がっ!?』
『そんなもの一瞬で終わらせてしまってはつまらんからであろう?』
『はぁぁあああああああ!? バッカじゃないの!? 一国の王がそんな理由で――』
「その通りです!」
『え……?』
予想外の返答にユイシスは目を白黒させて硬直してしまう。我が耳を、目を疑うようにパチパチ睫毛を鳴らしていた。
「皇帝陛下は酔狂な人ですから、単純に今の状況を楽しんでいるんですよ」
『楽しむ……つったって、争ってるのは自分の子供たちなのよ!?』
「そういう人なんですよ」
苦笑いを浮かべるヨハネスを見て、ユイシスは胸が引き裂かれそうなほどであった。
『天使ちゃんには申し訳ないけど、そいつは愚王よ! 最低のクズだわ!』
『わからんでもない』
強い憤りに身が震える彼女の隣で、フラムは皇帝の気持ちが分かると口にした。その発言にユイシスの怒りはフラムへと向けられる。
彼女は今にも殴りかかってしまいそうな目付きで彼を睨みつけた。
『わからんでもって、あんたって本当に最っ低!』
『貴様には王の退屈さなどわかるまい。頂きに座り、ただそこから見下ろすだけの世界が如何に退屈かを』
『それを望んだのは王自身じゃない! 百歩譲って皇族間だけで行われるならまだいいわ。でも、シルナ村や多くの人々がどうしてそれに巻き込まれなきゃいけないのよ! 皇位継承問題を理由にすれば、罪なき人を殺めても、村一つ壊滅しても許されるわけ? ふざけんじゃないわよ! そんなもん許されて堪るかっての! この時代の勇者は何をしてんのよ!』
「勇者アテナ・デ・ハレゼナでしたら、今も永遠の搭から世界を見守ってくれていますよ」
『へ?……………………いまも?』
カッカとマグマのようなものが全身を駆け巡っていたかと思えば、次の瞬間には稲妻のようにスピード感のある驚愕を肌に感じる。ユイシスの思考回路はショート寸前だった。
脳内をアテナ・デ・ハレゼナが侵食すれば、思考は崩壊の一途をたどる。
暗転、脱線、一時停止から復旧までに少々時間を有した。
『何言ってるのよ、だってアテナは1000年前の人間よ? ……生きてるわけないじゃない』
何もかもが止まった世界に封じられている自分とは異なり、外の世界にいる人間が1000年も生きられるはずがない。これはヨハネスのジョークなのだと笑い飛ばそうとしたが、強ばった頬が震えてしまい、どうしても笑顔を作れなかった。
「ですから前にも言いましたけど、女神アストライアの寵愛を受けるアテナ・デ・ハレゼナは永遠の勇者さまになったですよ」
『寵愛、永遠……あ、そう』
ユイシスは口から魂が抜け落ちてしまったように、真っ白に燃え尽きた。
『今はそのようなことはどうでもよい。問題は貴様に覚悟があるのかどうかではないのか?』
「覚悟……ですか?」
隣で燃え尽きるユイシスを横目に、フラムは脱線しかけた話をもとに戻す。
『マルコスを救うとなれば、大々的に皇帝が定めた兄弟争いの掟を破ることになるのであろう? それでも、貴様はマルコスを助けたいと思うのか? 魔具職人ならまた探せばよいだけの話。代わりならいくらでもいるのだろ?』
「だからって! 僕にマルコスさんを、ロザミアを見捨てろって言うんですか!」
『だから問うておるのだァッ! 貴様に現皇帝を、世界を敵に回す覚悟はあるのかとッ!』
狂気すら感じさせるほどの大音声に、ヨハネスは思わず息を飲んでしまう。手にした剣の柄頭にぐっと目を凝らし、その中で傲然と腕を組む男と目を合わせ、そこで言うべき言葉を何度も逡巡した。
「あります!」
ヨハネスは凛々しい顔つきで決然と言ってのけた。そこに迷いはなかった。
『それでよいッ!』
胸を張った大男は満足げな様子で立ち上がり、鷹揚とうなずく。
『奪われたのなら奪い返す、それこそが強者! 世界を、他者を叩き潰してこその世界皇帝である! ならば恐れず突き進めッ! 己が野心こそが唯一無二の大義であるッ!』
ゼハハハ――
ソファのひじ掛けにしなだれかかるユイシスが、哄笑する男を見上げる。焦点の合わない目は虚空を見つめていた。
暮れなずむ村を闇雲に駆け抜けるヨハネスは、何度目かわからない呪詛を吐いた。
皇位継承問題で揺れ動く皇族内において、自分の立場を理解せず安易に関わり過ぎたと後悔を滲ませる。
自分がマルコスに頼らなければこのような事態は避けられたかったかもしれないと、いくら言葉を重ねても言葉にならない焦燥が、ヨハネスの頭の中でぎりぎりと軋みまわる。
『思い上がるでないわァッ――!!』
何度も僕のせいだと震えた声で繰り返すヨハネスに、雷のような怒鳴り声が突き刺さる。
大声によって大地は揺れ、ヨハネスは派手に転倒してしまう。
「痛ッ……くそっ!」
悔しくて悔しくて、手の甲に筋が浮き出るほど強く拳を握りしめる。その光景を闇に漂うソファから睨みつけるように見据えた二人が、盛大に嘆息した。
『貴様はとんだ阿呆だァッ! 貴様がどのようなくだらぬことを考えているかは知らぬが、マルコスは貴様のせいで捕まったわけではあるまい。自惚れるのも大概にするのだなァッ!』
『こいつのいう通りよ。天使ちゃんがマルコスとはじめて会ったときには、すでにマルコスは狙われていたのよ。天使ちゃんと関わったことで多少時間が延びただけに過ぎないわ』
「でもッ―――」
張り裂けそうな声が茜色の空にこだますると、少し困った顔のユイシスが駄々をこねる弟を諭すように言葉を紡ぐ。
『それにマルコスの処刑が執り行われるのは二日後、まだ十分時間があるわ。焦る気持ちもわからなくはないけど、まだ崖っぷちに追い込まれたって状況ではないと思うのよね』
「でも相手は兄上――アビルなんですよ!」
『兄、うえ……? マルコスを処刑しようとしているのは天使ちゃんのお兄ちゃんてこと? いまいち話が見えてこないわね。……ひょっとして、皇位継承問題で揉めてるとか?』
起き上がったヨハネスは肯定だと頷きながら、同時にそれだけではないと口にする。
『理由を聞かせてもらえるかしら?』
ヨハネスは兄――アビルとの確執について語り始めた。
彼に殺されかけて地下迷宮に迷い込んだこと。その際ずっと病死だと思っていた母が実は兄アビルに毒殺されたかもしれないということを知ってしまう。その中で従者は自分を助けるためにアビルに捕まってしまったかもしれない。
また、この国は現在皇位継承問題で混乱の最中にあることなど、これまで一人抱えてきた荷物を下ろすように言葉を吐き出していく。それを黙って聞いていた二人が口を開く。
『1000年経ってもくだらない皇族や王族の問題は変わらないのね』
『くだらんッ。そんなもの殺し合わせて最後に生き残った者が就けばよかろう』
落胆の色を滲ませるユイシスとは対照的に、フラムは破壊的で破天荒な意見を口にする。
「皇帝陛下は兄弟間での直接的な争いを禁じていますから」
『なぜだッ。強さこそがすべてだと分かっておるのだろ? ならば手っ取り早く――』
『あんたって本当にバカね。我が子の殺し合いを望む親なんているわけないじゃない』
「あっ、それ全然違うです」
人間を野蛮な魔族と一緒にするなと声を張り上げるユイシスを、ヨハネスはきっぱりと否定した。
『ええっ!? 違うの!?』
『バカめッ! だからそう言っておるだろうがァッ! なんでもかんでも偉そうに知った風な口を叩くでないわッ! このボンクラがァッ!』
『ならあんたには分かるってわけぇっ! 他に兄妹で殺し合うなっていう理由がっ!?』
『そんなもの一瞬で終わらせてしまってはつまらんからであろう?』
『はぁぁあああああああ!? バッカじゃないの!? 一国の王がそんな理由で――』
「その通りです!」
『え……?』
予想外の返答にユイシスは目を白黒させて硬直してしまう。我が耳を、目を疑うようにパチパチ睫毛を鳴らしていた。
「皇帝陛下は酔狂な人ですから、単純に今の状況を楽しんでいるんですよ」
『楽しむ……つったって、争ってるのは自分の子供たちなのよ!?』
「そういう人なんですよ」
苦笑いを浮かべるヨハネスを見て、ユイシスは胸が引き裂かれそうなほどであった。
『天使ちゃんには申し訳ないけど、そいつは愚王よ! 最低のクズだわ!』
『わからんでもない』
強い憤りに身が震える彼女の隣で、フラムは皇帝の気持ちが分かると口にした。その発言にユイシスの怒りはフラムへと向けられる。
彼女は今にも殴りかかってしまいそうな目付きで彼を睨みつけた。
『わからんでもって、あんたって本当に最っ低!』
『貴様には王の退屈さなどわかるまい。頂きに座り、ただそこから見下ろすだけの世界が如何に退屈かを』
『それを望んだのは王自身じゃない! 百歩譲って皇族間だけで行われるならまだいいわ。でも、シルナ村や多くの人々がどうしてそれに巻き込まれなきゃいけないのよ! 皇位継承問題を理由にすれば、罪なき人を殺めても、村一つ壊滅しても許されるわけ? ふざけんじゃないわよ! そんなもん許されて堪るかっての! この時代の勇者は何をしてんのよ!』
「勇者アテナ・デ・ハレゼナでしたら、今も永遠の搭から世界を見守ってくれていますよ」
『へ?……………………いまも?』
カッカとマグマのようなものが全身を駆け巡っていたかと思えば、次の瞬間には稲妻のようにスピード感のある驚愕を肌に感じる。ユイシスの思考回路はショート寸前だった。
脳内をアテナ・デ・ハレゼナが侵食すれば、思考は崩壊の一途をたどる。
暗転、脱線、一時停止から復旧までに少々時間を有した。
『何言ってるのよ、だってアテナは1000年前の人間よ? ……生きてるわけないじゃない』
何もかもが止まった世界に封じられている自分とは異なり、外の世界にいる人間が1000年も生きられるはずがない。これはヨハネスのジョークなのだと笑い飛ばそうとしたが、強ばった頬が震えてしまい、どうしても笑顔を作れなかった。
「ですから前にも言いましたけど、女神アストライアの寵愛を受けるアテナ・デ・ハレゼナは永遠の勇者さまになったですよ」
『寵愛、永遠……あ、そう』
ユイシスは口から魂が抜け落ちてしまったように、真っ白に燃え尽きた。
『今はそのようなことはどうでもよい。問題は貴様に覚悟があるのかどうかではないのか?』
「覚悟……ですか?」
隣で燃え尽きるユイシスを横目に、フラムは脱線しかけた話をもとに戻す。
『マルコスを救うとなれば、大々的に皇帝が定めた兄弟争いの掟を破ることになるのであろう? それでも、貴様はマルコスを助けたいと思うのか? 魔具職人ならまた探せばよいだけの話。代わりならいくらでもいるのだろ?』
「だからって! 僕にマルコスさんを、ロザミアを見捨てろって言うんですか!」
『だから問うておるのだァッ! 貴様に現皇帝を、世界を敵に回す覚悟はあるのかとッ!』
狂気すら感じさせるほどの大音声に、ヨハネスは思わず息を飲んでしまう。手にした剣の柄頭にぐっと目を凝らし、その中で傲然と腕を組む男と目を合わせ、そこで言うべき言葉を何度も逡巡した。
「あります!」
ヨハネスは凛々しい顔つきで決然と言ってのけた。そこに迷いはなかった。
『それでよいッ!』
胸を張った大男は満足げな様子で立ち上がり、鷹揚とうなずく。
『奪われたのなら奪い返す、それこそが強者! 世界を、他者を叩き潰してこその世界皇帝である! ならば恐れず突き進めッ! 己が野心こそが唯一無二の大義であるッ!』
ゼハハハ――
ソファのひじ掛けにしなだれかかるユイシスが、哄笑する男を見上げる。焦点の合わない目は虚空を見つめていた。
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