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階層
37 エスケープ
しおりを挟む「ガガガ、ガガガガガガ」
「ガゴ、ゴトゴトゴト」
「ゴンッ」
右腕に筋力を集中させ、硬化した拳で会心の一撃を打ち込む。
すると、固く密集したコンクリートが粉々に砕け散り、重力に従い落ちていく。
「え!?」
「何これ、どういうこと!?」
ヒューヒュー、ヒューーー
体に打ち付ける猛烈な風により柊さんの髪と真っ赤に染まったtシャツが大きく揺れている。
そして、爛々と輝く太陽が眩い日差しを照り付ける。
「うおおおぉぉ!」
「うわぁぁぁぁ!」
「なんだこれ!」
直径一メートルほどの大きな穴を覗いた二人は思わず息を呑んだ。
そこから見える世界は恐怖そのものであり、本能から恐れているのを体感する。
なんとそこには、ミニチュアかと思うほど縮小された陸地に加えて、広大な空が存在していたのだ。
簡単に言うと、今現在、自分達は物凄く高い位置に居させられているということ。
一歩足を踏み外せば、即あの世行きである塔の中だということ。
考えただけで猛烈な寒気と脚の震えが生じ、すぐさまその場を離れた。
「柊さん、あんまり覗くと危ないですよ、」
命知らずかと思うほど、上半身を大きく穴から出して下を覗く柊さん。強風が吹きつける中でのその行為は、見てるこっちも脚がすくむ。
「いや、凄いよ佐海くん!」
「目の前で鳥が飛んでる!」
そう言ってはしゃぎ、腰下まで乗り出しながら叫ぶ柊さん。
「ちょっと本当に危ないですって。」
「柊さん!!」
手をついている壁の割れ目に、亀裂が走っているのに気がつき、今すぐにでも辞めさせようと必死な自分。
流石に止めないと最悪の事態が起こるかもしれないと危惧した自分は柊さんに近づき腕を掴んだ。
すると、その瞬間背後から低い怒鳴り声が鼓膜を刺激する。
「おい!!動くな!」
慌てて振り向くと、猟銃を手にし布を被った覆面の男が息を荒げてこっちを睨みつけている。
自分は思わず後退りをして、足を滑らした。ただ、柊さんは様子一つ変えることなくずっと外を眺めている。
「おい、そこの女今すぐ手を挙げろ。」
それでも無視しし続ける柊さんに男は引き金を引き銃口を向けた。
「おい、聞こえてるだろ!」
「うっさい黙れ。」
「え、?」
銃口を、向けられているにも関わらず柊さんは男を見向きもせず暴言を吐く。
そんな突拍子もない行動に男は吃驚し怯んだ様子をして見せる。
それからしばらく沈黙が続き、突然柊さんが男に視線を向けた。
すると、男は緩んでいた筋肉を張り、銃口を柊さんに向ける。
「動くな!」
しかし、柊さんは躊躇することなく男の方へと苦笑しながら突き進む。
「撃ってみろよ。」
男の手は小刻みに震え、息が荒くなっている。だが、柊さんは銃口に自ら近づき中を覗く。
「なるほどー、30口径か。」
「ほら、早く撃てよ。」
男は少しずつ後退りをしながら恐怖に染まった目で柊さんを見下ろす。
まるで、お前は狂ってるのかと言わんばかりに。
「なんだ、ただの腰抜けか。」
そう発した瞬間、柊さんは銃を肘で弾き飛ばし、膝を男の腹に打ち込む。
男が嘔吐反射を起こしている間に、首に拳をぶち込み、膝に踵を打ち落とす。
男はよろめき倒れると、無我夢中で床を這いずり柊さんから距離を取る。
「待ってくれ、頼む、、」
「悪かった、俺が、わ」
「ドス、ガゴ、ゴン、ゴフ」
しかし、彼女が許すはずもなく、近づいては顔面、腹部を蹴り飛ばすという行為を作業のように繰り返し、気づいた頃に男は気絶していた。
「ちょっと、柊さんやりすぎです、」
流石にまずいと思った自分はすぐさま止めに入る。男はぐったりとして少しも動かない。
そして、顔に巻き付けてあった布を少しずつ解いていくと、鼻から出血したのか布に血が滲んでいた。ついに、最後の一巻きを捲り男の素顔を見たとたん自分は驚き思わず声を上げる。
「うわぁ!」
「どうしたんですか?佐海くん?」
男の鼻は柊さんの打撃によってぐにゃりと曲がっていたため、数秒間は誰か認識できなかったが、よく見ると鮮明に記憶が蘇った。
そう、それは喫茶店で共に話した藤森だったのだ。あの特徴的な低い声、白髪混じりのツーブロック、えらの張ったベース顔に骨の跡が浮き上がった硬そうな鼻、それに加えて鋭い目。間違いなく藤森だ。
「藤森さん?」
「え?なんて?」
「いや、この人知り合いなんです。」
「まぁ、自分もまだ一回しか喋ったことないですけど。」
「へぇーそうなんですか。」
いかにもどうでも良さそうな口調で相槌を打つ柊さん。
「じゃ、なんで銃口向けてきたのですか?」
「さあ、自分にもそれは、」
わからないと言いかけたところでふと気がついた。あの、藤森の焦った声と恐怖の目。間違いない。
そう思い、斜め右下を見る。自分たちはそれを長い間運んできたため慣れていたが、一般人が見ればこの光景は恐れ慄くに違いない。
なぜなら、切断された頭部と切り離された体が床に生々しく置かれているからだ。
それに、自分たちは返り血を浴びて真っ赤に染まっている。この光景に遭遇し、驚かない方がおかしい。銃があれば向けたくなるのも分かる気がする。ただ、こんな猟銃どこで手に入れたのだろうか。それに、何故ここに藤森がいるのだろうか。そんな疑問が頭の中を張り巡る。
そう考えていると、藤森が意識を取り戻した。
「うああ!」
目覚めて、目の前に柊さんの顔があったため恐怖で暴れる藤森。
「藤森さん!藤森さん!」
「え、!?」
「喫茶店で話し合った佐海功治です!」
「佐海功治?あ!」
「君もここに連れてこられたのか?」
「ゴギィ」
床に寝ている死体を見て不安そうな表情をしながら折れた鼻を元の位置に戻す。
「ここは危険だ。今すぐ逃げた方がいい。」
「え?」
「その穴から見える景色を見れば分かるだろ。」
「ここは階層だ。」
「階層?」
「まあいい詳しいことは後で説明する。」
「あ、はい。」
「あの、今一つだけ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「その猟銃はどこで?」
「俺がガベラの信者いや、飼育員と言うべきか、そいつらから力ずくで奪ったものだ。」
「急がないとまずい、もう少しで奴らが来る。」
「え!じゃもう動き出さないと」
「待て、」
「俺からも、一つ聞かせてくれ。」
「それはなんだ?」
そう言って床に転がる教祖の女のなきがらを指さす。
「いや、これは、、」
「その顔、ガベラの教祖だろ。」
「やったのか?」
「ええ、」
「それはまずいな、今すぐ隠さないと、見つかったらただじゃ済まないぞ。」
「ここから落とすのはどうですか?」
そう言って穴が空いた壁を見つめる柊さん。
「いや、地上は駄目だ。あいつらがいずれ見つける。」
「絶対に見つからない場所でないと。」
「まぁいい、今はとにかく急ごう。」
そうして、三人は遺骸を担ぎそそくさと迷路のような廊下を走る。
恐怖で駆動していたのは確かだが、数日前の自分とは比べ物にならないほど生きる心地がしていたのは事実であった。
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