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階層ゲーム前
1 申請
しおりを挟む最近自分の生きる意味を見失っていた。朝は眠り、夜はバイトをするフリーターでギリギリの生活を送る日々。唯一の生きがいがネットサーフィンをしながら、SNSで顔も知らない奴とチャットを送り合うことぐらいだ。それでも少しはこの絶望的な生活から気を紛らわせた。そんなある日、とあるサイトを見つけた。
「階層ゲーム」優勝賞金300万円
衣食住有り 参加費一万五千円
欲望から断ち切る生活を!
ゲームで一攫千金のチャンス!
釣りだと分かっていても何かにすがりたかったのだろう、無意識に電話をかけていた。
電話をかけると至って普通のコールセンターの女性が申請の手順を詳しく教えてくれるのであった。そして、三日後申請所まで来るように伝えられた。電話が終わるとさっきまでの疑心暗鬼の自分はとうに消え去っていた。それどころか、期待している自分がいる。
三日後、指定された申請所とやらに行ってみた。古くもないが新しくもない妙な音がするエレベーターに乗り込みB2のボタンを押す。どうやら地下にあるらしい。
すると、そこには体育館ほどの広さの部屋があった。殺風景なアスファルトの部屋に机と椅子が置かれており、にこやかな笑みを浮かべた従業員と思われるスーツを着た男性が椅子を引き待っていた。
「どうぞこちらへ」
「はい、、」
「お待ちしておりました。」
「佐海功治様でよろしいでしょうか?」
「あ、はい」
それから5分ほどどうやってこのサイトを知ったのかなどの話をさせられ、ようやく本題に入った。
「これから階層ゲームで必要となる説明、質問を致しますので間違いのないようお答え下さい。」
「はい、」
「あなたはアレルギーを持っていますか?」
「え、あ、いいえ」
「あなたの好きな肉の種類は何ですか?」
必死にメモをとる姿に少し違和感を覚えながらも質問に答える。
「肉?え、肉は好きでないです。」
「このゲームでは私物が持ち込み禁止です。」
「しかし、二つだけ電子機器以外の好きな物の持ち込みを許可しています。」
「何を持っていくか考えておいてください。」
「はい、」
それから住所や電話番号、持病があるかどうかなど個人情報を隅々まで聞かれた。「あの、自分が泊まる場所とゲームの内容を聞かせてもらえないでしょうか?」
「大変申し訳ないのですが、このゲームを行うにあたり会場に着くまでは非公開とさせていただいております。」
「あ、そうなんですか。」
「集合日時は三日後の6月18日午後9時となっております。」「くれぐれも遅れないようお願い致します。」
「集合場所などの詳細はメッセージに送りますので。」
「わかりました、」
「では、ありがとうございました、、」
椅子を引き帰ろうとした時
「あ!すいません最後にひとつだけ」
「はい、」
「ここに印鑑とサインだけお願いします。」
大量の文字が書かれた五枚ほどのプリントがホッチキスで止められており、その最後に印鑑とサインを書く場所が設けられていた。
「これは何ですか?」
「あ、いえ、そんな大した事では無いのですが形式上少し許可を得ないといけなくてですね。」
さっきまでとは変わり早口で何度も時計を見る従業員の男
「いや、その、何の許可が必要なんですか?」
「あー、えっと、会場までバスで向かうのですが、もし万が一事故を起こし死亡された際の責任を当社は取れない、などの、同意書ですね…」
「あ、なるほど。」
男が最後の方に小声で放った「などの」という言葉に違和感を覚えた。しかし、目を泳がせ時計ばかり気にする男を見ていると、何かこの後に急ぐ予定があるのだと思い、冊子にほとんど目もくれずサインと印鑑を押した。もっと言うと男が冊子を両手で押さえており最後のページしか見ることができなかった。
入会費の一万五千円を払い家に帰る途中ふと気づいた。「そういえばゲームは何日間開催されるんだ?」しかし、自分の住んでいる六畳ほどの古臭いアパートの生活よりはましだと思い深く考えなかった。「バイト先に電話しておかないとな。」
「もしもし、」
「もしもし、あ、宮木さん悪いんですけど親が体調崩したみたいで、ちょっと地元に帰省しようと思ってて、、、」
「え!本当に、親御さん大丈夫なの?」
「バイトのことは気にしないで、行ってきなさい」
「こっちは浦辺さんたちに連絡して交代で入るから。」
「ありがとうございます、本当に感謝してます。」
「いいよ、また、何日くらで戻れそうか分かったら連絡して」
「はい、」
「じゃ、佐海くんも体気をつけてね」
「はい、では失礼します。」
相変わらず忙しそうだ。
宮木さんは優しい。それに、話が早い。
話していても一瞬で物事の本質を見抜いてしまう頭の回転力は見習いたいほどだ。
「宮木さん、すいませんね。」
「自分に親はもう居ないんですよ。」
孤独の果てから身についた独り言の癖が始まる。
「あなたみたいな人が妻ならどれほど心強いか、、」
宮木さんは、五年前多額の借金を背負った夫が自殺し、幼い子供と二人で生活している。朝から夜までパートを掛け持ちする彼女の人生は、そう幸せとは言えないものだろう。若いうちに親を亡くし生きるのに精一杯の自分にどことなく似ている気がする。
急な坂を上がり自分の住み処が見えてきた。
いつもと何ら変わりのない帰り道がなぜか愛おしく感じる。このアパートに二度と帰れないような感覚がふと頭によぎった。
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