上 下
32 / 34

それぞれの夜~アシェル~

しおりを挟む
きしんだ音とともに、鉄格子が開いた。アシェルはゆっくりと牢獄の中に歩み入る。
すでに体を洗い、傷の手当ても済ませてある。新しい制服は着なれた物より少し硬く感じた。
囚人の手の届かぬよう、天井近くに吊るされたランプの光は弱く、目がなれるまでひどく暗く思えた。当然暖炉などあるわけがなく、空気はうすら寒い。
牢獄の中にあるベッドに、一人の少女が座っている。
壁につけられたU字の金具と、足首にはめられた足かせが、鎖で繋がれている。
「目が覚めたか、レリーザ」
多少ぼんやりしていたが、レリーザの目には一応の生気があった。
「驚いたよ、いきなり仮死状態になるんだから」
あのとき、倒れたレリーザは意識を失ってはいても、しっかりと呼吸をしていた。
考えてみれば、計画通りケブダー邸が襲われるまでの間だけ、自分自身の口を封じていれば良いのだ。何も死ぬ必要はない、というか、死んでしまったら成就した復讐を味わうことができなくなる。毒薬でなく仮死薬を選ぶのは当然だった。
「あら残念ね、あなたもあの鳥に喰われて死ぬと思ったのに」
 実際「死ぬかも」と思ったことは正直に言わなくてもいいだろう。
「悪かったな、しぶとくなくちゃ隊長なんて務まらないよ」
「それで? ケブダーは死んだの?」
レリーザは身を乗り出した。すがりつくような視線だった。
「残念だけどな、生きてるよ」
「なんで!」
まるでそれがアシェルの落ち度だというように、こっちをにらみつけてきた。
「安心しろよ。都のストレングス部隊が動くことになった。ケブダーが葬った悪事も、日の下に暴かれるだろうよ」
「それが何よ!」
レリーザはひどい頭痛を抑えているか、耳をふさぐかするように、両手の指を髪の中に突っ込み、うつむいた。
「あいつは、自分が犯した罪をすべて父に押し付けたのよ! それで父からうばった物でのうのうと暮らしている。だからすべて壊してやりたかったのに!」
 それは間違っている、少なくともレリーザが殺そうとした客たちは『小鳥事件』となにも関係がないはずだ、とかなんとか、それらしいことを言うのは簡単だった。
だけど、どういうわけか言う気にはなれなかった。
 ランプがちらちらと揺れて、二人の影を壁に踊らせた。
「はっ!」
レリーザは吐き捨てるように息を漏らした。
アシェルの沈黙を、侮蔑(ぶべつ)かあきれの表れと受け取ったのだろう。
「どうせ、馬鹿なことをしたって言いたいんでしょう。こんなことをしたら絞首台だものね。父のことも、事件のことも全て忘れていれば、こんなことにはならなかったのにって」
「いや」
アシェルはあっさりと首を振った。
「幸い、俺は大切な者を殺された事はないし、殺したいほど憎い奴もいないから、想像になるが……あんたは自分の利益にならない事はしないタイプだ。そんなあんたが軽率なことをしたんだ。そうせずにはいられなかったんだろうよ。シュディア」
 アシェルは、レリーザの本名を呼んだ。
レリーザは、両手で自分の口を覆った。涙が頬を流れ落ちる。
「ああ、そうだ。それから、ケラス・オルニスが襲った都のストレングス部隊の二人組な。無事に目を覚ましたらしい。順調に回復中、だってさ。少しは罪が軽くなるだろうよ」
アシェルの言葉に、レリーザは何も応えなかった。
「そういえば、一つ気になることがあるんだが」
 レリーザはだんまりのままだが、アシェルはかまわず話し続けた。
「なんでわざわざジェロイを殺したんだ? あんたの狙いはケブダーの館を襲うことだったんだろ? ジェロイはあのとき、あんたの正体を言わなかった。それは自分に捜査の手が伸びてこないことで気づいたはずだ」
 レリーザは唇をかみしめ、涙の流れるままにしている。
「あいつが都で自白したところで誕生パーティーには間に合わないだろうし。のちのち脅されるのを嫌ったのかと思っていたのだが、その様子じゃ恨みさえ晴らせれば別にいいって感じだし」
 アシェルの言葉に、初めてレリーザはくすりと笑った。
「だって、あいつはフェリカにつきまとっていたんでしょう? ああいう奴は何度捕まえたって懲りないわよ」
「まさか、フェリカのためだとでも言うつもりか?」
「それにいくら恨みを晴らしたいといっても、そのあと脅されるのはいやよ。まあ、両方ね」
 レリーザの唇が孤を描いた。今までのどこか自嘲(じちょう)気味の笑みと違う、柔らかく暖かいものだった。
「私がアスターの町に越してきたとき、初めて知り合ったのがフェリカだったの」
フェリカが泣いていたとき、レリーザは懸命に慰めていたと捜査会議でファーラが言っていた。
孤児院の内と外では世界が違うだろう。おそらく、一人ぼっちの何も分からない町で、支えになってくれたのがフェリカだったのだ。
肩をすくめて、アシェルは囚人に背をむけた。
「ねえ」
呼び止められ、足を止める。
「フェリカにごめんねって言ってくれない? 恋人を殺しちゃったから。許してくれると思えないけど、信じてくれるとも思えないけど、本当に、そんなことするはずじゃなかったのよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第二章シャーカ王国編

18禁NTR鬱ゲーの裏ボス最強悪役貴族に転生したのでスローライフを楽しんでいたら、ヒロイン達が奴隷としてやって来たので幸せにすることにした

田中又雄
ファンタジー
『異世界少女を歪ませたい』はエロゲー+MMORPGの要素も入った神ゲーであった。 しかし、NTR鬱ゲーであるためENDはいつも目を覆いたくなるものばかりであった。 そんなある日、裏ボスの悪役貴族として転生したわけだが...俺は悪役貴族として動く気はない。 そう思っていたのに、そこに奴隷として現れたのは今作のヒロイン達。 なので、酷い目にあってきた彼女達を精一杯愛し、幸せなトゥルーエンドに導くことに決めた。 あらすじを読んでいただきありがとうございます。 併せて、本作品についてはYouTubeで動画を投稿しております。 より、作品に没入できるようつくっているものですので、よければ見ていただければ幸いです!

序盤でボコられるクズ悪役貴族に転生した俺、死にたくなくて強くなったら主人公にキレられました。え? お前も転生者だったの? そんなの知らんし〜

水間ノボル🐳
ファンタジー
↑「お気に入りに追加」を押してくださいっ!↑ ★2024/2/25〜3/3 男性向けホットランキング1位! ★2024/2/25 ファンタジージャンル1位!(24hポイント) 「主人公が俺を殺そうとしてくるがもう遅い。なぜか最強キャラにされていた~」 『醜い豚』  『最低のゴミクズ』 『無能の恥晒し』  18禁ゲーム「ドミナント・タクティクス」のクズ悪役貴族、アルフォンス・フォン・ヴァリエに転生した俺。  優れた魔術師の血統でありながら、アルフォンスは豚のようにデブっており、性格は傲慢かつ怠惰。しかも女の子を痛ぶるのが性癖のゴミクズ。  魔術の鍛錬はまったくしてないから、戦闘でもクソ雑魚であった。    ゲーム序盤で主人公にボコられて、悪事を暴かれて断罪される、ざまぁ対象であった。  プレイヤーをスカッとさせるためだけの存在。  そんな破滅の運命を回避するため、俺はレベルを上げまくって強くなる。  ついでに痩せて、女の子にも優しくなったら……なぜか主人公がキレ始めて。 「主人公は俺なのに……」 「うん。キミが主人公だ」 「お前のせいで原作が壊れた。絶対に許さない。お前を殺す」 「理不尽すぎません?」  原作原理主義の主人公が、俺を殺そうとしてきたのだが。 ※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル表紙入り。5000スター、10000フォロワーを達成!

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

処理中です...