毒童話をどうぞ

三塚 章

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あるメイドの悲劇

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  その日、お城のメイド、マーガレットは大慌てでした。それもそのはず、王子様の結婚式が終ったばかりでパーティーの後片付けがあったからです。部屋の飾りを外し、皿を洗い、掃除をしなければなりません。お客様の使ったベッドカバーの洗濯もあります。
 早足で廊下を進みながら、マーガレットは王子様のお嫁さんのことを考えていました。噂によると彼女は、この町に住む普通の娘さんだったようです。それはそれは美しかったため、舞踏会で王子様に見初められたのでした。身分が釣り合わないという人もいましたが、マーガレットは大歓迎でした。町の人ならば、貧しい人々の心も分かってくれるに違いありませんからね。
「マーガレット!」
 メイド長に呼び止められて、マーガレットは足を止めました。
「この箱を宝物庫に運び込んでおくれ。落とすんじゃないよ」
 メイド長に渡されたのは、小さい宝箱でした。大きさは、そう、ちょうど靴が入るくらいでしょうか。
「はい、わかりました」
 宝物庫に入れるということは、高価な物に違いありません。マーガレットは落とさないかドキドキしながら倉に向かいました。
 メイド長が見えなくなった所までマーガレットが歩いた時です。箱の中から、泣き声のような物が聞こえてきます。生き物が入っているように箱がカタカタ揺れているのは気のせいでしょうか。
 好奇心には勝てず、マーガレットはそっと箱のふたを開けました。
 そこに入っていたのは、触れれば壊れてしまいそうな、繊細なガラスの靴でした。
『だまされた! だまされた! だまされた!』
 箱の中で、ガラスの靴が小さく震えます。
『本当のシンデレラは私。あの女は魔女。ここから出して! だまされた! だまサレタ! ダマサレタ……!』
 誰かに突き飛ばされ、マーガレットはつい箱を落としてしまいました。砕け散ったガラスは床に散らばり、もう何もしゃべりません。
「おや、あんたにはその靴の言葉が聞こえるんだね。その靴の中身と年が近いせいか? それとも勘がいいのか」
 息がかかるほどすぐ後に、キレイなドレスを着た女性が立っていました。それはそれは美しい、王子様の花嫁が。
「バカな女だよ。舞踏会に行かせてあげると言っただけで、疑いもしないで大人しく呪いにかかるのだから」
 彼女はマーガレットに囁きます。
「どんな魔法でも、体の老いは止められない。新しい体を誰かから奪い取らなければいけないのさ。ただし、呪いをかけられる物が少しでも抵抗をしてはならない。その点、この子は単純でよかった」
 王女様の息は、くさったリンゴのような、錆びた鉄のような匂いがしました。
 この魔女がかわいそうなシンデレラを騙した姿を、マーガレットははっきりと思い描くことができました。
 かぼちゃを馬車に、ハツカネズミを格好いい従者の姿に変えた老婆は、きっとにっこり笑って言ったことでしょう。
『さあ、お次は魔法であんたにきれいなドレスを着せてあげようね。なあに、遠慮なんかいらないよ。あんたはずっとがんばってきたんだ。舞踏会の夜くらい、ご褒美をもらわなくちゃね』
 シンデレラは気づかなかったのです。これから自分にかけられる魔法が、ぼろの服をドレスにする物などではなく、魂を体から抜き出し、靴に封じる呪いだということに。
 かわいそうなシンデレラ。純真無垢なシンデレラ。お婆さんの言葉を疑いもしなかったシンデレラ……
「どうせ乗っ取るなら、この位美しい娘じゃないとね。ごらん、これから私は贅沢し放題」
 ガラスの割れた音を聞きつけ、メイド長が飛んできました。
「ああ、お姫様の大事な靴を割るなんて! これは大変な罪ですよ」
 兵士が二人、マーガレットの両腕をつかみました。
「あの娘は優しい子なのです。シンデレラ様、どうか御慈悲を……」
 命乞いをしてくれているメイド長の声を聞きながら、それでもマーガレットには分かっていました。おそらく、自分が生きてこの城から出られる事はないだろうと。恐ろしい秘密を知ってしまったのですから。
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