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四章
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村に戻ってきた楽瞬は、小さな広場のような場所で旅人を珍しがった子供達に囲まれてしまった。
普通、こういった村の人々はよそ者を警戒して子供を近づけない物だけど、女と子供の組合せなので大人達も大目に見ているのだろう。
地面に座った楽瞬の前には、薄く切った木札を束ねた巻物が広げられていた。
幸い、楽瞬は子供が喜びそうな昔話や伝説をたくさん書きとめている。それは子供達と仲良くなるにはうってつけだ。
そして、子供というのは大人の知らない話を知っている物だ。村に伝わる話や伝説を聞けるかもしれない。もちろん村の幽霊のことも。
「それで? それで? その旅人さんはどうなったの?」
子供が楽瞬の袖をひっぱってせかした。
いくつか話をしてあげてから、楽瞬は本題に入った。
「ねえねえ、この村には何か面白い話ある?」
子供達は一ぺんにとっておきの話しを始めた。
「えっとねえ。近くの川にはおっきなおっきなカエルがいるよ!」
「変な形のいもが採れたよ!」
「シュウ君はメイちゃんが好きなんだ!」
楽瞬は「すごいねえ!」と感心してみせたが、どれも他愛ない物ばかりだ。
「ねえ、皆。僕、この村で幽霊みたいな物を見たんだけど……誰か他に見た人いない?」
紅嵐の家で、としなかったのは、彼女への風当たりが強くなるのを恐れたからだ。
楽瞬の言葉に子供達はぴたりと口をつぐむ。きっと幽霊に関して大人達に強く口止めされているのだろう。何とも言えない空気が漂った。
「誰の幽霊なのかしら?」
「知~らない!」
香桃の言葉に、子供達はいっせいに外へ出て行った。
「あーあ、行っちゃった」
「無駄だよ。余計な事を言わないように子供達は大人にしつけられてる」
いつの間にか、どこかで見た顔の男が立っていた。
たしか、紅乱と登黄の間に割って入ろうとしていた男だと楽瞬は思い出した。
「あれは、紫星(ズーシン)の幽霊だよ」
「へえ、詳しいのね」
香桃が探るような視線を男に向けた。
「まあね」
「で、その紫星っていうのは誰なの?」
楽瞬の質問に、少しためらってから男は語りだした。
昔、この村に紫星という青年がいた。彼は都の役人だったのだが、騒がしい都を嫌い越して来たのだという。
紫星が移り住んで数年経ったころ、飢饉が起こった。飢死者が出、子を売る親、老いた母を捨てる子までいたらしい。
ちょうどその頃、なれない田舎暮らしが祟ったのか、紫星は畑仕事ができぬほどに肺を病んでしまっていた。
働けぬ者を食わせておくだけの余裕は、その時の村にはなかった。そんな時に考え付くのはどこでも同じ。口減らし。
しかし、いくら肺を病んでいるからと言って、大の大人を一人殺すのは容易ではない。抵抗されれば返り討ちにされるかも知れない。また、誰も自ら手を下したいとは思わなかったのだろう。
そこで村長は桑木(クワキ)という若い女性に声をかけた。
紫星は桑木のことを憎からず思っているらしい。いくらかの食べ物と、女の好みそうな小物いくつかと引き換えに、紫星に毒を盛る事も簡単だろうと。
彼女はそれを了承した。そして紫星は殺され、山に葬られた。
それが男の語った話だった。
「紅嵐はその桑木のひ孫だよ。紫星の事があってから、紅嵐の一族はずっと村から離れた場所に住んでる。そして紫星の墓を守らされているんだ。紅嵐は、母も父も早くに亡くなって、今は一人で」
自分達が頼んだとはいえ、人を殺した者を置いておくのははばかられたのだろう。村の人々は、桑木を利用するだけ利用して、村から追いやったのだ。食べ物に釣られて言われるまま人を殺した桑木も桑木だが、村の人々の行動も褒められたものではないと楽瞬は思った。
「村に異変が起こったのは紫星の祟り。自分を殺した桑木の子孫の紅嵐がここにいるから不幸が起こり始めたんだってこの村の奴らは思ってる」
「なるほど。だから登黄は紅嵐さんを追い出そうとしているのか」
それにしても、話を聞くと紫星が殺されたのはかなり昔だ。今まで何ともなかったのに、なんで今頃になって村に異変が起こりだしたのだろう?
「だけど俺は、紅嵐を追い出した所で、村の異変が収まるとは思えない。そもそも、紫星の祟り云々(うんぬん)は村の奴らの勝手な妄想だ」
男は眉をしかめて言った。
「貴重な情報をありがとう。ええと、お名前は?」
「雲石(ユンシー)」
香桃の質問に、男は意外と素直に答えた。
香桃が少しからかうような口調で言う。
「雲石、あなた、紅嵐のこと嫌いじゃないでしょう」
「なっ!」
「へ?」
その言葉に雲石が驚いて、ついでに楽瞬も驚いた。
「だから紅嵐のことをかばったんでしょうけど、それだけじゃ気持ちは伝わらないと思うわよ」
「うるさい!」
足音荒く、雲石はどこかへ行ってしまった。
「今の様子を見てると図星だったみたいだけど……どうして雲石が紅乱さんの事好きだってわかったの? 香桃」
「あら、女の勘ですわ」
そういうと香桃はくすくすと笑った。
「そ、そうなんだ。とりあえず異変の原因がそこまでわかっているのなら話は早いよ。今夜にでも調べてみよう!」
明るい笑みを浮かべて楽瞬は言った。
普通、こういった村の人々はよそ者を警戒して子供を近づけない物だけど、女と子供の組合せなので大人達も大目に見ているのだろう。
地面に座った楽瞬の前には、薄く切った木札を束ねた巻物が広げられていた。
幸い、楽瞬は子供が喜びそうな昔話や伝説をたくさん書きとめている。それは子供達と仲良くなるにはうってつけだ。
そして、子供というのは大人の知らない話を知っている物だ。村に伝わる話や伝説を聞けるかもしれない。もちろん村の幽霊のことも。
「それで? それで? その旅人さんはどうなったの?」
子供が楽瞬の袖をひっぱってせかした。
いくつか話をしてあげてから、楽瞬は本題に入った。
「ねえねえ、この村には何か面白い話ある?」
子供達は一ぺんにとっておきの話しを始めた。
「えっとねえ。近くの川にはおっきなおっきなカエルがいるよ!」
「変な形のいもが採れたよ!」
「シュウ君はメイちゃんが好きなんだ!」
楽瞬は「すごいねえ!」と感心してみせたが、どれも他愛ない物ばかりだ。
「ねえ、皆。僕、この村で幽霊みたいな物を見たんだけど……誰か他に見た人いない?」
紅嵐の家で、としなかったのは、彼女への風当たりが強くなるのを恐れたからだ。
楽瞬の言葉に子供達はぴたりと口をつぐむ。きっと幽霊に関して大人達に強く口止めされているのだろう。何とも言えない空気が漂った。
「誰の幽霊なのかしら?」
「知~らない!」
香桃の言葉に、子供達はいっせいに外へ出て行った。
「あーあ、行っちゃった」
「無駄だよ。余計な事を言わないように子供達は大人にしつけられてる」
いつの間にか、どこかで見た顔の男が立っていた。
たしか、紅乱と登黄の間に割って入ろうとしていた男だと楽瞬は思い出した。
「あれは、紫星(ズーシン)の幽霊だよ」
「へえ、詳しいのね」
香桃が探るような視線を男に向けた。
「まあね」
「で、その紫星っていうのは誰なの?」
楽瞬の質問に、少しためらってから男は語りだした。
昔、この村に紫星という青年がいた。彼は都の役人だったのだが、騒がしい都を嫌い越して来たのだという。
紫星が移り住んで数年経ったころ、飢饉が起こった。飢死者が出、子を売る親、老いた母を捨てる子までいたらしい。
ちょうどその頃、なれない田舎暮らしが祟ったのか、紫星は畑仕事ができぬほどに肺を病んでしまっていた。
働けぬ者を食わせておくだけの余裕は、その時の村にはなかった。そんな時に考え付くのはどこでも同じ。口減らし。
しかし、いくら肺を病んでいるからと言って、大の大人を一人殺すのは容易ではない。抵抗されれば返り討ちにされるかも知れない。また、誰も自ら手を下したいとは思わなかったのだろう。
そこで村長は桑木(クワキ)という若い女性に声をかけた。
紫星は桑木のことを憎からず思っているらしい。いくらかの食べ物と、女の好みそうな小物いくつかと引き換えに、紫星に毒を盛る事も簡単だろうと。
彼女はそれを了承した。そして紫星は殺され、山に葬られた。
それが男の語った話だった。
「紅嵐はその桑木のひ孫だよ。紫星の事があってから、紅嵐の一族はずっと村から離れた場所に住んでる。そして紫星の墓を守らされているんだ。紅嵐は、母も父も早くに亡くなって、今は一人で」
自分達が頼んだとはいえ、人を殺した者を置いておくのははばかられたのだろう。村の人々は、桑木を利用するだけ利用して、村から追いやったのだ。食べ物に釣られて言われるまま人を殺した桑木も桑木だが、村の人々の行動も褒められたものではないと楽瞬は思った。
「村に異変が起こったのは紫星の祟り。自分を殺した桑木の子孫の紅嵐がここにいるから不幸が起こり始めたんだってこの村の奴らは思ってる」
「なるほど。だから登黄は紅嵐さんを追い出そうとしているのか」
それにしても、話を聞くと紫星が殺されたのはかなり昔だ。今まで何ともなかったのに、なんで今頃になって村に異変が起こりだしたのだろう?
「だけど俺は、紅嵐を追い出した所で、村の異変が収まるとは思えない。そもそも、紫星の祟り云々(うんぬん)は村の奴らの勝手な妄想だ」
男は眉をしかめて言った。
「貴重な情報をありがとう。ええと、お名前は?」
「雲石(ユンシー)」
香桃の質問に、男は意外と素直に答えた。
香桃が少しからかうような口調で言う。
「雲石、あなた、紅嵐のこと嫌いじゃないでしょう」
「なっ!」
「へ?」
その言葉に雲石が驚いて、ついでに楽瞬も驚いた。
「だから紅嵐のことをかばったんでしょうけど、それだけじゃ気持ちは伝わらないと思うわよ」
「うるさい!」
足音荒く、雲石はどこかへ行ってしまった。
「今の様子を見てると図星だったみたいだけど……どうして雲石が紅乱さんの事好きだってわかったの? 香桃」
「あら、女の勘ですわ」
そういうと香桃はくすくすと笑った。
「そ、そうなんだ。とりあえず異変の原因がそこまでわかっているのなら話は早いよ。今夜にでも調べてみよう!」
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