おぼろ豆腐料理店

三塚 章

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おぼろ豆腐料理店 27

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 そういう月下の前には、取り皿も酒も置かれていない。ちゃんとした肉体を持たない幽霊には食事の必要がないそうだ。自分だけ食事が出来ないのはつまらないのではないかと思ったのだが、月下はあまり気にしていないらしい。
「たぶん、自分の罪が暴かれるのを恐れたんでしょうね。僕達が帰ったあと、白装束にも着替えずに切腹したって」
「俺が自殺させるのはダメで、自分で死ぬのはいいのか?」
 いつきが小声で小宮に聞く。
「全然違うよ! 意志に反して自殺させるのは殺すようなものなんだから」
「意志に反してはいないぞ。俺の力は深層心理に願望が……」
「あ、ああ。なんか難しい話になりそうだからもういい」
「これで餓鬼病の兵器転用もダメになったわね」
「たしかに、ああいうのは治す薬が全国に広まったら意味がないからね」
 もちろん、邪魔がなくなった今木瀬見は薬の作り方を全国に広めるつもりだ。
「なんかもう、怒りのやり場がなくなった気分です」
 木瀬見は酒をあおった。
 妻を殺した者の一人は御上が裁いてくれる。もう一人は自分で自分を罰した。怒りのやり場がなくなったのかも知れない。
「とにかく、私は妻との約束を守るだけです。薬の作り方を広め、一人でも多くの患者を救わなければ」
 木瀬見はどこか吹っ切るように言った。
「……そうだね」
 どういうわけか、鷹人のことが頭に浮かんだ。
 自分の妻が亡くなったことが悲しくないわけはない。けれど、木瀬見には結のほかにも守るべき者、自分を慕ってくれる者がたくさんいるのだろうと小宮は思った。守るべき信念だってある。だから、止まっているヒマはない。守るべき者を守るために、自分に寄せられた想いに応えるために。
 いつきは一生懸命な人間が好きだと言っていた。一生懸命というより、強い人間が好きなんだろうと小宮は思った。自分が生きる目的を見い出していて、魔がさすスキのない人間が。自分がつけいるスキのない人間が。
 自分はどうなのだろう。
 小宮はふとそんなことを考えた。いつきに気に入られるほど懸命に生きているだろうか。(いや、そうとは言えないな)
 そして自分にも見つかればいいと思った。木瀬見のように、命をかけられるものが。

 噂というのは、広まるのに差があるらしい。
 小宮が会いに行ったとき、可奈はうつむいて涙を流していた。
「小宮様」
 力のないその口調に、嫌な予感がよぎる。
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