おぼろ豆腐料理店

三塚 章

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おぼろ豆腐料理店 24

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 いつきは柳川でも墓でも物を投げて援護してくれたが、まともに戦ったことはない。
 それが小宮には心配だった。相手は樹一のようなゴロツキとは違う。刀の扱い方を知っている浪人達だ。
「強いか? いつきが強いかですって?」
 とてもおもしろい冗談を聞いたように、月下は袖で口元を隠して笑った。
「どんな剣豪だって、いつきにはかなわないわよ!」
「ならいいけど」
 小宮が刀を抜く。
「あらやだ。血生ぐさいのはキライだよ。私の掛け軸が斬られないようにしておくれね」
 そういうと月下はすっと掛け軸の中に帰っていった 
 殺気が部屋中にみなぎるなか、いつきは両の手を懐手にした。どうも戦う気はないらしい。
 襲いかかられることは予想しても、この行動は予想外だったのだろう。用心棒達に戸惑いが走る。
 だがそれは一瞬のことで、敵はすぐに二人に斬り掛かった。
「ちょっと、いつきさん!」
 振り下ろされた刃を受け流しながら、小宮は叫ぶ。
 無防備ないつきが気にはなったけれど、すぐ傍に刃が迫ってきていては目を離さざるを得ない。
 肩めがけて振り下ろされた刀をそらせる。間合いをつめ、敵の胸を斬り付ける。裾の擦り切れた着物を着た男は倒れ、うめき声をあげた。痛みで動けなくなっても、死にはしないだろう。
 背後に気配を感じ振り返れば、突き出される刃が見えた。小宮はその切っ先を払い除ける。その拍子に袖の端が切れた。
 小宮は新しい敵と向かい合う。
 さすが、久命屋の雇ったゴロツキとは違って手強(てごわ)い。
 再びいつきのことが心配になる。この場でこんなに無防備ではあっという間に斬られてしまう!
 戦いのスキをぬって、いつきの方をのぞき見る。
「ねえ……」
 いつきは冬の風のようにかすれた声で、敵に語りかけている。
「君達ってさ、いくらの報酬でこの仕事やってるの?」
 男の中の一人が、無言でいつきに斬りかかった。
 だがまるで煙にでもなったように、いつきはふわりとその白刃をよけた。
(え……?)
 小宮は息を呑んだ。
 その瞬間、なんというか、いつきの雰囲気ががらりと変わった気がした。目を放したら、どこにいるか分からなくなってしまうような、消えてしまいそうな虚ろな感じに。
 そして何よりその両目。茶色の目が真珠のような、でなければ死人のような、鈍い白に変わっていた。
 ――気味が悪い――
 今まで一緒に行動した者に対して思うべきではないことが頭に浮かび、小宮は慌ててそれを振り払った。
 小宮の困惑を知らず、いつきは自分を取り囲む敵に話し続けた。
「もしもさ、俺がとてつもなく強かったらどうする? あんたら死ぬよ? あんたらの命と、はした報酬は釣り合うのかな? 馬鹿馬鹿しくない? それともさ、命を懸けて守るほど、久命屋や秋津は大事な人なのかな」
 視界の隅で動く物を捕らえ、小宮はまた注意をいつきから目の前の敵に引き戻した。
 首筋に刃が迫り、小宮は切っ先でそれを払いのける。
(え? なんだ?)
 その切っ先には明らかに殺気が感じられず、小宮は戸惑った。
 敵はあっさりと刀を引き、間合いを取る。
 横から新しい敵が放った、適当な突きをゆうゆうとよける。無防備な相手のみぞおちに拳を叩き込んだ。
 強いと思っていた敵が急に弱くなり、小宮は拍子抜けした。
 何人かの浪人が、背を向けて逃げ出していく。
(まさか、さっきのいつきさんの言葉のおかげ?)
 あれだけ手強いと思っていた浪人達をあっという間に叩きのめすことができて、小宮は自分でも驚いたくらいだった。
「ひ、ひい!」
 逃げようとした久命屋と秋津の前に、いつきが立ちふさがった。
「ねえ、秋津さん」
 そう呼びかけるいつきの口調は、どこまでも穏やかだった。
「あんたは本当に餓鬼病を使って金儲けしようとしてたの?」
「そそそ、そうだ!」
 虚勢を張って秋津はいつきを睨みつけた。
「どうせ、この世の誰もが死ぬんだ! 頭のいい者が悪い者を喰って何が悪い! 金を稼いで人生を楽しんで何が悪い! どんな方法で稼いでも金は金だ!」
 小宮は、急激に頭に上った血で目が眩んだ気がした。
 こんな身勝手な理由で、可奈は追い詰められたのか。
「この……!」
 思わず斬りかかろうとした小宮の腕を、誰かが止めた。
 いつの間にか、掛け軸から抜け出てきた月下が傍に立っていた。
「おやめ。いつきに任せておきな」
 月下の唇はおもしろそうに笑っている。
「きっと、あんたが斬るよりおもしろいことになるだろうからね」
 いつきがくすっと笑った。
「あんたの目的は、金じゃない」
 白絹のような光彩を持つ瞳で、いつきは続けた。
「お寺でね、ご住職に聞いたよ。薬師司。あんたの娘は餓鬼病で死んだんだよね」
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