おぼろ豆腐料理店

三塚 章

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おぼろ豆腐料理店 21

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 いつきはなんとなく墓石を見渡しながら呟いた。
 どこからか、線香の香がする。
「ん……」
 一つの墓の前で、いつきは立ち止まった。
「どうかした?」
 いつきは指で墓に彫られた名前をなぞった。
「秋津 みよ?」
「おや、にぎやかだと思ったら、三人もお客さんとは」
 のほほんとした声がした。
 この寺の住職が、ひょっこりと姿を現わした。小宮と木瀬見は頭を下げる。
 住職は、墓に指を置いたままのいつきに目をむけた。どことなく冷たい目だった。
「その娘に興味がおありかな? まさかあなたが殺したわけではあるまいが」
「ちょっと!」
 あまりに失礼な住職の言葉に、小宮はくってかかろうとしたが、他でもないいつきに手振りで止められた。
「この娘さんはあの薬師司の娘さんかい?」
 いつきは住職の言葉を全然気にしていないようだった。
「そうだよ。かわいそうに、小さいうちになくなってしまってな」

 武家屋敷が並ぶ一角に、秋津邸はあった。ぐるりと塀で囲まれている中に、美しく整えられた庭がある。
 秋津の妻小雪は、広い座敷に座り、買ったばかりの反物を畳の上に広げて眺めていた。
 使用人が「あの……」と声をかけてくる。
「なにか?」
 小雪は化粧で老いを覆い隠した五十がらみの女だった。高価だろうがあまり似合っていない。
「実は、奥様に掛け軸を売りたいという方が門の外nいらっしゃいまして」
 小雪は眉をしかめた。
 たまに聞いたこともない商人が、『世にも貴重な品』を売りつけに来ることがある。何かいか失敗したあとで、小雪はそういった品が信用ならない事を学んでいた。
「ああ。どうせ安物を高く売り付けるつもりでしょう。追い払いなさい」
「はあ、しかし哀れな子供でしたなあ」
 その言葉に、反物を撫でていた小雪の手が止まった。
 その動作に気付かず、使用人は引き返そうとする。
「ボロを着ていましたが、持っている掛け軸は立派な物でして。なんでも、両親が死んで、その形見を売りにきたというのですよ。もしも自分達になにかあったらこれを売って足しにしろって言われたってね」 
「ちょっと待って、そいつは子供なのね?」
 聞き捨てならないことを聞いたというように、小雪は聞き直した。
「ええ、まだ六つくらいの子供でして」
「なぜそれを先に言わないんです。門の前で泣かれでもしたらどうします。秋津は冷たい方よと陰口を叩かれかねません」
 もちろん、悪口を言われた所で地位が揺らぐわけではない。けれどこういった悪評はあとでどういった影響が出るか分からない。ましてや病人に関わりが深い薬師司ならなおさらだ。
「小銭でもくれてやれば、秋津はなんと優しい方よと名も上がるでしょうに。その子を連れていらっしゃい」
「は、はい」
 使用人は慌ててその子供を呼びに行った。

 庭に通された良吉は地面に座り、深々と頭を下げた。その横に細長い、青い包みが置いてある。
 座敷の一辺を通る、庭に面した廊下に立って小雪は良吉を見下ろしていた。
「して、その掛け軸というのは」
 良吉は青い布を外し、木の箱を開ける。その箱から一幅の掛け軸を取出し、捧げ持った。
 小雪の目配せで、使用人は掛け軸を受け取った。床の間にかけてみる。
 それは、月の下にたたずむ美女の絵だった。
「まあ……」
 思った以上にいい物で、小雪はしばらく口を開けたまま月下美人を見つめていた。
 施しを抜きにしても、純粋に欲しいと思わせるだけの美しさがこの絵にはあった。
「わかりました。買い取ってあげます」
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