おぼろ豆腐料理店

三塚 章

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おぼろ豆腐料理店 16

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 あの奥さんは結といったのか。そう思いながら、残酷な事実を伝えられずにうつむいてしまう。
「まさか、そんな……」
 その小宮の態度で何があったのか察したのだろう。小太りのおばさんが鼻をすすった。
 細面の女性が、ばしゃんとタライの水面を叩きつけた。涙がタライの中に落ちた。
「誰が、なんであんないい人を……!できるなら私が下手人を捕まえたいくらいだよ」
「だから、なんとかしたあげくて……」
 小宮の言葉に、細面の女性は顔をあげた。
「じゃあ、あんたは木瀬見さんの味方なんだね?」
「ええ、まあ」
「じゃあ、家を教えてあげる。ついてきて」
 袖にほつれのある女性が、長屋の一室に向かって歩いていく。小宮もその後についていった。
「今朝急に夫婦二人いなくなったと思ったら、これでしょう。だから絶対何かあったんだろうとは思っていました」
 女性は長屋に並ぶ障子のひとつを開けた。
「これは……」
 部屋の真ん中に引っ繰り返された引き出し。押し入れは開けられ、布団や着物が畳に放り出されている。棚におかれた湯呑みや、水瓶までもひっくり返されていた。薬種の入った引き出しも抜き出され、薬草の苦い臭いが漂っていた。
(明らかに何かを探したあとだ……)
「一体、あの人が何をしたっていうのでしょう」
 静かな怒りを感じさせてそう言うと、彼女は長屋を出ていった。
「一体、久命屋は何を探していたんだ?」 
 思わず呟やく。
「なあ」
 後から急に話し掛けられ、小宮は考え事を中断した。
 十三歳ほどの少年が、外に立っていた。
 少年は小宮の袖をつかむと、外からは見えない部屋の隅に連れていった。
 そして小声で聞いてくる。
「さっき、お米(よね)さんに言っていたこと、本当かい。木瀬見さんの味方って」
 どうやら細面の女性はお米さんというらしい。
 少年は外でお米さんと話をして小宮のことを聞いたのだろう。
「ああ、そうだよ。長い付き合いじゃないけど、木瀬見さんとは縁があるみたいだから」
 少年は真っ正面から小宮の目をのぞきこんできた。小宮がたじろぐくらい真剣な眼差しだった。
「……こっち」
 しばらく小宮を見ていた少年は、急に背を向けて歩きだす。
 どうやら悪い奴ではないと判断してくれたらしく、少しその雰囲気が柔らかくなった感じがした。
「オレは鷹人(たかと)。ねえ、あんた、木瀬見を助けてくれた人だよね。俺、聞いたんだ。橋の下であんたみたいな顔と格好のお侍がガラの悪い奴と戦ってたって」
 この少年は木瀬見が襲われた話と橋の下の戦いを間違わずに結びつけたらしい。まあ町中で斬り合いなんてしょっちゅう起こるものではないから、当然といえば当然だ。
「ああ。あいつら、すぐに逃げちゃって……もうちょっと粘ってくれてたら、詳しいことが聞けたのに」
 鷹人は少し振り返って小宮の顔を見た。
「実は、木瀬見からあずかってる物があるんだ」
「あずかってる物?」
「うん。二日前くらいかな。『もしかしたら少し出かけることになるかも知れない。戻って来るまで隠しておいてくれ』って」
(だとしたら自分の身が危ないのを事前に知っていたわけか)
 鷹人に連れて来られたのは、小さなお稲荷さんのほこらだった。人の胸ほどもない高さの小さな社。その隣に、大きな木が枝を伸ばしている。
「だから、あんたにあれを。あそこに埋まってる」
 少年は木の根元を指差した。よく見ると、確かに何か土をいじったような跡があった。
 借りてきた鍬(くわ)で根元を掘り返す。
「木瀬見さんとは仲がよかったの?」
 埋まっている物を傷つけないよう気を付けながら、小宮は鋤を動かす。
「ああ。昔大怪我したとき命を救ってくれたんだ。俺、診療所の手伝いもしてたんだ。ゆくゆくは俺も医者になるんだ」
 鍬の先が何かを捕らえた。埋まっている物を傷付けないよう鍬を置き、小宮は両手で土を掻き分ける。
 土の中から黄色い油紙に包まれた何かが現われた。
 木瀬見の家を家捜しした者は、これを探していたのだろう。
 油紙を破くと、中は一冊の本だった。小宮はこれをぱらぱらめくった。
 刷られたものではなく、紙に直接筆で書いて綴じたものらしい。
 内容を見て、小宮は思わず呟いた。
「これは……」

 小走りにホコリの立つ道を駆けながら、良吉は木瀬見の姿を探していた。
 もしも木瀬見の身に何かあったら。いつきが敵の手がかりを探しに行く間、良吉なら、と任せてくれたのに。あまり知らない人とはいえ、木瀬見が傷つくのもイヤだけど親友の期待を裏切ってしまうのもイヤだ。
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