おぼろ豆腐料理店

三塚 章

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おぼろ豆腐料理店 13

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「大丈夫だよ。いつきがやさしいのはわかっているから。せっかく買ってきた茶碗を投げて僕を助けてくれたしね」
 早足でいつきの後についていった。

 いつき達が旅人を保護した柳川は、その名の通り川の両端にずらっと柳が並んでいる。大きな船が通れるほど川幅は広くなく、用水用の水が町中まで流れてきているという感じ。夜の間は誰も近づくことはないが、昼は釣人が何人かいる、そんな川だ。もっとも、朝の事件のせいか、今は誰もいなかった。死体ももう番屋に運ばれていったようだ。ただ、草がそよいでいる。
「誰もいないみたいですね」
 小宮は辺りを見回しながら言った。
 シンさんとやらがいなくては、聞き取りはできない。
「いや、あいつは滅多なことがないかぎりここにいるはずだ」
 いつきはがさがさと草をかきわけて川の縁を歩いていった。そしてふいに立ち止まると、足もとの小石を拾いあげ、川に投げ込んだ。
 ぽちょん、と水面に波紋が広がる。
「おーい! シン! シン!」
 いつきの言葉に応えるように、水面に新しい波紋が広がった。
 その波紋の中心から、何か黒い塊(かたまり)が水中を飛び出してつぶてのようにいつきにむかって飛んでいった。
 いつきは見事にそれを手でつかみ取る。
「え! なに!」
「ほれ」
 いつきが手の中の物を開いて見せた。
 手の平に乗っていたのは、大き目の二枚貝だった。一見真っ黒のようだが、日が当たると虹色の艶があるとがわかった。
「紹介しよう。シンだ」
「え? この貝が?」
「開けて見な」
 言われるままに、貝の間に指を指し込もうとする。貝がぷるぷると震えた。
 瞬間。手の中に収まる大きさの貝から、小宮など握りつぶせそうなほど大きな、毛深い真っ赤な手が煙のように湧き上った。
「うわあああ!」
 思わず小宮は尻餅をついた。
「あははは!」
 軽やかな笑い声が上がった。
 ニヤニヤしながら、いつきがぽんと貝を地面に落とした。
 大きな手が消え失せ、貝が落ちた辺りの草むらから青年が現れた。貝一文字の印半纏が粋な、職人風の青年だ。
「おい、シン。あんまり脅かすな」
「はは、何言ってるんだよ、いつき。『開けろ』ってけしかけたのはお前だろう」
 状況についていけない小宮は、バカみたいにぽかんとしたままだ。
「すまんな、ちょっと脅かしすぎた」
 倒れたままの小宮に、シンは手を伸ばした。
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