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第7話 収容施設の噂話
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イルラナはその人の前に走り寄った。
「神殿の四阿(あずまや)を直しに行ったときだ。赤の奴らに連れて行かれたのを見た。数日前のことだよ」
「エリオン、どんな様子だった?!」
「ん? 怯えてはいただろうが、泣いたりわめいたりはしていなかったな。じっとこう、前を見据えて」
(ああ、エリオンらしい)
小さいとき、村のおばさんのヤギがいなくなったことがあった。状況からエリオンが盗
んだんじゃないかと濡れ衣を着せられ、大人達にどんなに攻められたときも、エリオンは自分の無実を訴えて揺るがなかった。
なんだか涙が流れそうになって、慌てて目を拭った。もしもほっぺたの絵が落ちたら大変だ。
「それよりも、赤の役人の方が様子がおかしかったな。何かこう、ひどく焦ってるようで、ひどく慌てていたな」
イルラナにとって、役人の様子なんてどうでもいいことだった。ただエリオンが心配だった。
「せっかくここに入り込んだのに! 世話がやける! 別の場所に連れていかれたなんて!」
「まあ、あいつらに囚われたなら助け出すのは無理だ。諦めな」
奴隷達が口々に説得をしてくる。
「そんなことより自分のことを心配した方がいいんじゃないのか?」
ズキッと腕の傷が痛んだ。
(そういえば、朝になったら私のことを報告するとか言ってた)
「逃げ出そうとした奴隷がどうなると思う? 裸にむかれて鞭打たれるのさ。何日か立ち上がれなくなるほどな。幸か不幸か、殺されることはない。向こうにとっちゃ、こっちは便利な道具だからな。もっともお前の細い腕じゃ大した働きもできそうにないけどな」
鞭打ちの言葉にゾッとして、イルラナは深呼吸して心を落ち着かせた。
(大丈夫)
靴の中に意識を集中させる。靴の中には村から持ってきた手製の小さなナイフが入っている。体温で温まった金属の感触。金属を磨いて作ったナイフは、切れ味はほとんどゼロだけれど相手をひるますぐらいはできるだろう。
(これと私の逃げ足があれば逃げられるはずだ)
そうやって自分に言聞かせないと、恐くて仕方なかった。
イルラナ達から少し離れた壁際で、奴隷の一人が起き上がった。
イルラナ達は話に夢中で気がついていない。他の奴隷達も、新入りに気を取られているか、眠っているかのどちらかだ。
イドラムというその奴隷は、自分に注意を払う者がいないことを確かめると、何か小さい固まりを窓から外へ放り投げた。
建物の周りを見回っていた番兵が、落ちているその固まりに気がついた。ニヤリと笑って拾い上げる。
それは布切れを丸めて縛った物だった。広げると、細かい文字が書かれていた。
『エリオンという男を探して入り込んだ者がいる。何か企んでいるかも知れないため、念の為注意』
(エリオン? 誰だ)
その男が誰か、ただの見張り兵にすぎない自分は知らないし、知りたいとも思わない。 自分はただ、異常な事があったら赤の役人に報告するだけだ。そうすれば、反乱防止のために買収したスパイともども、ご褒美がもらえるというわけだ。
布の固まりを金の塊のように大切そうに懐にしまいこみ、番兵は急ぎ足で歩いて行った。
「そういえば、ここってどんなことをするんだ?」
イルラナは気になって聞いて見た。
「採掘とかの仕事だよ。神殿や家を作る岩を切り出したり、石を砕いて他の石と混ぜて、レンガを作ったり」
「あれ。この辺りの岩って硬くて加工できないんじゃなかったっけ」
確かフェレアがそんなような事を言ってなかったか。
「ああ、削れないのは湖の近くの灰色の岩のことさ。その他の赤い岩は加工できる。俺達が彫り出すのはそれさ」
「そう言えば、知ってるか?」
奴隷の一人が怯えたような小さな声で言う。
「神殿に安置されている像は、灰色の岩でできてるんだってよ。なんでも、昔の魔法使いが作ったらしい」
まるで子供の噂話のような言葉に、周りの奴隷達は笑いを漏らした。
(魔法使い……)
魔法と錬金術はまったく違うものだ、とエリオンは言っていた。
ここではないどこかの世界にいる悪魔や精霊の力を借りて奇蹟を起こすのが魔法なら、錬金術はその正反対にあるのだと。
悪魔の力を借りてどんなどんなものでも焼き尽くす炎を手に入れるのが魔法なら、どんな木を、どんな油を、どんな方法で燃やせばどんなものでも焼き尽くすほど炎を高温にできるかを考えるのが錬金術だと。
「魔法で作った? そんなわけあるかよ」
だが、言い出した男は食い下がった。
「いや、俺の婆さんに聞いたんだから間違いねえよ。それに、あの像は生きてるらしい。像の中には人の心臓が入っているって。今でも動くっていうぜ」
「まさか。あの像はこの国ができた時からあるっていうぜ。仮に心臓が入ってたとしても腐っちまってるよ」
「あ、あの……」
色々とついていけないイルラナは、とりあえず聞いてみた。
「その神像っていうのは?」
「この国を作ったという巨人の像だよ。もっとも、神殿の奥に安置されていて、一般人には見られないがな」
話によると、神殿は前後に二棟並んでいるそうだ。前の棟は、誰でも参拝することができる太陽の棟。その後は王とその護衛のみが入ることのできる月の棟。
「まあ、もっとも祭りでもないかぎり神殿に詣でる奴なんていないよ。あそこは王家の敷地だ。何かあってとっつかまったらたまったもんじゃないからな」
エリオンが最後に姿を見られたのは神殿の敷地の隅で、どちらか神殿に行こうとしていたところを捕まったのか、出てきたところを捕まったのか分からないという。
(ひょっとして、異国の決まりがわからなくて、なにかこの国の神様に失礼なことでもしちゃったのかな)
だとしても、エリオンは遠くの土地から来た旅人なのだ。少しぐらい大目に見てくれてもいいと思う。
とにかく、朝になったらスキを見て逃げ出し、神殿へ行ってみよう。そのためには何がこれからあってもすぐに動けるように、眠らないようにしなくては。
そう決意したものの、やっぱり疲れていたのだろう。床に座り、壁に寄り掛かった途端、
イルラナはあっという間に眠りに落ちた。
「神殿の四阿(あずまや)を直しに行ったときだ。赤の奴らに連れて行かれたのを見た。数日前のことだよ」
「エリオン、どんな様子だった?!」
「ん? 怯えてはいただろうが、泣いたりわめいたりはしていなかったな。じっとこう、前を見据えて」
(ああ、エリオンらしい)
小さいとき、村のおばさんのヤギがいなくなったことがあった。状況からエリオンが盗
んだんじゃないかと濡れ衣を着せられ、大人達にどんなに攻められたときも、エリオンは自分の無実を訴えて揺るがなかった。
なんだか涙が流れそうになって、慌てて目を拭った。もしもほっぺたの絵が落ちたら大変だ。
「それよりも、赤の役人の方が様子がおかしかったな。何かこう、ひどく焦ってるようで、ひどく慌てていたな」
イルラナにとって、役人の様子なんてどうでもいいことだった。ただエリオンが心配だった。
「せっかくここに入り込んだのに! 世話がやける! 別の場所に連れていかれたなんて!」
「まあ、あいつらに囚われたなら助け出すのは無理だ。諦めな」
奴隷達が口々に説得をしてくる。
「そんなことより自分のことを心配した方がいいんじゃないのか?」
ズキッと腕の傷が痛んだ。
(そういえば、朝になったら私のことを報告するとか言ってた)
「逃げ出そうとした奴隷がどうなると思う? 裸にむかれて鞭打たれるのさ。何日か立ち上がれなくなるほどな。幸か不幸か、殺されることはない。向こうにとっちゃ、こっちは便利な道具だからな。もっともお前の細い腕じゃ大した働きもできそうにないけどな」
鞭打ちの言葉にゾッとして、イルラナは深呼吸して心を落ち着かせた。
(大丈夫)
靴の中に意識を集中させる。靴の中には村から持ってきた手製の小さなナイフが入っている。体温で温まった金属の感触。金属を磨いて作ったナイフは、切れ味はほとんどゼロだけれど相手をひるますぐらいはできるだろう。
(これと私の逃げ足があれば逃げられるはずだ)
そうやって自分に言聞かせないと、恐くて仕方なかった。
イルラナ達から少し離れた壁際で、奴隷の一人が起き上がった。
イルラナ達は話に夢中で気がついていない。他の奴隷達も、新入りに気を取られているか、眠っているかのどちらかだ。
イドラムというその奴隷は、自分に注意を払う者がいないことを確かめると、何か小さい固まりを窓から外へ放り投げた。
建物の周りを見回っていた番兵が、落ちているその固まりに気がついた。ニヤリと笑って拾い上げる。
それは布切れを丸めて縛った物だった。広げると、細かい文字が書かれていた。
『エリオンという男を探して入り込んだ者がいる。何か企んでいるかも知れないため、念の為注意』
(エリオン? 誰だ)
その男が誰か、ただの見張り兵にすぎない自分は知らないし、知りたいとも思わない。 自分はただ、異常な事があったら赤の役人に報告するだけだ。そうすれば、反乱防止のために買収したスパイともども、ご褒美がもらえるというわけだ。
布の固まりを金の塊のように大切そうに懐にしまいこみ、番兵は急ぎ足で歩いて行った。
「そういえば、ここってどんなことをするんだ?」
イルラナは気になって聞いて見た。
「採掘とかの仕事だよ。神殿や家を作る岩を切り出したり、石を砕いて他の石と混ぜて、レンガを作ったり」
「あれ。この辺りの岩って硬くて加工できないんじゃなかったっけ」
確かフェレアがそんなような事を言ってなかったか。
「ああ、削れないのは湖の近くの灰色の岩のことさ。その他の赤い岩は加工できる。俺達が彫り出すのはそれさ」
「そう言えば、知ってるか?」
奴隷の一人が怯えたような小さな声で言う。
「神殿に安置されている像は、灰色の岩でできてるんだってよ。なんでも、昔の魔法使いが作ったらしい」
まるで子供の噂話のような言葉に、周りの奴隷達は笑いを漏らした。
(魔法使い……)
魔法と錬金術はまったく違うものだ、とエリオンは言っていた。
ここではないどこかの世界にいる悪魔や精霊の力を借りて奇蹟を起こすのが魔法なら、錬金術はその正反対にあるのだと。
悪魔の力を借りてどんなどんなものでも焼き尽くす炎を手に入れるのが魔法なら、どんな木を、どんな油を、どんな方法で燃やせばどんなものでも焼き尽くすほど炎を高温にできるかを考えるのが錬金術だと。
「魔法で作った? そんなわけあるかよ」
だが、言い出した男は食い下がった。
「いや、俺の婆さんに聞いたんだから間違いねえよ。それに、あの像は生きてるらしい。像の中には人の心臓が入っているって。今でも動くっていうぜ」
「まさか。あの像はこの国ができた時からあるっていうぜ。仮に心臓が入ってたとしても腐っちまってるよ」
「あ、あの……」
色々とついていけないイルラナは、とりあえず聞いてみた。
「その神像っていうのは?」
「この国を作ったという巨人の像だよ。もっとも、神殿の奥に安置されていて、一般人には見られないがな」
話によると、神殿は前後に二棟並んでいるそうだ。前の棟は、誰でも参拝することができる太陽の棟。その後は王とその護衛のみが入ることのできる月の棟。
「まあ、もっとも祭りでもないかぎり神殿に詣でる奴なんていないよ。あそこは王家の敷地だ。何かあってとっつかまったらたまったもんじゃないからな」
エリオンが最後に姿を見られたのは神殿の敷地の隅で、どちらか神殿に行こうとしていたところを捕まったのか、出てきたところを捕まったのか分からないという。
(ひょっとして、異国の決まりがわからなくて、なにかこの国の神様に失礼なことでもしちゃったのかな)
だとしても、エリオンは遠くの土地から来た旅人なのだ。少しぐらい大目に見てくれてもいいと思う。
とにかく、朝になったらスキを見て逃げ出し、神殿へ行ってみよう。そのためには何がこれからあってもすぐに動けるように、眠らないようにしなくては。
そう決意したものの、やっぱり疲れていたのだろう。床に座り、壁に寄り掛かった途端、
イルラナはあっという間に眠りに落ちた。
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