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第5話 早朝の街で
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いつの間にか、夜は明けかかっていた。登りかけた太陽の光が、空気に混じった砂をダイヤモンドダストのようにきらめかせていた。カシの防砂コートに砂があたり、ぱらぱらという音を立てる。
グレイのダイザーは、飲食街へ逃げ込んでいった。
通りには紐が張り巡らされ、数日後にひかえた祭りの旗がはためいている。街の外から来る旅人達に備えて、どの店も普段より仕入れに忙しそうだ。まだ早朝だというのに使いまわしのビンを運ぶ馬車の馬が行き交い、食材を運ぶラクダがダイザーに驚いて大きな声を上げた。
人々の毒づく声も聞かず、グレイは残像を残しそうな速さで砂岩でできた屋根から屋根へと飛び移っていった。
「クソッ 逃げ足速いな! 大人しく観念しろ!」
『どっちが三下の悪人だかわからないセリフだな』
ガウランディアの突っ込みを聞き流しながら、カシは空から攻撃を仕掛けるタイミングを計る。だが下手に銃をぶっ放せない。飲み屋から出てきた酔っ払いだの、汚れ物のカゴを背追った宿屋のおやじの頭を吹き飛ばすわけにはいかない。
注意深く放った弾丸は、ウロコの付いた足にも触れず、屋根に小さなくぼみを掘っただけだった。屋根を蹴ったグレイは、通りを飛び越え、反対側のナツメヤシの枝につかまる。
「おのれ、ちょろちょろと!」
片手でジュウタンを操作しながら、カシはグレイの襟首を見据えた。うまく両手で捉えれば吊り上げられるかも知れない。タイミングを見計らって一気に高度を下げる。
『バカ、カシ! 前を見ろ!』
ガウランディアがどなる。
旗を吊るした縄に首を引っ掛けそうになり、危ない所で体を倒して絞首刑を避ける。
体勢を立て直したときには、グレイはもう木を飛び降り、通りを走っていた。
「く、くそ。ふざけやがって」
本来、ダウザーの足よりジュウタンの速度の方が間違いなく速い。だが、街には障害物が多すぎだ。おまけに、操縦盤を握っているせいでうまく狙いがつけられない。
『カシ、もういい。いったんまかれたフリをしろ。そうして、こっそりツケて、奴らのアジトを……』
「ヤだ! ここまでコケにされて黙ってられるか!」
どなりながらカシは辺りを見回した。店の前に転がる素焼きの壷。腐った野菜が詰め込まれた木のゴミ箱。まだカマドに火の入っていない肉屋。そして、ジュースの屋台。
いいイタズラを思いついた子供のように、カシの唇が釣りあがった。
空中でUターンして、カシはジュースの屋台へ突進した。
「う、うおお!」
いきなり直滑降してきたジュウタンに、店員は腰を抜かして道路に座りこむ。ジュウタンが巻き起こす風で店のヒサシがバタバタ揺れた。
「悪い! けど、弁償する金はない!」
これ以上ないほど自分勝手なセリフを吐いて、カシは氷水の入った桶を引っつかんだ。
「待て、グレイィィ!」
空を見上げたグレイの瞳が驚きでまん丸になる。
「アンタも徹夜で疲れてるだろ? 目ぇシャッキリさせてやるよハ虫類!」
カシは思い切り桶を振り、中の水をグレイに浴びせかけた。
グレイは、上をむいたままの格好で固まった。
顔を拭こうとしているのだろう、両手を挙げようとしているが下手なパントマイムのように動きがギクシャクしている。
「だははは!」
桶を投げ捨てながら、カシは勝ち誇って大笑いする。
いくらハ虫類の姿をしていても、その辺りのトカゲより造りは上等だ。フリーズしているのはほんの一瞬だろう。でも捕まえるのには十分だ。
「討ち取ったりぃぃぃ!」
カシは大きく弧を描く。グレイの頭に向かい、直滑降を開始する。
ギシッと軋んだ音を立てそうなぐらいギクシャクとした動きで、グレイはゆっくりと腕を持ち上げた。だが、銃口はカシにそっぽを向いている。
カシに狙いを付けたくても、腕が上がらなかったのだろう。自分の作戦の確かさに、カシはちょっと得意になった。
銃声と、乾いた板の割れる音がしたが、カシの体はどこも痛まない。
「ヘッヘ~ん、どこ狙って……」
こっちの魂まで吹き消されそうな悲鳴が、カシの言葉をかき消した。
グレイの弾丸は、道の端に置かれた木箱を砕いていた。その中に詰め込まれていた毒蛇が、通りかかった親子に向かって身を立てて、噛み付くタイミングを見計らっている。蛇酒の材料を逃がしてしまった薬屋が傍にいるが、おろおろしているだけで役に立ちそうにない。
ほんの零コンマ一秒の間に、カシの頭の中にありとあらゆる悪口が銀河共通語と地球語とミラルジュ語とドラニュエル語で浮かんだ。
ジュウタンを操作するのも忘れ、カシは毒蛇に向かって引き金を引く。毒蛇は一回高く跳ね上がると、地面に落ちた。
「て、ヤベ……ッ!」
蛇のマネをするように、カシは一瞬コントロール不能になったジュウタンに弾かれて、グレイの真上に落っこちた。
カシとグレイは仲良く一塊になってしばらく転がった。
操縦者のいないジュウタンは、主人を放って気ままにどこかへ飛んで行ってしまった。
「ッ~!」
トサカのように逆立てた頭を振りながらカシは立ち上がった。水の中でかき回されたみたいに、一瞬どっちが上か分からなくなかった。閉じたまぶたの裏側で、星くずのような光が瞬いている。
ようやく混乱が落ち着いてグレイを見ると、トカゲは通行人の男に銃を向けていた。舌がペロリと目玉をなめる。どうやら、フリーズ状態は完全に解けたらしい。
「コレカラ、逃ゲル」
画用紙が擦れるような、ガサガサした声で、グレイは銀河共通語をしゃべった。
「オ前、追ウ。俺、オ前撃タナイ。他ノ者、撃ツ」
それは、やっかいな脅しだった。このまま無理をすればなんとかグレイを捕まえられるかもしれないが、間違いなく巻き添えが出る。周りの人間全てを守れるほど、カシは器用ではないのだ。
「オーケー、オーケー。冷静に話し合おうじゃないか」
カシは後に下がりながら、まあまあと両手でなだめる仕草をした。グレイから視線を外さないまま、そろそろと道の端にある果物屋ににじり寄る。
「お互い、こうやってにらめっこしてたって仲良くなれそうにないからな。このまま回れ右しようや。お互いに背中をむけて一、二の三でバイバイってわけだ」
カシは桃を一つ取ると、グレイに放り投げた。
器用に受け取ったグレイは、不思議そうに桃とカシを見比べている。そのスキを見計らって、男がよろめきながらグレイの銃口から逃れる。
「安心しろよ。俺が約束破ってお前を撃ったって、お前は二、三発じゃ死なねえだろ」
悔しいことに、それはまるっきり真実だった。
二人はしばらく口を閉ざす。カシの真上に吊るされた、バカでかい鉄の看板が風に揺れていた。そのたびにキイ、キイ、という傷ついた小動物の鳴き声のような音がなった。なんとなく、カシはその音を数える。一回、二回、三回……
六回看板が軋んだとき、グレイは長い舌で桃を丸呑みにした。それはカシの提案を受け入れた、というメッセージだった。
カシは、両方の銃をホルスターに収める。
ケンカ別れをしたように、二人はお互い背をむけた。
「ほいよ。一、二」
三を待たないで、グレイが振り返った気配がした。そして銃を構える音。
銃声。
不安定にぶら下がっていた看板が落ちた。カシの背中をかすめ、まるでギロチンのように地面へ突き刺さる。
看板には、青い綿に包まれているように細かな雷が走っていた。書かれた文字にグレイの放った弾丸がめり込んでいた。
「どうせやると思ったよ。あんたなら」
シャハラザードとドニアザード、空へむけた二つの銃口から、細い煙があがっていた。鎖がさびついていてよかった。でなければ拳銃の弾丸で鉄を砕くのは難しかっただろう。
「ボス。ご注文どおり、発信機は奴にくっつけた。桃に埋め込んで食わせたぞ。糞と一緒に出ない限りは平気だろ」
逃げさるグレイにカシの声は聞こえない。
「祝いの酒でも買ってくるか。ボス、この時間、どの店が開いてる?」
カシはジャグラーのように銃を回すと、ホルダーにしっかりと収めた。
グレイのダイザーは、飲食街へ逃げ込んでいった。
通りには紐が張り巡らされ、数日後にひかえた祭りの旗がはためいている。街の外から来る旅人達に備えて、どの店も普段より仕入れに忙しそうだ。まだ早朝だというのに使いまわしのビンを運ぶ馬車の馬が行き交い、食材を運ぶラクダがダイザーに驚いて大きな声を上げた。
人々の毒づく声も聞かず、グレイは残像を残しそうな速さで砂岩でできた屋根から屋根へと飛び移っていった。
「クソッ 逃げ足速いな! 大人しく観念しろ!」
『どっちが三下の悪人だかわからないセリフだな』
ガウランディアの突っ込みを聞き流しながら、カシは空から攻撃を仕掛けるタイミングを計る。だが下手に銃をぶっ放せない。飲み屋から出てきた酔っ払いだの、汚れ物のカゴを背追った宿屋のおやじの頭を吹き飛ばすわけにはいかない。
注意深く放った弾丸は、ウロコの付いた足にも触れず、屋根に小さなくぼみを掘っただけだった。屋根を蹴ったグレイは、通りを飛び越え、反対側のナツメヤシの枝につかまる。
「おのれ、ちょろちょろと!」
片手でジュウタンを操作しながら、カシはグレイの襟首を見据えた。うまく両手で捉えれば吊り上げられるかも知れない。タイミングを見計らって一気に高度を下げる。
『バカ、カシ! 前を見ろ!』
ガウランディアがどなる。
旗を吊るした縄に首を引っ掛けそうになり、危ない所で体を倒して絞首刑を避ける。
体勢を立て直したときには、グレイはもう木を飛び降り、通りを走っていた。
「く、くそ。ふざけやがって」
本来、ダウザーの足よりジュウタンの速度の方が間違いなく速い。だが、街には障害物が多すぎだ。おまけに、操縦盤を握っているせいでうまく狙いがつけられない。
『カシ、もういい。いったんまかれたフリをしろ。そうして、こっそりツケて、奴らのアジトを……』
「ヤだ! ここまでコケにされて黙ってられるか!」
どなりながらカシは辺りを見回した。店の前に転がる素焼きの壷。腐った野菜が詰め込まれた木のゴミ箱。まだカマドに火の入っていない肉屋。そして、ジュースの屋台。
いいイタズラを思いついた子供のように、カシの唇が釣りあがった。
空中でUターンして、カシはジュースの屋台へ突進した。
「う、うおお!」
いきなり直滑降してきたジュウタンに、店員は腰を抜かして道路に座りこむ。ジュウタンが巻き起こす風で店のヒサシがバタバタ揺れた。
「悪い! けど、弁償する金はない!」
これ以上ないほど自分勝手なセリフを吐いて、カシは氷水の入った桶を引っつかんだ。
「待て、グレイィィ!」
空を見上げたグレイの瞳が驚きでまん丸になる。
「アンタも徹夜で疲れてるだろ? 目ぇシャッキリさせてやるよハ虫類!」
カシは思い切り桶を振り、中の水をグレイに浴びせかけた。
グレイは、上をむいたままの格好で固まった。
顔を拭こうとしているのだろう、両手を挙げようとしているが下手なパントマイムのように動きがギクシャクしている。
「だははは!」
桶を投げ捨てながら、カシは勝ち誇って大笑いする。
いくらハ虫類の姿をしていても、その辺りのトカゲより造りは上等だ。フリーズしているのはほんの一瞬だろう。でも捕まえるのには十分だ。
「討ち取ったりぃぃぃ!」
カシは大きく弧を描く。グレイの頭に向かい、直滑降を開始する。
ギシッと軋んだ音を立てそうなぐらいギクシャクとした動きで、グレイはゆっくりと腕を持ち上げた。だが、銃口はカシにそっぽを向いている。
カシに狙いを付けたくても、腕が上がらなかったのだろう。自分の作戦の確かさに、カシはちょっと得意になった。
銃声と、乾いた板の割れる音がしたが、カシの体はどこも痛まない。
「ヘッヘ~ん、どこ狙って……」
こっちの魂まで吹き消されそうな悲鳴が、カシの言葉をかき消した。
グレイの弾丸は、道の端に置かれた木箱を砕いていた。その中に詰め込まれていた毒蛇が、通りかかった親子に向かって身を立てて、噛み付くタイミングを見計らっている。蛇酒の材料を逃がしてしまった薬屋が傍にいるが、おろおろしているだけで役に立ちそうにない。
ほんの零コンマ一秒の間に、カシの頭の中にありとあらゆる悪口が銀河共通語と地球語とミラルジュ語とドラニュエル語で浮かんだ。
ジュウタンを操作するのも忘れ、カシは毒蛇に向かって引き金を引く。毒蛇は一回高く跳ね上がると、地面に落ちた。
「て、ヤベ……ッ!」
蛇のマネをするように、カシは一瞬コントロール不能になったジュウタンに弾かれて、グレイの真上に落っこちた。
カシとグレイは仲良く一塊になってしばらく転がった。
操縦者のいないジュウタンは、主人を放って気ままにどこかへ飛んで行ってしまった。
「ッ~!」
トサカのように逆立てた頭を振りながらカシは立ち上がった。水の中でかき回されたみたいに、一瞬どっちが上か分からなくなかった。閉じたまぶたの裏側で、星くずのような光が瞬いている。
ようやく混乱が落ち着いてグレイを見ると、トカゲは通行人の男に銃を向けていた。舌がペロリと目玉をなめる。どうやら、フリーズ状態は完全に解けたらしい。
「コレカラ、逃ゲル」
画用紙が擦れるような、ガサガサした声で、グレイは銀河共通語をしゃべった。
「オ前、追ウ。俺、オ前撃タナイ。他ノ者、撃ツ」
それは、やっかいな脅しだった。このまま無理をすればなんとかグレイを捕まえられるかもしれないが、間違いなく巻き添えが出る。周りの人間全てを守れるほど、カシは器用ではないのだ。
「オーケー、オーケー。冷静に話し合おうじゃないか」
カシは後に下がりながら、まあまあと両手でなだめる仕草をした。グレイから視線を外さないまま、そろそろと道の端にある果物屋ににじり寄る。
「お互い、こうやってにらめっこしてたって仲良くなれそうにないからな。このまま回れ右しようや。お互いに背中をむけて一、二の三でバイバイってわけだ」
カシは桃を一つ取ると、グレイに放り投げた。
器用に受け取ったグレイは、不思議そうに桃とカシを見比べている。そのスキを見計らって、男がよろめきながらグレイの銃口から逃れる。
「安心しろよ。俺が約束破ってお前を撃ったって、お前は二、三発じゃ死なねえだろ」
悔しいことに、それはまるっきり真実だった。
二人はしばらく口を閉ざす。カシの真上に吊るされた、バカでかい鉄の看板が風に揺れていた。そのたびにキイ、キイ、という傷ついた小動物の鳴き声のような音がなった。なんとなく、カシはその音を数える。一回、二回、三回……
六回看板が軋んだとき、グレイは長い舌で桃を丸呑みにした。それはカシの提案を受け入れた、というメッセージだった。
カシは、両方の銃をホルスターに収める。
ケンカ別れをしたように、二人はお互い背をむけた。
「ほいよ。一、二」
三を待たないで、グレイが振り返った気配がした。そして銃を構える音。
銃声。
不安定にぶら下がっていた看板が落ちた。カシの背中をかすめ、まるでギロチンのように地面へ突き刺さる。
看板には、青い綿に包まれているように細かな雷が走っていた。書かれた文字にグレイの放った弾丸がめり込んでいた。
「どうせやると思ったよ。あんたなら」
シャハラザードとドニアザード、空へむけた二つの銃口から、細い煙があがっていた。鎖がさびついていてよかった。でなければ拳銃の弾丸で鉄を砕くのは難しかっただろう。
「ボス。ご注文どおり、発信機は奴にくっつけた。桃に埋め込んで食わせたぞ。糞と一緒に出ない限りは平気だろ」
逃げさるグレイにカシの声は聞こえない。
「祝いの酒でも買ってくるか。ボス、この時間、どの店が開いてる?」
カシはジャグラーのように銃を回すと、ホルダーにしっかりと収めた。
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