上 下
4 / 18

犯罪見物サークル

しおりを挟む
 ケイの部屋がいくつか入りそうなほど広い高級マンションの一室。
 窓辺にかかる薄いカーテンに、街の明かりがぼんやりと色をにじませている。
 洗い終わった髪をタオルに包んだバスローブ姿で、天音はソファの背もたれに体を預けていた。
 観葉植物の鉢の横に置かれたテレビの画面では、広い駐車場に停まっているバスが少し上空のアングルから映し出されている。
『今、警官隊が突入しました!』
 バスの入口に殺到する警官隊は、まるで餌を見つけたアリの行列そっくりだ。
 天音は、薄い笑みを浮かべながらそれを眺めていた。かすかに開いた唇から八重歯がのぞいている。
 昼間のバスに乗っていた時の事を、天音はまざまざと思い出していた。
 警官隊がどかどかと足音を響かせ乗り込んできた時は、本当に自分がドラマの登場人物になったようでわくわくした。催涙弾のせいで、少し喉が痛かったけれど。
 小さく犬の甘える声がして、天音はテレビから少し目を放した。
 シッポをふりながら、ドーベルマンが小さな爪音をたてながら近寄ってきた。体つきや身のこなしから、戦闘用に訓練されていると一目で分かる。主(あるじ)の命令一つあれば、不審者をためらいなく切り裂くだろう。
 番犬は、主人の足元にうずくまった。そして甘えるような声を出す。
「あらクイーン。どうしたの? 今日はずいぶん甘えたがりね」
 天音は、クイーンの頭を撫でる。さらさらと短い毛並みの手触りが心地よい。
 天音は毛の感触を楽しみながら、テーブルの上に置かれたスマートホンを手に取った。
「ああ、白谷くん? 今回はどうだった?」
 天音が指輪にしこんだ隠しカメラで、メンバー達は臨場感たっぷりの映像を楽しんだはずだ。
 それと、バスジャックが成功するかどうかの賭けも。
『どうもこうもねえよ。賭けどころじゃなくなった』
 スマートホンから出てきた声は、若い男だった。育ちの悪さが分かるしゃべり方は、最初は気に障っていたが最近はだんだんとなれてきた。
「まあ、バスジャックだけじゃなくて人質を取る犯罪はほぼ百パーセント失敗するからね」
『なんだ、もともと賭けにならなかったんじゃないか』
「いいじゃないの。こないだの銀行強盗は成功が勝ったじゃない」
『ああ、それはたしかに……って、いやいや、んなことこのさいクッソどうでもいいだろアネゴ!』
 白谷はがなり立てる。
「そうよね。あれだけ不思議なことがあったのだもの。当然、あなた達も見たんでしょ? あの……突然現れた青年を」 
『ああ、アネゴの指輪カメラに写ってたからな』
 クイーンは黙って主の言葉を聞いている。
「ふふふ、いきなりヒーローが現れて、助けてくれたのだもの。驚いたわ」
 煙の中から現れた、あのピンク色のパーカーの――ガスマスクで顔が見えなかったけれど、多分声から――青年。
 天音を助けてくれたヒーローは、いきなりあの場に現れた。当然、効果音も吹きあがる火柱なく降ってわいたように。
 自分の唇が弧を描いているのが分かる。その唇から、八重歯がのぞく。象牙を磨いて作ったような、小さな牙。
「きっと、私と同じで、能力を持っているのよ」
 能力者に会うのは本当に久しぶりだ。なんだか、わくわくする。
『ああ、そうとしか考えらんねえもんな。他の奴らもバカみてえに大騒ぎしてたよ』
「でしょうね」
『なんだ? なんか嬉しそうじゃね?』 
 うふふ、と笑い、クイーンの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「ひょっとしたら、お友達になれるかもしれない」
 テーブルの上でスマートホンが震えた。
 ちらりと画面の発信者名を確認すると、笑顔で天音は話し始めた。
『お友達って……! まさかアイツにちょっかい出す気か? やめろよ。たぶんロクなことになんねーよ』
 その声にちょっと嫉妬が混じっているようで、ほんのちょっといい気分になる。
 主人の気分を知ってか知らずか、クイーンはクンクンと鼻を鳴らし、しゃべる主人を眺めている。
「いいじゃない。どっちにしろ、放っておくわけにはいかないわ。状況からして、警察の協力者だろうし」
『放っておけないって、どうするつもりだよ?』
「とりあえず、どこの誰だか確認しないと」
 顔そのものが分からないから、特定は大変かもしれない。けどできなくはないだろう。
『あ? どうせそれを俺に押し付けるつもりだろ。かったりーなあ』
「でも、やってくれるんでしょ?」
 天音の艶やかな唇を歪めた。
『はいはい、その通りですよ』
 その言葉を聞いて、天音は通話を切った。
「仲良くなれるといいわね、クイーン」
 クイーンは答えず、ただシッポを振った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

金貨1,000万枚貯まったので勇者辞めてハーレム作ってスローライフ送ります!!

夕凪五月雨影法師
ファンタジー
AIイラストあり! 追放された世界最強の勇者が、ハーレムの女の子たちと自由気ままなスローライフを送る、ちょっとエッチでハートフルな異世界ラブコメディ!! 国内最強の勇者パーティを率いる勇者ユーリが、突然の引退を宣言した。 幼い頃に神託を受けて勇者に選ばれて以来、寝る間も惜しんで人々を助け続けてきたユーリ。 彼はもう限界だったのだ。 「これからは好きな時に寝て、好きな時に食べて、好きな時に好きな子とエッチしてやる!! ハーレム作ってやるーーーー!!」 そんな発言に愛想を尽かし、パーティメンバーは彼の元から去っていくが……。 その引退の裏には、世界をも巻き込む大規模な陰謀が隠されていた。 その陰謀によって、ユーリは勇者引退を余儀なくされ、全てを失った……。 かのように思われた。 「はい、じゃあ僕もう勇者じゃないから、こっからは好きにやらせて貰うね」 勇者としての条約や規約に縛られていた彼は、力をセーブしたまま活動を強いられていたのだ。 本来の力を取り戻した彼は、その強大な魔力と、金貨1,000万枚にものを言わせ、好き勝手に人々を救い、気ままに高難度ダンジョンを攻略し、そして自身をざまぁした巨大な陰謀に立ち向かっていく!! 基本的には、金持ちで最強の勇者が、ハーレムの女の子たちとまったりするだけのスローライフコメディです。 異世界版の光源氏のようなストーリーです! ……やっぱりちょっと違います笑 また、AIイラストは初心者ですので、あくまでも小説のおまけ程度に考えていただければ……(震え声)

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

“5分”で読めるお仕置きストーリー

ロアケーキ
大衆娯楽
休憩時間に、家事の合間に、そんな“スキマ時間”で読めるお話をイメージしました🌟 基本的に、それぞれが“1話完結”です。 甘いものから厳し目のものまで投稿する予定なので、時間潰しによろしければ🎂

【R18】異世界に来たのに俺だけ経験値がセックスな件〜エロスキルで成り上がる

ビニコン
ファンタジー
 突然の学校のクラス全員が転生からの、テンプレ通りの展開で始まる、職業はエロ賢者というアホのような職業だった。  アホのような職業で直ぐに使えないと判定からの、追放されることになる。  ムッツリスケベであった陰キャ主人公が自分の性欲を解放していき、エロで成り上がる。

男が出産する社会

廣瀬純一
ファンタジー
男が妊娠して出産する話

処理中です...